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トーチカ~瑠璃シーン④前篇

アメブロさんに消されましたので、

こちらに残します。

 

 

今日もお話です。

 



落ち着いて読めるかと思われた

トーチカ~神楽シーン④
どんでん返しで疲れました。
が、それが人間かと。


トーチカ~瑠璃シーン③からの流れ


このトーチカ~瑠璃シーン④では
神楽シーン④で、瑠璃とチカが
二花と神楽と会話したことが
どんな感情で物語られるのでしょうか?


トーチカ神楽シーン①
東三河に住む、未来を知っている少女
神楽の眼線


トーチカ~瑠璃シーン①
神奈川に住む、モデルの美少女
瑠璃の眼線

交互に同時期を書いていきます。

どちらにも童顔の二花(つぐはる)が絡んできます。

それ以前の物語はこちら


来る潮帰る波
神楽の母が亡くなったことを、その兄(神楽の父になった人)が回顧する話

実になる花~追伸
モデル瑠璃の母、女優実花と、父、アーティスト椎也の物語


神楽シーン④では
来る潮帰る波が絡んでました。
この流れが神楽シーン⑤に続きます。


瑠璃シーン④は
前・中・後編です。

④テーマとしての曲“糸"
出逢いとその意味の流れもどうぞ。


④は予定調和、という題材です。


瑠璃シーンでの予定調和とは
何なのでしょうか?




トーチカ~瑠璃シーン④前編


瑠璃は配られた明日からの修学旅行の最終案内のプリントを見て、軽く溜め息をついた。
行きたかったけれど。
でも。
今日からの事を考えると、ニヤニヤしてくる。

「るーりっ!」

「おわっ!」

後ろから、両乳を揉まれた。

「あーっ、この小玉スイカ、溜まらんっ!」

わさわさ揉んでくる。

「金取るよー千夏!」

瑠璃は振り向いて、千夏の頭を軽く叩いた。

「瑠璃、またデカくなってない?何コレ?何、このデカさ!

 その内、小玉じゃなくて、ホントのスイカになるぞっ!こりゃあ、揉まれまくってるねえ!」

揉みながら、千夏はニヤニヤしている。
そりゃあ、揉まれまくってますけど!

「修学旅行?行きたかったの?」

千夏は瑠璃が眺めているプリントに気づいた。

「そりゃあ!」

これが本当に最後の修学旅行になる。
行きたかったのは、当然。

「あたしも行けないんだよ?お互いさまじゃん!」

千夏も連続ドラマの撮影を抱えているし、スケジュールに合わなかった。

「じゃあ、いつか千夏と旅行行けたらいいよなーっ!」

「そだねっ!」

それも将来、思いがけないカタチで叶う事となる。
瑠璃も千夏も、当然、まだ知らなかったけれど。

「でさあ、あんた、ホントに進学しないの?」

「うん。」

千夏の問いに、瑠璃は笑って答えた。

「勿体無ーい!」

「校則ユルユルなんだし、適当に通っとけばいいのに!」

「適当ってゆーのがね。出来ないかも。」

確かに、一貫校なのだから、このまま進学すればラクには違いない。
だけど。
遣りたい事、賭けたい事への気持ちの度合いを考えたら、学校に通う時間は、今は難しい。

進路調査票に、第二希望まで、『嫁に行く』と書いた。
それは間違いないから。

そう決めたと伝えたら、チカも驚いていた。

「いやっ、瑠璃、嫁にはモチロン来て貰うけど。でも、高校は通っていいから、さ。」

撮影先で休憩中、テーブルに向かい合いながら、チカは照れていた。

「学校はいいぞ。いろんな刺激があるし、友だちもいるだろ?」

考え直すように、瑠璃に畳み掛けた。

「うん、それはね、でも。」

瑠璃は落ち着いて笑いかけた。

「来年、学校に通う時間があるなら、その分、打ち込みたいの。仕事に。」

「判るー判るから。それは調整するから。」

結婚という事で、大事な学びの時間を失って欲しくない、チカはそう考えていた。

「折角、いい条件で通えるんだぞ?今、すっげーラクだろ?それに、勉強も大切だし。面白いだろ?」

確かにチカの出身大学を聞いて、出来の良さにびっくりしたけどね。
瑠璃は息を大きく吐いた。

「判るよ、チカの言いたい事は。あたしも勉強は嫌いではないけど。

 でもさ、高校行かなかったら学べない訳でもないし、それに学びたくなったら、何処かで学ぶし。

 今、高校行かないと一生学べない訳でもないし。」

穏やかに、そう言い切る。
チカはたじろいでいた。

「お前、しっかりしてるよな。そりゃ、そうだよな。」

チカは溜め息をつく。
でも、やはり遣り切れない何かがあるみたいに見えた。
俺の所為で、高校を諦めないといけないなんて。
そんな気持ちが見え隠れする。

「吉田さん。」

「はい?」

久し振りに、瑠璃に吉田さんと呼ばれ、チカは緊張した。

「あたしはー吉田さんーになるの?」

赤面しながら、瑠璃は他所を向いて、そう言った。

「お、おうっ!お前は、吉田さんになるんだよっ!」

興奮して、少し大きな声で、チカは、そう言った。
少し離れた周囲から、みんなに一斉に凝視された。
チカは、ふたりに興味津々なその空気に汗を大量に掻いて、視線を動かせなくなり、瑠璃をただ見ていた。
瑠璃はみんなの視線に恥ずかしくなり、両手で顔を覆った。

