実になる花~追伸④。

アメブロで消されてしまったお話の掲載です。

ここまで来てくださり、真にありがとうございます。





今日もお話です。 続きものです。 実になる花~追伸①からどうぞ。 性描写がありますので、苦手な方、嫌悪感の ある方は決して読まないでくださいね。 人は罪を作りたがります。 そして、自分で罰しています。 罰する事で 同じところから抜け出せなくなる。 はたまた、身体もそうですが、 歪みがある と治そうとしますね。 果たして、治さないといけないものですか? 治そうとすることは それが悪いものだという意識があるからで す。 わかりやすく言えば 歪み自体が悪いのではなく 悪いと思うことが悪い、ですね。 本来は、良いも悪いない。 それが自分だと真から認めることで 何かが始まります。 自分というものも幻想ですが ……。
起承転結の結です。 とりあえずの結、です。


実になる花~追伸② 実になる花~追伸③





実になる花~追伸④

四、藤



連絡が来ない相手に連絡を入れる時に、どの
ような挨拶から始めればいいのか、とても悩
む。

拝啓、春暖の候、貴社益々ご発展の事と、お
慶び申し上げます。では、形式張って嫌味だ
し。
ご主人さま、息子の誕生日が近づいて参りま
したが、いかがお考えでしょうか。では、嫌
味が効いてないし。
元気いっぱいアンパンマン!では、抜け過ぎ
だし。

実花は、スマートフォンの画面を見つめ続け
てて三十分、また、何も出来なかった。
珈琲を淹れようか、オレンジジュースにしよ
うか選択しないままキッチンに入ろうと立ち
上がった処で、インターフォンが鳴った。
来客映像を見やって、眼が飛び出そうになっ
た。慌てて、玄関に向かう。

「何で?」

ドアを開けて、その顔を真っ直ぐ見つめた。

「お前、冒頭の挨拶が、まず違うだろ?」

「いやいやいや、来てるの言ってくれとれば
迎えに行ったのに。」

「寄り道しながらフラフラだから、いーんだ
よ。俺が四年間暮らしてた地だぞ。」

ほら、と、二花は土産の紙袋を渡した。

「わーい。ありがとう。実花の好きな竹
輪!」

「竹輪歓迎じゃなくて、俺はどうなの?」

実花はとびっきりに笑いながら、二花を招き
入れた。

「主人不在の時に男の人入れたら問題だけ
ど、まあ、どうぞ。」

「問題にするかしないかは、どうでもいいけ
どな。」

二花が、この家で好きな場所はサンルーム
だ。
今の季節は日中とても暑くなっているので、
風を通してある。

「ちょうど珈琲淹れようかと思っとったの。
待っとって。」

「元気そうで。」

去り行く処を、二花は何気に声を掛ける。

「うん。元気よ。夫は帰ってきませんけど。
」

さわやかな笑みを残して、実花はキッチンに
向かって行った。
二花は椅子に深く腰掛け、フーッと息を上に
吹いた。

珈琲を持って帰ってきた実花は、皿に竹輪を
載せてきた。

「珈琲のお供にどうぞ。」

「合うかどうかは判らないけどな。」

二花は普通に呟いた。

「いきなり来ても、実花、居ない可能性の方
が大きいじゃん。どうしたの?」

「大丈夫。実花のスケジュールは網羅して
る。」

二花は珈琲カップの取っ手を掴んで口に運ん
だ。

「えっ?」

知らんぷりして、二花は珈琲を飲んでいた。

「そんな、まさか。」

とぼけている二花を凝視した。

「あなたって人は。」

おかしいと思った。
必要も無いのに、マネージャーの吉田から、
今何処に居ますか?と一時間前に電話があっ
た。

「あれ ……一ヶ月前だよな。あの時は確実に
吉田くんとあなたは赤の他人で。しかも、あ
の子ノンケだったよ。」

「世の中って狭いね。」

実花はテーブルに突っ伏した。

「何がしたいの?どうしたいの?二花くん。
」

「だから、本当に偶然だって。」

「偶然で出逢うかやー?ということは、だっ
て、何回も東京に来てたんでしょ?」

「まあね。」

「何で、実花に黙っとるかやあ。」

もしかしたら。
二花は実花に黙って椎也と逢っている。
何をしに、何の話をしに、なんだろう。
ゾクッとした。

「最近は仕事どうだ?」

二花のしらっとした様子に、実花はイガイガ
する感じを全面に出した。

「あなたの知っている通り、コマーシャル二
本、新規契約と相成りました。夫は帰ってき
ませんけど。」

椎也の隠し子報道での実花の誠実な態度が、
逆に実花の好印象となった。
玩具メーカーの柔らかい印象のCM一本。
新進気鋭の国内ファッションブランドのイ
メージキャラクター、大人カッコイイCM一
本。
特に国内ブランドの渋いイメージが、実花の
今までとは異なる一面を出せて、新しいビ
ジョンに心躍らせている。