「ごめんーなら、後悔させないから。吉田に、なれ。」

ぽそりと呟く。

「はぁい。」

瑠璃も小さく返事をした。

この後、赤くなっているまま、瑠璃は俯いて、チカの腕を掴んで引っ張られ移動していった。
何故か、周囲から拍手が沸き起こっていた。  

「どおも。」

ポツリとチカは呟いていた。
そんな嬉し恥ずかしな出来事があった五月末。

三月末に、“hand-hand”の新曲が出て、発売前から部分的にメディアで話題になっていた

PVの全体像が発表されると、これまた大きな話題になった。
結果、新曲の売上が伸びたから、まあ、大きく貢献出来て、良かったのだと瑠璃は思う事にした。

キスしている処は頭に隠れてはっきりと見えないけれど、恋しくて切なくて泣き出し、

相手にキスをして、首に抱きつくシーンは、観ている方も気持ちが溢れてくると評判だった。
“hand-hand”側も瑠璃の事務所も大きく肯定はしないけれど、この相手があの噂のマネージャーらしい、という情報と共に。

勿論、私生活の切り売りだ、露出効果だと、そんな否定意見もあるけれど。

そして、曲のラストに『Will you marry me?』と一瞬文字が入ってすぐに消える、

ぼやかしてファンタジー気味な効果で入っている数秒の映像。
海辺で瑠璃の手を握っている男の姿と共に、映されている光景。
それは、チカの瑠璃への二回目のプロポーズの場面だった。

だからもう、ふたりはもはや、公然の仲になっていた。

PVの事も、その事も、思い返すとニヤニヤしてしまう。

「あっ、もう時間だ。」

瑠璃は笑って立ち上がった。

「今から撮影?」

「うん、一回家に帰ってからね。」

「ほー、あっ。」

千夏は何か思い浮かんだようだ。

「マネージャー、来る?」

「う、うん。」

千夏の問いに、瑠璃は照れて答える。

「うおーっ!見てやるっ!そいつ見てやる!」

千夏は燃えていた。

「おーいっ!瑠璃の男が迎えに来てるってよ!」

千夏はクラスメートにそう叫んだ。
みんな一斉に騒ぎ立てた。

「こっから見える?」

「ちょっ、ちっさいっ!」

敷地内の駐車場はクラスの窓から見えるは見えるけれど、余りに離れている。

「近いとこ行こーぜ!」

みんな興奮して、教室から出ていった。
瑠璃は呆然としてそれを見送り、そして職員室に寄って挨拶をしてから、外に出た。
駐車場の前が、ざわざわとしている。
ってゆーか、クラスメートだけでなく、もっと多くの娘がいるじゃん。
瑠璃は眼が瞬かせた。

瑠璃が現れると、ヒャーヒャーと茶化す声が聞こえてきた。
瑠璃はそれを聞こえないようにして、黙って車に近づいた。
運転席のドアをノックする。
窓を開けたチカは眼を見開いて、驚愕の眼差しで瑠璃を見ていた。

「何ー何なんだ?」

とても慌てていた。

「女子校ってこんなもん。」

瑠璃は恥ずかしそうに答えた。
千夏めっ!

野次が飛ぶ、歓声が湧く。
何とかチカの姿を確認しようとする娘たち。
チャイムが鳴り、先生たちが騒ぎに気づいて、生徒たちをそれぞれ教室に返そうとしていた。
少し収まって、チカは頭を押さえてから、ドアを開け、教師に会釈した。
残っていた娘たちから歓声が上がる。
教師たちも興味津々にチカを見る。
チカは恥ずかしくなり、慌てて車に入った。

「何っー、何なんだ?」

「凄いよね、女の子たちって。」

後部座席に座った瑠璃も呆れて呟く。
ほぼ逃げるように、車を発信させる。

「ハハハハハ。」

真顔で乾いた笑いを発していた。

「いろんなショックの今日。」

頭が混乱して、煙草を口に咥える。
火は点けないけれど。

「あの顔?あんな平凡な顔で?とか言われてんだろうな。」

「チカったら。」

いつも、そう言う。
確かに平凡な顔だけど、別に作りが悪い訳ではない。
そして、表情に色気があるから。

「それとさ、お前。」

「え?」

信号待ちで、ニヤっとして振り向く。

「それ、ヤバいだろ?」

ニヤニヤニヤニヤ。
チカは初めて見た。
この学校の夏の制服を胸元中心に見ている。
セーラー服ベースの、着る人間によってはコスプレっぽい制服に、瑠璃自身も困惑しているのだけど。
特に夏服は生地が薄いから。

「ヤバいよ。」

「それは瑠璃も思ってるんだけど。」

「溜まらない。」

興奮している。
姿勢を前に戻した肩の様子で判った。

「なあ、お願い。」

「えっ?」

チカの口調で、瑠璃もおかしなってきているのに知らない振りをする。

「超特急で済ます。」

「時間……遅れちゃう。」

その興奮具合に、窓の外を見る。
チカの言う超特急なんて、確かに普段からしたら早いけれど、絶対に普通レベルの超特急じゃない。
何回も何回も瑠璃を果てさせるから。

「遅れない。」

「……。」

「お前の、その、感じてる顔も堪らないんだよ。」

意地悪。
幾らでも今夜、攻めさせてあげるのに。
瑠璃の返事を聞かないまま、車はチカと瑠璃の甘い新婚部屋に向かっていた。



……………………………………………………………………………



「少し遅かったね。」

家の中で、実花は入ってきた瑠璃にそう言った。

「うんーちょっとね。」

苦笑して、瑠璃は浄水器の水を飲む。

「ああ、瑠璃。」

近寄ってきた知愛の頭を撫でているチカを見ながら、実花は瑠璃に言った。

「制服、超煙草臭いから洗うで。洗濯機に入れといて。」

瑠璃は水を飲んでいたので、その言葉にむせた。
チカは気まずそうに、実花を伏せ眼がちに見ていた。

「ハハハハハ。」

乾いた笑いをするしか無かった。
瑠璃がリビングから出た後、何か説教が始まるのだろうか。
瑠璃は知らんぷりして、そのまま、リビングを出た。

瑠璃がブラウスにアンクル丈のパンツに着替えて、洗濯機に制服を入れて洗濯をスタートさせた後、

リビングに戻ったら、実花とチカは笑っていた。
ま、あのママだしね。
瑠璃は安心して息を吐いた。

「ああ、瑠璃。ほら、これ美味しいじゃんね。甘い物好きなチカにね。」

実花は笑って、貰い物の甘いクッキーを指差した。

「うまいっ!俺、超好きなの、こういうの。ママ、よく判ってるよ。」

とろけるような顔。
瑠璃はそんなチカを見て、苦笑した。
まあ、何というか、一年三ヶ月前、ここで起きた危機的な状況からすると、逆に笑えないほのぼのさだけど、ね。

ママはPV撮影の時の見送りから、チカと呼び出したし、チカもママと呼び出したし。
それからグダグダになっていった。
女優と、その元マネージャーという関係性からか親密さがあり、パッと見、まるで恋人同士のようだ。
何だか、妬ける。

「カロリー高いよ、それ。」

瑠璃は、そう、ぽつりと言った。

「俺?こんくらい平気!すぐ消費するからさーだってさっき、」

そこでハッとして止まったが、陽気にしていると、いつか口が滑りそうで、怖い。
瑠璃の冷ややかな眼にチカは気まずそうにして、実花の淹れた珈琲を口に含んだ。

「お嬢、そろそろ、行こっか?」

「お待ちしております。」

瑠璃は冷めた口調でそう言い、チカのテーブル真向かいの椅子に座った。
実花は笑って、瑠璃に珈琲を出す。

「まあ、飲んでったら?」

「ーうん。」

ママの自然な心遣いが嬉しい。
いたずら盛りの知愛は、猫の翠を追い掛け回していて、翠は迷惑そうにソファの背もたれに登ってから照明のクロスバーまで跳んだ。
知愛はキャッキャッ笑い、そして次はチカの腕を掴んだ。
チカの顔を覗いている。
同じ緑の眼だから、チカと翠を同類と思ってないだろうか?

チカの光る緑の眼。
嫉妬の色、緑。
瑠璃もピアスをアレキサンドライトにした。
嫉妬。
ああ、苛々する、何だか。
最近、嫉妬する場面が増えてきた。
チカが女性と親密そうに話しているのを見ると、すぐに嫉妬してしまう。
こんなに順調に仲がいいのに、どうして。

さっきも、あんなに激しく愛されたのに。
制服のまま。
チカとは初めて。
二花とは、前の制服で、よく愛し合った。
想い出すと、身体がギュンっと疼く。
もう、遠い人。
自分が裏切った人なのに。
それでも、まだ。
チカに激しく突かれながら、二花を想い出すなんて。
二花を愛したチカに抱かれながら。

何て複雑な心理だろう。
一生、このモヤモヤは消えないのだろうか?
チカが二花を愛した事。
あたしを裏切った事。
あたしが裏切った事。
緑、緑の眼。

チカの言う超特急で終わった後、キッチンの換気扇の下で満足そうに煙草を吸っていた。
瑠璃はそのチカに、後ろから抱きついた。

「Ain't you enough? Wait until midnight… hmm? 」

ああ、そうね。
もう何も考えられなくなるくらい、愛して。
今夜。


…………………………………………………………………………



チカが断言した通り、山梨のリゾート施設には定刻通りに着いた。
むしろ、ああなる事を計算済みだったのか。
瑠璃を気持ちよく撮影に挑ませる為に。
いや、少し物足りなさを残して、焦らせる為に、なのか。
偶然そのようにと見せかけ、実は仕向けているように、チカの策略にまんまと乗せられているのか、この人生ごと。
でも、いいや、それも。
深く愛されているから。

「笠田さん、今回もよろしくお願いします。」

笑っている笠田に頭を下げた。

「こちらこそ、よろしく。どうだろうか、君のこの変わり具合は。美しい……。

 初めて逢った時も、何て大人びた少女だろうと驚いたが、今見返すと、あの時は幼さが残っていた。

 たった一年、不思議な女だな、君は。」

笠田は瑠璃をじっくり見ていた。

「もっと変わっていく様を、よく撮りたかった。」

「そうですね。」

瑠璃は笑った。
この人の独特な雰囲気、心地好いのだ。

「お前は残しているのか?恋人のより美しく変わりゆく様を。」

笠田はチカを見やった。

「余りーそうですね。」

チカは悔しそうにしていた。
やはり、写真にはコンプレックスがあるのだろう。

「お前が日々の美を撮らなければ、誰が彼女の変わり様を写し出せるんだ?」

その言葉がチカの火を点けた。
まさか、それがチカの一生を変える着火になるとは想像にもしなかった。

早速撮影の為に着替えてヘアメイクをしてもらった。
女性スタッフは一年前と変わらず、ヘアメイクの理子ちゃんに、スタイリストの友香ちゃん
笠田のアシスタントは一人変わっていたけれど。
アシスタントはかなり辛い仕事だ、とチカは言っていた。
そこで朝から晩まで下積みを頑張っても、自分の技術が日の目を見るかというと、そうでもないからだ。
結局、自分のセンスにかかってくる。

「衣装、全部作らないと、今の瑠璃ちゃんの体型ではムリだからね。」

スタイリストの友香ちゃんは笑っていた。
既成のものでも手直しが必要だ。
だからこその遣り甲斐がある、と友香ちゃんは言っていた。

「綺麗ね、瑠璃ちゃんは。何て肌だろう。愛されてるのね。」

ヘアメイクの理子ちゃんは相変わらず、瑠璃の艶やかな肌を褒めた。
その眼の奥に嫉妬がある事を、瑠璃は認めている。

赤の扇情的なドレスワンピース。
左下半身だけ、短く腿の半ばの丈になっている。
そこで敢えて濃い目にメイクしなくとも、瑠璃の整った顔立ちで、眼力で、そのまま惹き立つ。
唇を強調して光らせ。