「2クール医療ドラマのゲスト出演が決まり
ました。夫は帰ってきませんけど。」

「好調だね。」

他にもオファーはあったが、断った。内容は
嫌いでもないけれど、ピンとこなかった作品
だ。

「このまま夫が帰ってこない可能性が高かっ
たので、早朝から深夜の長時間撮影にはしな
いように配慮して貰いました。」

「そんな仕事あったら、いつも通り、俺に
頼ってもいいよね。」

「そうですね!」

声を荒げてから、実花はサンルームの外の景
色を見上げた。少し眩しくて、眼を細める。
手入れがし易い樹々を多く植えて、外に出な
くても、いつでも気持ちが落ち着けるように
した。

「でもねえ。今のペースは、すごくいい。朝
起きてご飯作って、子どもたち送り出して。
お掃除して、翠ちゃんと遊んで、録画観た
り、本読んだり、散歩行ったり。そんで、子
どもたち帰ってきて、おやつ食べながら学校
の話聞いて。ご飯作って。なーんか、ゆった
り出来るのか忙しいのか判んないけど、い
い。夫は帰ってきませんけど。」

「うん、判る、ソレ。」

「二花くんも主婦業するもんね。でさあ、子
どもたちを家で迎えるって、気持ちが落ち着
くね。穏やかだね。なあんで、瑠璃が低学年
の頃に、それしてあげんかったかなあ。損し
たわ。」

「それはそれで、得るものがいっぱいあった
ろ?」

二花の、この万人受けする優しい目つきが好
きだ。

「このまま、かなあ。」

実花は両腕を伸ばして、欠伸をした。
有り難い事に仕事は卒なく入るが、未だに自
分が今後どうしたいのか、どういう仕事をし
ていきたいのか、確たるビジョンが浮かばな
い。
浮かばないから、椎也に連絡できない。