湖の畔で撮影が開始される。
去年は沖縄だったけれど、流石にもう焼けてはいけないので、程々の日射のリゾート地になった。
また、沖縄行きたいな、とチカはそう言った。
楽しかった沖縄に限らず、ふたりで旅行がしたいと、瑠璃は想った。

ここに来る前に愛されたから、それなりの余韻が残っている。
そして、今夜の事を想えば。

下着だけ脱がされ、舌で愛されて。
想い出すと、恍惚感が押し寄せる。
でも、そのままの顔を出す訳にはいかなくて。
青と白の空を見上げて。

俺以外に見せるな、その感じてる顔。
耳元で熱く囁きながら、熱い手で瑠璃の手を掴み、熱い身体を沈めてくる。

絶対に見せるなよ。
熱い吐息をかけてくる。
前髪からの汗が、瑠璃の顔に滴り落ちてくる。

だから、半分は、その自然に身を任せる。
富士山が見えている、その空を見上げる。
足を湖に浸す。
笠田に撮られている。
チカに熱く見られている。

今夜はどうしようか?
どう愛されたい?
そう問われているみたい。

この撮影の計画も何ヶ月も前からあり、結局、この時期になった。
それはどういう事なのか、瑠璃には判らないけれど。

浸る湖の冷たさがいい。
火照った身体を冷やしてくれる。

チカ、見てて。
あたしをずっと見てて。
余所見は許さないから。

振り返って、その視線を確認する。
鋭い眼が捉えていた。
緑のその眼。
瑠璃は自分の耳に触る。
今は緑色に光っている、そのピアスの石の。
愛しい感情が強まる。

この人が何故、こんなにあたしを強く想ってくれているのかは、判らない。
だけど、あたしは。
あたしは、この人を強く愛している。
この男の妻になりたい。
早く一緒に暮らしたい。
毎晩、愛し合いたい。
強く強く、抱きしめられていたい。

愛しい人。

瑠璃は、ふくらはぎまで水に浸かっていたが、そのままペタンと座り込む。
腰の辺りまで、水の中にいる。
六月頭の夕方近い時間、昼間は焼けるように暑くても、水は冷たい。
それでも、その湖の水をすくって、自分の上半身に掛けていた。

沖縄で、チカと海の水を掛け合ったな。
ふふふと笑う。
懐かしく、楽しい想い出。
あの時はまだ、心が揺れながらも相手の気持ちが寄せてくるのを互いに感じながらも、まだ何も無かった。
あの夜。
チカの熱い指を、この手で知った。
弄ぶその指に、頭がぼんやりした。
あの時の鼓動の早さ、今でも抱き合うと同じように早いのだけど。
あれからちょうど一年。

「吉田。」

笠田は眼で指示をする。

「はい。」

チカは素直に従った。
スーツの上着を脱ぎ捨て、瑠璃と向かうように、湖岸に座る。
チカと見つめ合う
傾いてきた陽に当たり光る、緑の眼。
瑠璃は自分の耳に触り、そして、しあわせそうに微笑む。
立ち上がってチカに近づく。
チカも笑って近づく。

「わっ!」

急な出来事に、チカは腕で顔に掛かった水を拭き取った。

「あははは!」

瑠璃は無邪気に笑っていた。

「てめえ。」

「油断したのが悪いの!」

去年、学んだでしょ?
だから、チカも湖の水をすくって、瑠璃にかけた。

「やだあ!もーっ!」

笑って、手の甲で顔に掛かってきた長い髪を直す。

「最高だね。」 

「えっ?」

聞き返す前に、水がかかってきた。

「ちょっとお!」

「最高に綺麗だよっ!」

吹っ切れたようにチカは、そう叫んだ。
瑠璃はそれを聞いて、身が震えた。
こんな、人前で。
撮影中に。
涙が溢れてくる。
だから手の甲で涙を拭って、止まらない涙に困惑して、両頬を手で覆う。
濡れた髪、濡れた赤いドレス、濡れた身体。
それが傾いてきた陽にオレンジに光る。

「……綺麗だよ、とても。」

愛おしそうに瑠璃を見つめ、瑠璃に手を伸ばす。
だから瑠璃は近づいて、その手を握る。
美しい泣き顔のその女性に、チカは大きく息を吐く。

「俺に出逢ってくれて、ありがとう。」

返事だって、出来ない。
どうして、こんな、この場所で。

「俺を選んでくれて、ありがとう。」

チカこそ。
あたしの方を選んでくれて、ありがとう。

チカはぐいっと瑠璃を引き寄せ、腰に手を廻す。
夕陽が降り注ぐ中、チカは瑠璃の額にキスをした。
瑠璃は満足そうに微笑んでいた。



……………………………………………………………………………



夜に撮影があるから、早目の夕食になった。
リゾート施設のホテル棟一階のレストランでみんなで食事を摂る。
イタリアンを食べながら、去年の瑠璃のファースト写真集を眺めていた。

「あの時は随分大人な娘だと思ったが、こうして改めて見ると、幼いな。」

スタジオでの撮影、白い布に巻かれた瑠璃。
自分でも、この時の自分を見返すと、幼さを感じられる。
それでも十三の娘には、到底見えないけれど。

「あ、じゃあ。このキスマークも吉田くんって事?」

ヘアメイクの理子ちゃんはニヤニヤして、瑠璃を見てくる。

「これは……この人じゃないから。」

眼線を合わさず、そうボソリと瑠璃は言った。

「へー!二股って事?沖縄で吉田くんと出来上がって?で、この彼と別れたの?」

少し大きな声で理子は、そう放った。
悪意があると思う。
チカはジロっと理子を睨んだ。

「はーいっ。気をつけます。」

その通り、でもなく、この後も二花と続いていたのだし。
もっと最低だ。
瑠璃はぐっと喉のつかえを、グラスに入った水で飲み込んだ。
でも、そのつかえは爽快にならない。
笠田は黙って、そんな瑠璃を眺めていた。

「お前、ソレ、もういいの?」

瑠璃の残してある渡り蟹のパスタの皿を、チカは引き寄せた。
シャツとズボンが水で濡れたので、水色シャツとチノパンに変えていた。

「あ、うん。」

返事をする前に、チカはフォークでパスタを巻いていた。
その口で美味しそうに食べていく。

お前は、俺が食べてるのを見とけよ。

そう言いたげに、瑠璃を見ている。
お前は機嫌良くしておけ。
いつも気持ち良くなっておけ。
そんなチカに、瑠璃は頷く。
だから、チカの口を見て、とろとろな気分になる。

今回の撮影のテーマなどは一切聞いていない。
お前は気持ちよく、その時の気分で動け。
チカは、そう語っただけ。

多分、テーマはロマンチックだとか、そんな感じかと。
でなければ、チカがああやって撮影中に積極的に動かない。

全て任せよう。
たって、それがいちばん出来が良くなるから。
瑠璃は美味しそうに食べていくチカの口を眺めて、今夜の計画を気持ち良く練っていた。

食事の後、着替えてヘアメイクして、湖に出た。
この日は満月。
それを狙ったようだ。
他にも偶然なのかどうなのか、狙った日だと思うけれど。

白のレースのローブのようなワンピース。
月に向かって祈る仕草をする。
この撮影の写真集が、世間に好評でありますよう。
大きなモデルの仕事が舞い込みますように。
このままチカと仲良く過ごせ、難なく結婚できますように。
チカの子を、いつか産めますように。

そして、チカをチラリと見やる。

この愛しい人が、永遠にしあわせでありますように。
出来れば、一生、あたしと共に。

心が震える。
こんなに愛おしい。
何て愛おしい人。

神さま、この人に出逢わせてくれて、ありがとうございます。
それが罪からの始まりだとしても。
あたしは、この人に出逢いたかった。
あたしの心と身体は、この人を求めていた。

まるで何処かの民族の祈りのように、瑠璃は跪いて、長い黒髪をバラつかせ、地に頭を伏せて願っていた。

 

 


……………………………………………………………………………



撮影の後、そのまま笠田と、ホテルのカフェで、ふたりきりで話していた。
笠田はビールを飲んでいた。

「地獄は、どうだったか?」

深く濃い瞳を、ただ、瑠璃に見せていた。

「最悪……最低でした。」

瑠璃はその笠田の瞳を見て、そう苦しそうに言う。

「わざわざ、そこに陶酔して、破滅に向かってました。」

瑠璃の口に含むものが例えばカクテルだったら、深く苦笑する表情を湛えたこの娘は、完璧に大人の女性なのに。
笠田は瑠璃をよく観察していた。

「地獄なんて、わざわざ味合うものじゃない。バカでした、あたしは。」

互いに罵り合って、未だにその気持ちは鎮まらないで、心の底に残っている。
本当に信頼しきれないでいる。
この人は、また裏切らないか。

「大切な人を裏切るんですから。」

チカと、そして二花と。
あたしのした事は、最低な事だ。
愛しい人を想いながら違う男に抱かれて、そして、愛しい人に抱きしめられながら違う男に罪悪感を抱く。

苦しい。
この苦しさは、消えない。

「だが、それが今の君の美しさを強く醸し出している。」

そんな風に、優しく言わないで欲しい。
瑠璃は涙を溢した。
だから笠田は、とても美しい女だと、瑠璃を見ていた。

「わざわざ自らを罰したがるのが、苦しみの原因だ。」

「どうすれば、罰しなくなりますか?自分を。」

それが、出来れば、どんなにか。
嗚咽に近い声が出た。

「君がどれだけ信じられるかだな、吉田を。」

信じたい、信じたいのに。
あの人はまだ、二花を愛している、から。

「その葛藤を越えられた時、苦しみは抜けている。」

そしてまた、彼もそうなんだ。
笠田はそう言わなかったが、それが強く感じられた。
時折チカは、強い嫉妬を瑠璃にぶつける。

どうせお前は、強く攻めてくる男に弱いんだからな。
他の男にふらふら靡かないか、俺はお前を監視し続けないといけないんだ!

激しく感情をぶつけた後、そして、ごめんと、謝ってくる。
あたしだって、チカを監視し続けたい。
でも本当は、そんな事しないで、チカを広く受け止めたい。

「今はその苦しさの中に居たいと思えばいい。

 それがどんなに辛くとも、そうしたい自分が君の中に居る。

 そして、俺はそんな君を撮りたいんだ。」

「そうですね。」

苦しさの中、クスッと笑う。
この二泊で、それを笠田に撮って貰おう。

「後は日々、吉田に撮ってもらうんだな。」

「はい。」

瑠璃は更に、ニコリと笑う。

「アイツはセンスに拘っているが、そんなもの、愛の力には及ばない。」

本気でこんなキザな事を言えるのだから、笠田はやはり天才だ。

まだ飲んでいくという笠田を残して、瑠璃は外で待っているといったチカの元に歩いていった。
外のテラスに出ようとして、瑠璃は心が張り裂けそうになる。
ヘアメイクの理子が、チカの腰に正面から抱きついていた。
今、裏切りの話をしたばっかりなのに。