「実花、お前の出てるバラエティとか観てる
と、たまに方言抜けるな。今もだけど。で、
喋ってて自分で途中で気づいて、徐々に入れ
てくんだよな、方言。」

「そんな事、ないら。」

「そんな事、あるよ。」

二花は冷めてきた珈琲を含んだ。

「そういう計算高いとこ、俺は好きだよ。」

「計算しとらんわ。」

実花は鼻息を荒くして、二花の脚を蹴った。

「二花くん程、方言使わん東三河人もおらん
ね。」

「俺は使わないよ。」

珈琲を飲み干し、二花は立ち上がった。

「波乗ってこよっかな。」

二花のサーフィン道具が、何故かこの家に置
いてある。
この家に居る時に、近い海に、いつでも行け
るように。

「竹輪、食べとらんよ。」

実花も立ち上がり、竹輪の載った皿を二花に
押しやる。

「俺は珈琲と一緒に竹輪は食べんよ。」

実花が、ん?と顔を二花に向けると、二花は
実花の肩を軽く押した。
実花がサンルームの窓に、カタンと寄り掛
かった。

「壁どーん。」

二花は窓に手をやり、窓際の実花に、にじり
寄る。

「二花くん ……。」

そう身長差が無いので、近い処で真っ直ぐ視
線が合った。

「煙草臭い。」

「そうか?」

「また吸い始めたの?」

「まあね。」

「やめといた方がいいのに。」

「ここでは吸わないよ。」

「当たり前だよ。」

「吸ってくる。」

しばらく見つめ合い、二花は腕を戻した。

「椎也なら、家中にカメラ隠してあるかと
思ったんだ。」

「それは実花も考えてた!家中、いろんな処
で手を振ったりしとる。」

「同じ事考えてたな。」

実花の頭をポンポンと叩いた。

「すごい前に、二花くんのお母さん、死ぬ時
に『ごめんね。』て言ったって言ったね。」

脈絡も無く聞いてみた。

「そうだね。父親に迫られる俺に嫉妬して、
散々、俺を殺そうとしといて、死ぬ時にそれ
は無いよなあ。」

「知っとる?」

歩み出した二花の背中に、問いかけてみた。

「知ってるよ。」

二花は立ち止まり、首を実花に曲げた。

「俺のお前だろ。お前の俺か?ま、どっちで
もいいや。」

「そんなあなたが、吉田くんと関係持つのは
怖いです。」

「他意は無いよ。ほんと、偶然。」

「あっ。」

今まで気づかなかった盲点。

「今頃、気づいたのか?」

「えっ?えっ?えっ?」

「そうだよー。」

二花は戯けて、去って行った。


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「可愛いなぁ、こいつっ!」 二花は翠を抱いて、楽しそうに戯れていた。 「二花くん、猫の扱いが上手いのねえ!」 瑠璃が賞賛の声を挙げた。 「俺は全ての動物の気持ちが判るんだよ。」 抱き上げた翠を自分の顔に近づけて、ニャー とはしゃぐ。 「えっ?すごーい!」 二花の隣りに座り、瑠璃は手を叩いた。 「二花くんは、時々、真面目な顔して嘘言う よ。」 「嘘なの?」 実花の言葉に、瑠璃は二花の顔を覗いた。 「君のママは大人になって、心が濁ってし まったんだね。」 「ええ、ドロドロ!」 実花は眼を釣り上げて、台拭きをポンとカウ ンターに置いた。 「ねえ。」 カーペットに座りハンディゲームをしていた 幹也が振り向いた。 「ん?」 「二花くんが、うちのパパになるの?」 とんでもない発言に、二花はプッと笑い出し た。 「ダメよ、そんなの!」 「やだやあ、それは。」 瑠璃と実花の発言が被った。 「ダメかあ?俺、瑠璃のおむつ替えてたんだ けどなあ。」 二花は笑いながら、横の瑠璃に向いた。 実花の発言は無視したようだ。 「あっ、ほら。うちのパパはパパだけだも ん。」 瑠璃は頬を赤らめて下を向いた。 「そう、パパに言いなよ。」 二花は自分のスマートフォンを取り出し、瑠 璃に渡そうとした。 「お風呂行ってくる!」 瑠璃は駆け出して行ってしまった。 「この作戦、練ればいけそうじゃない?」 二花は実花を見やった。 「なら、いいけどねー。」 実花は二花を見ないで、二花から翠を取り上 げた。 「でも、その線いいと思うよ、俺も。パパ、 女には臆病だよね。ママと姉ちゃんの機嫌、 いつも気にしてるもん。」 ゲームをしながら視線を動かさず、幹也は 放った。 「男目線だねえ。」 二花は幹也の隣りに移動した。 「そう?機嫌伺ってる風には感じたことない けど。」 「男は気にするんだよ。椎也は特に臆病だ ね。基本的に今でも実花の一ファンの心持ち だし。憧れなんだよ、特別なんだよ、 実花は。」 「それは……今でも一緒にいるのが夢みたいだ とかは言ってるけど。」 「その真意、判ってないよ、実花は。」 幹也のゲームを見ながら、二花は続けた。 「だから、大きく見せたいんだって。憧れの 人に相応しい自分を演じたいんだ。椎也がデ ビューして格好つけてるの見て、俺は少し、 型だけ立派で中身はしょぼいお菓子のように 感じたんだけど。」 「よく、言ってることが判らんけど。」 実花は、唇を尖らせた。 「要は、しょぼい自分を恥じて、挽回するの に解決策が見つからなくて、どうしよ?どう しよ?って思考がエンドレスしてるって事。 ねっ。」 言葉の最後に、二花は幹也の背中を軽く叩い た。 「アイドルのママがすごい素敵だったての は、よくパパ話してるよー。初めてママと会 話した時、オーラが凄くて、可愛すぎてオド オドしちゃったって。」 幹也の言葉に、実花は当時を思い返した。 大型新人と謳われている椎也のイメージはキ ザっぽい印象だったが、初めて眼の前で歌っ ている姿を見て、実花は一目惚れした。 挨拶も、「どうも。南藤さんのファンです。 ご指導よろしくお願いします。」という、妬 ましいくらい淡々と落ち着いた雰囲気だっ た。 「オドオドの欠片もないよ。新人らしからぬ 迫力で堂々としてたよ。」 実花側の記憶。椎也側の記憶。 この食い違い。 「男は好きな女の前で格好つけるもんだよ、 ずっと。」 二花の言葉をぼんやり聞いていた。