瑠璃は倒れそうになり、ぎゅっと壁を掴む。
チカは理子の頭を見下ろしていた。

「二番目でいいのっ!」

理子は更にギュッと力を込めて、チカに抱きついた。

「二番目でいいからっ!」

理子の切なる叫び。
瑠璃は心が張り裂けそうだった。

「男ってバカだから、そう言われちゃうと嬉しいんだよね。」

チカは笑いながら、そう言った。
隠れて見ている瑠璃は、ズリズリと力が抜けていって、床に座り込んだ。

「で、喜んでそうしてて、修羅場だよ?バカだから、二回も修羅場経験してる。

 すげえぞ、女同士の罵り合いって。髪を引っ掴んで殴り合うし。」

チカ、経験済みなんだ、こんな事。
瑠璃は涙が溢れてくるのを止められなかった。

「じゃあっ!三回目でいいじゃないっ!」

理子の叫びに、チカは切なそうに理子を見下ろしていた。

「それは出来ない。」

「一回でいい!一回でいいから!お願いっ!想い出にするから!」

理子の悲痛な叫び。
瑠璃は自分の耳を手で押さえた。

「そういう事言うと、お前を切らないといけなくなるよ?

 俺たちの仕事は、森下瑠璃の気分を上げる事なんだから。

 瑠璃の感情を悪くさせるなら、お前、要らないから。」

仕事。
もしかして、チカは仕事として、あたしと私生活も向き合っていたのか?
良い仕事をさせる為に、好い気分にさせていたのか。
最悪。

「てか、ごめん。」

溜め息を大きくついて、しがみついている理子を剥がした。
そのまま、瑠璃の方に近づいてきた。

「頼むから、誤解するな。」

しゃがんで、床に倒れそうになっている瑠璃の手を掴んだ。
それを見て、理子は泣きながら駆けて行った。
息を大きく吐いて瑠璃の頭を抱き寄せた。

「誤解すんな……。」

泣いているの?チカ。
だから、瑠璃の涙も大粒になった。

「何から話す?何処から聞いてた?」

ギュッと力が入る。
瑠璃を起こして、チカの膝に座らせた。
顔が向かい合う。
チカは割りとすぐに泣いちゃうね。
でも、これも演技だったとしたら。

「仕事だからって、こんな面倒な女に人生賭けるかよ?

 あーっと、だから、お前に夢中って事だよ、瑠璃。」

どう信じられる?

「 I'm crazy about you. There ain't a reason, I fell in love with you…what am I saying?

 何て言う?こういう時は。

 I'm not so skillful, so that's why, my flirtation come out immediately.」

「判んない、日本語で言って。」

早口になっているし、聴き取れない。

「あーうん。俺はすぐに浮気がバレる。」

そこから話すの?

「巧くやってるのに、どうしてか判んないけどな!

 だから大変な事になって……この話はいいや。

 そうじゃなくて。ああ、仕事じゃないからな!

 仕事で何で、こんな想いをしなくちゃいけないんだ、瑠璃!」

「ごめん。日本語でも、全然判んない。」

「じゃあ、どう説明すれば判ってくれる?」

切なそうな顔をぶつけ、そのまま瑠璃をお姫さま抱っこをして上げた。

「きゃっ……!」

抱き上げられる勢いかあって怖くて、瑠璃はチカの首にしがみついた。

「じゃあ、身体で判ってくれ。」

そのままコテージに向かっていく。

「は、恥ずかしくないの?」

通り過ぎた数人が、驚いて振り向いてくる。

「恥ずかしいよっ!」

顔を赤くして、そう小さく叫ぶ。
コテージの前で左手で瑠璃の脚をしっかり抱え、右手でポケットから鍵を出して開ける。
中に入ると瑠璃をベッドの上に置いた。
瑠璃のサンダルを脱がせて、自分の衣服を脱いでいく。

「あれだけ苦しい想いしたのに、判んないのか?

 まだ、判んないのか?バカバカしかったろ?

 俺は最初からお前に夢中だと二花に言えば良かったし、お前もちゃんと言えば良かったんだ。

 なのに、まだ疑うのか?」

瑠璃の身体を跨いで、激しく頭を振る。

「お前もちゃんと言え!妬いてるなら、ちゃんと言え!」

瑠璃の首の横に手をついて、チカは顔を近づけて、そう叫んだ。

「浮気しないで……っ!」

瑠璃は苦しそうに叫んで、チカにくちづけた。

「するかっ!」

チカも激しく、くちづけを返す。

「瑠璃、お前、今度浮気したら殺すからな!」

瑠璃の衣装の白いワンピースを脱がし、放り投げた。

「チカだって、殺す!浮気したら、八つ裂きにして殺す!」

チカの首に強く抱きついた。

「殺せよ!約束だからな。そんな事あったら、殺せ!」

舌を絡めながら、瑠璃の乳房を揉み上げた。

「は……あっ、イカせて……イカせて!」

「イカせてやるっ!」

チカは愛おしそうに、狂おしそうに、瑠璃を強く抱きしめた。

「お前は俺じゃないとムリなんだよ!俺以上にお前を満足させられるか?