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満点の星空とは言えないが、明かりの程よく 消えた街並みに、星は多く輝き瞬く。 夜にこうしてサンルームで夜空を見上げるの が好きだった。 家の中から物音がして、見えない姿を確認し たが、大人の足音と認識できた。 「眠れない?」 暗闇の中、現れた二花は、湯気の出てるマグ カップを両手に持っていた。 「実花がいるの気づいとった?」 「キッチンの照明がひとつ点いてたからね。 」 マグカップを受け取る。アルコールの香りが して、ブランデーのお湯割りだと知った。 「夜は冷えるぞ。」 「うん、ありがと。」 一口啜り、また空を見上げた。 「おじいちゃん家の星空には叶わない。」 「山は明りが少ないからなあ。ここでも海に 行くと凄いもんだよ。」 「海に行ってくるかぁ。」 「今は危ないから、やめなさい。」 「二花くんとでも?」 「何が出てくるか判らないぞ、夜の海は。俺 でも守りきれない海神が来るかもしれない。 」 ああ、そうか。実花は二花の苦い記憶に頷い た。 「よく一緒に山に入ってくれたねー二花く ん。」 「懐かしいなあ。」 二花は並んで座り、夜空のその先を見つめ た。 静かだ。 住宅はポツポツ建っているとはいえ、月の無 い真夜中の外は、闇が包み込む静寂だ。 「実花は何をしなくても、そこにいる男を惑 わすんだけど。お前の責任とかじゃなくて、 それが真実な。その、惑わすピークが判るよ うになった。」 声のトーンを抑えて、小さく語り出す。 「実花の匂いがあるんだよ。ああ、臭いとか じゃなく匂うとかじゃなく。野生の感でオス が判る、メスの匂い、みたいなの。聞こえる 人だけ感じる、超音波みたいなな。」 何の話をし出しているか、判らなかった。 「男とやってる時は、それが少し抑えられ る。余韻みたいな別の色気は出てるけどな。 」 「もしかして、その匂い嗅いでた?」 昼間の脈絡のない壁ドンは、その所為だった のか。 実花は二花の見上げている顔を、ぼんやり眺 めた。 「男気が少し離れると、やばいな。混じり気 のない、純粋な実花の香りになる。お前が襲 われそうになるのは、それだよ。」 「 ……防ぐには、やり続けるしかない?」 「そうだね。」 「じゃあ、今、凄く危険?」 「うん。」 「だから、防いだの?」 「言っとくけど、お前の犠牲になってる訳 じゃないからな、俺は。ちょうど、そうなっ てしまう。それだけ。」 二花の手に触れた。 「二花くんは、それでしあわせなの?」 「しあわせ、だろ。」 顔を下ろし、実花を見つめ、その指を握っ た。 「お前は、俺が実花を判るほど、俺が判らな いかもしれない。」 実花は指を握り返す。 「俺は誰よりも実花が判る。」 そのつないだ指を、二花は実花の頬に当て た。 「俺は実花の事が誰よりも理解できる。俺は お前。お前は俺。」 「うん。」 「そんなの恋愛ではないよな。互いに判らな いから、判ろうとするのが恋愛だから。」 「うん………。」 実花は握った手を、二花の頬に当てた。 「だったら、教えて。」 涙が零れ落ちてくる。 「この先を教えて!」 手を解き、二花は実花の頭を自分の肩に置い た。 「二花くんが大学で椎也に出逢って、週刊誌 ネタがあって、実花と逢わなくなって、で も。」 腕で実花の頭を抱きしめる。 「放っておいても、いつか、実花と椎也が出 逢うって確証があったから、二花くんは実花 から離れたんでしょう?」 全部、二花の筋書きだった。 実花が椎也に一目惚れしたのは、本当に、実 花の感情なの? 実花には、もう判らない。 「椎也が、南藤実花ってアイドルが凄すぎ るって騒ぎ出して、俺は、へえって相槌打っ てた。知り合いだとは言わなかった。椎也は いつか、実花を追うって感じたんだ。何も無 い処から這い上がって、手に入れてみろって 願ってた。」 あなたはあたし。あたしはあなたなの。 「そんな完璧なシナリオ作れるんなら、この 先がどうなるか、教えて!」 このままの生活が続いて、あれだけ執着して いたけれど、別に平気だな、と椎也が気づい て、そのまま帰らなくなる。 そんなのだったら、どうしよう。 実花は震えていた。 「この先は判らないよ。でも、判ることはひ とつ。」 愛おしい、愛おしい、愛おしい。 この感情を、どう説明したらいいのか、知ら ない。 二花は実花を抱きとめた。 「恋愛相手の事は判らない。判らないから、 理解しようとする。永遠に。」 呪文みたい。 実花は何だか笑えてきた。 「だから、信じるしかないんだよ。裏切られ ても、それでも離したくない気持ちがあるな ら、自分のその気持ち、信じるしか、ないん だよ。」 「ややこしいね。」 「何回もそれで泣くけどな。でも、誰よりも 自分が想う事、信じてやるしかない。」 「でも、椎也が戻ってこんかったら、実花、 危なくない?野生の香りで狙われやすいんで しょう?」 「まあね。」 二花は実花の眼を見据えた。 「そうだったら、俺が抱いてやる。」 何もこたえられなかった。いいとも、いやと も言えない。イヤでは無いからだ。 「じゃあ、明日が終わるまでに椎也が帰って こなかったら、覚悟しとけよ。」 「ここに来て、それ?その展開?」 「別の男でもいいぞ。存分に味わって来い よ。」 「そぉ、それは、さあ。」 最初から全てが二花の冗談だと思いたいの か、二花に委ねてしまう道もあると思いたい のか、よく判らなくなった。 他の男なんて、真っ平だ。 「それか。」 二花は実花の背中を軽く叩いた。 「椎也のとこ行って、跨がってこい。」 「えっ。」 「椎也を追い掛け回してた時を忘れたのか あ?あの根性は、どうした?」 振られても振られても、諦めず欲しがった。 隙を狙いまくっていた。 あの時の気持ち。 何にしろ、ゾクゾクしてきていた。


二花の大学時代の知り合いの知り合いとい う、地方劇団の芝居を観に来ていた。 二花に誘われ、子どもたちも連れて4人で観 ていた。 臨場感ある演技、客の反応で出てくるアドリ ブ。 実花は喰いつくように観続けた。 終演後、劇団長に、感動した旨の挨拶をした ら、驚いていたが喜んでくれていた。 「あー、いいねえ、舞台は。これから、お芝 居、いっぱい観よっと。」 茶髪のウェーブウイッグの毛を揺らしなが ら、身体が揺れながら歩く実花に、子どもた ちは微笑んでいた。 母の元気が出る事は、子どもたちにも嬉しい 事なのだ。 「おばあちゃんに、何買ってこうかあ?」 「シューマイ!」 「小籠包!」 「ママは豚まんがいいやあ。」 「それ、お前らが食べたいもんだろ?」 二花は笑いながら、親子の後ろを歩いてい た。 この後、椎也の母に子どもたちを預ける事に なっている。 二花の真意が読めず、実花は内心ドギマギし ていた。 実花を椎也の元に送り出そうとしているの か、それとも。 港からの風は、また外海とは異なる潮のきつ い香りがする。 港に近い人通りの少ない道を歩きながら、実 花はリズムを踏んだ。 どのみち、今夜、どうにかなるのだ。 その時、向こうを走ってくる人影に気づい た。 街灯に照らされ、その見覚えある姿に、実花 を手に持っていたバッグを落とした。 「パ ……パパ?」 一同の眼の前に、息をハァハァ切らして、膝 に手をついて、下半分を髭だらけにした顔を 上げる。 「 ……騙したな。」 息が上手く出来ず、椎也は咳をして、二花を 睨んだ。 「いや、俺はいつでも本気だよ。」 二花はニヤニヤして、瑠璃と幹也の背中を押 した。 ふたりは見合い、躊躇していたが、瑠璃が息 を呑んだ。 「パパ、あたしたちの事、嫌いになった?」 椎也は咳をしながら、首を大きく横に振っ た。 「帰ってきてよ!パパの家に。」 瑠璃の叫びに、椎也は子どもたちに近づい た。 ハァハァ言いながら、手を拡げて、ふたりを 抱きしめた。 「パパ、帰ってくるよね?」 幹也の言葉に、椎也は大きく頷く。 「帰るから ……。ごめんな、心配掛けて。」 子どもたちを強く抱きしめ、流れてくる涙を 拭えず、椎也は顔を上げてから、また、力を 込めた。 「瑠璃が酷い事言ったから、パパ、帰ってこ なくなったかと思ってたの!」 泣きじゃくる瑠璃に、椎也は頬を寄せる。 「そんな事ないよ。瑠璃は当たり前の事言っ たよ。帰ってこれなくなったのは、パパが臆 病なだけだよ。」 「ほら、言った通りでしょ?」 幹也は後ろで泣いて顔を押さえている母を見 やった。 椎也は顔を上げ、涙眼で実花を見つめた。 鼻水出てるよ、椎也。 浮かんだその言葉は発せられなかった。 「ほらっ。」 父の手を引いて、幹也は椎也を実花に向かせ た。 「ママ泣いてたんだからねっ!すごくすっご く泣いてたんだからっ!」 瑠璃が泣きながら叫んだ。 「あたしたちにごめんねって。ママ、悪くな いのにぃ。」 更に泣きじゃくった瑠璃を再度抱きしめ、背 中を擦ったあと、椎也は実花に向き直った。 泣きながら無言で見つめあったあと、椎也は 再度咳をして、額の汗を拭った。 「あのっ。」 