 それに、お前じゃないと、俺も満足できねえよ!もう。」

身体中に這わす舌、そして指。

「お願い……一生……」

「ああ、一生してやるよ!」

仰け反る瑠璃に、チカは舌で突いてきた。




…………………………………………………………………………



激しくした後、ふたりは抱きしめ合っていた。

「チカ……偶然?」

「ん?」

瑠璃の頭を愛しそうに撫でていた。

「この日にしたのは、ホントに偶然?」

瑠璃の言葉に、チカは笑った。

「偶然、だよ。」

「ホントに?」

日付が変わる。
その時に瑠璃はチカにくちづけた。
そして、チカの頬を手で触れる。

「トウチカ、二十七歳のお誕生日、おめでとう。」 

愛しい人。

「ありがと。」

チカはくちづけを返してくる。

「去年は夜に一緒に寝たね、ただ。」

何もしないで、よく我慢できたものだ。
チカは更に瑠璃の口を吸う。
この娘を一回抱いてしまったら、もう、とても我慢出来ない。
幾らでも欲しがるこの娘に、どんどん捧げたい。
どんどん絡みが強くなるこの娘を、もっと鍛えたい。
もう、瑠璃無しではいられない。

瑠璃は裸で立ち上がり、自分の荷物から箱を取り出した。
そして横になっているチカの横に座る。

「ん?」

チカは緊張している瑠璃を不思議そうに見上げた。

「登規さん。」

「はい?」

ニヤニヤして、瑠璃を見つめる。
瑠璃はチカの左手を手に取った。
薬指に、それをはめ込んでいく。
チカは驚いて、その自分の指を見止めた。

「お誕生日おめでとう、チカ。」

金の細い指環。

「瑠璃……。」

チカは瑠璃の顔を見つめた。

「良かった、ピッタリで。」

恥ずかしそうに微笑んでいる。

「こいつ……!」

起き上がって、瑠璃を抱きしめる。

「ありがとう!」

しかし。
先にやられたな。
瑠璃に気づかれないように、溜め息をつく。
手を上げて、その指環を、よく見る。

「触った具合で、判った?」

右手で瑠璃の頭を撫でている。

「んっ。指が重なると太さが判りやすいよね。」

同じ事を考えていた。
チカは笑って、くちづけをした。

「嬉しいよ!瑠璃、ありがとう!」

「良かった!嫌がられたら、どうしようかと。」

「嫌がるもんか。きっとさ、俺が邪な気持ちになったら、これが締めつけてくるんだ。」

孫悟空?」

瑠璃は大きく笑った。

ふたりで風呂に入り、身体を綺麗にした後、また結び合った。
満足した後に、チカが中に入っていると、どうも落ち着いて眠れるらしい。
うとうとしてきた瑠璃はそう言って、少し眠らせてもらった。
背中から、その安心して寝入っている瑠璃の寝顔を見て、チカは満足感を憶えた。

「男の夢、越したらダメだろ?楽しみしてたのにな。」

瑠璃がはめてくれた自分の指環を実感しつつ、瑠璃のうなじに唇をつけた。
この娘は寝ながらでも、締めつけてくる。
そんな瑠璃を可愛く想い、その感覚を堪能していた。



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朝にもう一回シャワーを浴びて、瑠璃の長い髪をドライヤーで乾かす。

「慣れてるねえ、チカ。」

他の女の髪で慣れているのかと、瑠璃はまた不快な気持ちにもなりながら。

「母。」

瑠璃の顔を読んだのか、チカはぽつりと、そう言った。
あ、と瑠璃は気づいた。
母親の髪を、こうして乾かしていたのか、登規少年は。
瑠璃は笑えてきた。

大体髪が整った後、身支度を整え、わざとベッドをそう綺麗に整えず、それを待った。
ブザー音が鳴ると、チカがコテージのドアを開けた。

「おはようございます。」

「……おはようございます。」

チカは自分の髪は整えず、タンクトップと緩いチノパン姿で、彼女を出迎えた。
酷な事をしているとは、判っている。
気持ちに忠実な彼女は、少しも悪くない。
だけど、はっきりと引導を渡さないといけない。
理子は黙って瑠璃にメイクをしていく。

「煙草吸ってくるわ。」

「うん。」

チカに瑠璃は返事をした。
理子が来る前に、チカは、はっきり言った。

「出方次第で、切るから。今回は悪いけど我慢して。」

彼女が悪い訳では無いんだ、でも。
瑠璃が気持ち良く仕事出来ないのだったら、契約を切るしかない。
冷酷な顔で、そう言い切った。
優しさの欠片も無いようで、実は情に溢れているから、それがワザと出来るのだと、瑠璃は感じていた。
ここで、理子にまでいい顔をしていたら、瑠璃をもっと傷つけるから。

「このネックレス、着けたままでいたいの。」

瑠璃は後ろの理子に、そう告げた。
去年、チカの買ってくれたピンクゴールドのネックレス。

「瑠璃ちゃんの肌の色に、凄く合うね。」

理子は笑って、そう言った。
おそらくプラチナが似合うのは、ママみたいな白い肌の人。
あたしはこれでいいの。
耳には昨日と同じ、金の土台にアレキサンドライトのピアス。

白のマーメイドドレスに合うように髪をアップにして、ウェーブをつけて、左側に流していく。

「お嫁さんみたいね。」

理子は、ぽつりと言った。
チカが好きで好きで、二番目でもいい、そう言えるくらい、好きで。
男は、こういう女が好きだと思う。
瑠璃はそう、実感していた。
タイミングさえ合えば、きっとチカも以前の過ちのように、喜んで彼女を抱いたろう。
女は気づくから、そういう男のちょっとした気持ちのズレを。
だから、修羅場になったんだよ、チカ。
そんな事したら、あたしは殺すから。

そういう眼に、自然となっていたと思う。
あの時、嬉しかったよね?チカ。
デレデレしたよね?チカ。

「殺されそう。」

理子は溜め息をついた。

「殺すから。」

瑠璃はそう、口が勝手に動いていた。
これ以上、手を出したら、殺すから。

「激しいよね、怖いよね、瑠璃ちゃん。」

怖いのは、女の本能。
理子ちゃんだって、あたしを殺したいでしょう?
でも、あなたは仕事をしている。
さあ、どうする?

「あたしは、瑠璃ちゃん好きよ?」

泣きながら、そう言った。

「じゃあ、これからも、お願いします。」

笑って、そう言う。

「キツいけどね。」

苦笑する理子。
見張るから、あなたを。

チカが帰ってきて、冷たいミネラルウォーターのボトルを瑠璃の腕につけた。

「ひゃっ!」

「吉田くん、腕にもパウダー付けてるから!」

理子はチカに怒った。

「あー、ゴメンナサイ。」

チカは悪びれず謝った。
見張るから。
何かムラムラしたら、殺すから。
瑠璃は鏡越しに、チカを睨みつけた。
チカはニヤニヤしていた。



……………………………………………………………………………

 






朝陽の中、マーメイドドレスの瑠璃は、湖岸を歩いたり、鳥を見て指差したり、

映えている富士山に感動して抱きしめる格好をしたり、青い空にキスをしたり、動き廻っていた。
その中で、今回初めて、笠田に指示をされた。

「ベンチに座って。」

「はい。」

そこにある白いベンチに座った。

「吉田、これでいいか?」

「ありがとうございます。」

何処か緊張した趣きのチカは、深呼吸した。
白シャツにチノパンだったから、今日はスーツにしないんだね、昨日濡れたから?、

と笑ったら、普通にうん、と素顔で答えていた。

瑠璃に近寄り、後ろ手から小さなブーケを出して、瑠璃に向けた。

「あたしに?」

チカの誕生日なのに。
指環をしたままの手で、無言で渡された。
瑠璃は笑って受け取った。

「どうしたの?」

真顔のチカは、また深呼吸して、ポケットからケースを取り出した。
そして、瑠璃の前に片膝をつく。

「えっ?」

ケースからそれを取り出し、瑠璃の左手を取る。

「瑠璃……。これは、俺の小さな頃からの夢だったやり方でさせて。」

顔を見つめた。

「瑠璃 I love you, my one. Will you marry me? 」

こんな。
こんなやり方って、ある?
でも、チカの文化だと、これがきっと普通で。
チカは緊張して、瑠璃の顔を見上げていた。
返事、待っているんだ。
瑠璃は震えた。

「チカ……トウチカ Yes I do. I love you too.」

「…God…bless you. 」

息を大きく吐いて、瑠璃の左手の薬指に、指環をはめていく。
ピンクゴールドに、小さなラピスラズリが幾つか散りばめられている。
ぴったりのサイズ。

「先に…やらかすなよ。」

恥ずかしそうに、そう言う。

「だ、だって!」

今日はチカの誕生日なの。
なのに。
はめられた指環に、瑠璃は指も震えてしまう。
ピンクゴールドの指環。
ラピスラズリが散りばめられた指環。
涙が溢れ落ちる。

チカは顔を近づけ、瑠璃の唇にキスをする。

「これで夢が叶った! Mum! Have you watching us? 」

笑って瑠璃を見上げている。

「て、ゆーか、これから先がもっと重要だけどね!」

そのまま瑠璃をお姫さま抱っこする。
慌ててブーケを握った手で、チカの首に抱きつく。

「こういう時こそ、スーツじゃないの?」

どうでもいい事を聞いてしまう。

「あれは俺の戦闘服!」

笑って、ゆらゆら嬉しそうに廻る。
呆気に取られているみんなに、チカは叫ぶ。

「Everyone, thank you very much! 」

「次は結婚式、だな。」

笠田は笑って、それを撮り続けていた。

「独占で撮らせて貰う約束だからな。」

「勿論です!」

チカは、笑って答えていた。
結婚式?
独占?
聞いてないし!
大体、結婚式、だなんて。
考えもしてなかった事。

「結婚式?するの?」

瑠璃の問いに、チカは驚いた。

「するでしょ?当たり前でしょ?」

いろんな事が、瑠璃の知らない間に構成されていっている。
その一端に気づいた、驚きの三回目のプロポーズだった。

 



トーチカ~瑠璃シーン④中編に続く

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プロポーズには、花束と指環が必要なんだ。必要不可欠だ。
(チカ談)

物語の最初から、チカはそう言っていた。
それはそういう文化だとは知っていたけれど、この場面を書いてから、
イギリス人男性は、片膝ついて「Will you marry me?」なりのプロポーズのあと、返事をもらって指輪をあげる。
このオーソドックスな儀式が、やや普通なことだと、知りました。

三番目のプロポーズシーンを書く前、ちょうど海外の人のプロポーズシーン特集をテレビで偶然見てプロポーズされると、
どの女性も驚いて喜んで感極まって泣く、のでした。

いやー感動!

なので、このお決まりのシーンを書けて、わたしも感極まりました。

エンゲージドリングを受け取ると、婚約したことになるそうです。
なので、トウチカくんは電話でのプロポーズの時に、婚約者だよな?と確認して聞いてきたのですね。


ストーリーのエピソードの辻褄は知らないことだらけなので。
こうして答え合わせすると、はーと驚きのあと、安心します。


殺すとか、激しいやり取りですが
女の本性からすると
これは本音ですからね。

この確かめ戒めは、ふたりには必要でしょう。

チカの言ったMum! Have you watching us?
(マム!僕たちを見てる?)

英語の文法からすると
Do you~が正解ですが、

イギリス英語だと、
Do you have~?を
Have you got~?と表現するのだそう。

この場合は、Do you~?ではないかとは思うのですが
チカはどうしても、Have you~?にしたがりましたので。


おなじように
神楽シーン④後編2
神楽に話しかける
Do you know the reason?
という不可思議な問いも
Have you~?と言いたいところを神楽が判る中学生英語にしてやった!そうです。

そもそも英語で語りかけなくてもいいだろ?


女子校のシーンも凄まじいですね。あれもびっくりでした。


お読みくださり、真にありがとうございます。