口籠り、顔を赤らめ、眼を擦ったりして。見 守る誰もが苛ついてきた処で、椎也は頭を下 げた。 「南藤実花さん、あなただけを一生愛しま す。俺と、もう一度つきあってください。」 実花はその言葉に、声を出さずに笑い出し た。 「俺と、もう一回、結婚してください。」 実花は両手を拡げて、椎也に抱きついた。 「はい!」 笑顔で返事をして、椎也の頬を両手で挟み、 見上げる。 「照れてるのは、再プロポーズで?それと も、使い慣れない、俺?」 実花の腰を抱いて、椎也は顔を更に赤らめ た。 「どっちもだし、いろんな事が。」 笑いながら泣き出した実花は、椎也の胸に顔 を埋める。 「しーやの匂い、久しぶり。」 「実花の ……凄いな。」 「何が?」 「いやいやいや。」 軽くくちづけて、実花のウィッグの前髪を指 で直す。 「髭がチクチクする。」 「ごめんな。」 「髭が?」 「実花に愛想つかされてたらどうしようっ て、連絡もできなくなる臆病な男だけど。結 局、家族をこんなに泣かせちゃうけど。」 「帰ってくるなら、そんな事、もう許さんけ ど?裏切ったら去勢だけど?」 椎也は、ふっと笑った。 「いいよ。」 褐色の瞳が実花を捉える。 「実花に捧げる、僕の全部。」 「怖いよ、それ。」 でも、知っている。 その闇、受け取れるのはあたしだけ。 椎也に身体を開ける女は数多くいても、闇ま で身体ごと受け入れて、解放できるのは、あ たしだけだ。 そう確信した時に、グゥンと実花の心に、何 かが光った。 「怖い?」 実花の唇に軽くつけて、椎也は問う。 「怖いけど、実花は怖くない。」 「愛してるよ。」 赦しを与える。 実花の脳内に、そんな言葉が浮かんだ。 許してねって母たちの謝罪も全て、受け入れ る。 自分の血も、この男の血も、本当は受け継い ではいけないのではないか。 神に赦しを乞うように悩んだ時もあるけれ ど。 それでも、生きていく命の強さと美しさは、 懺悔など叶わない。 舌が絡む長いキスに、二花は瑠璃と幹也の肩 を叩いた。 「あれ、延々続くなるからな。お前たちには 悪いけど、おばあちゃんちに行ってもらう わ。」 「うん、仕方ない。」 幹也は普通に言いやった。 「何買うんだっけか?シューマイ?小籠包? 豚まん?」 「二花くんは何がいい?」 瑠璃は二花の腕を掴んだ。 「俺はサンマーメン。」 「お持ち帰りできなーい!」 笑いながら三人で歩いて行った。

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ベッドで抱き合ったまま、何度もキスをす る。 「チクチク慣れんやあ。」 「口と顎だけ残して剃るよ。」 「髭も剃る余裕無かった?」 「今回は唸ったなあ。詞も全然まとまらなく て。どうせだから、やんちゃ坊主キャラを押 そうと思ったら、余計か。」 「寂しくなかった?」 実花の言葉に、椎也は実花の首に唇を当て て、声を出さずに返事をした。 「実花はぁ、大変だったよ。」 「二花の甘言につられて、股を開きかけ て?」 「お前、殺ス。」 椎也の乳首に軽く噛みついた。 「まあ ……。二花が最初、何言い出したか判 らなかったけど、思い返したら、そうだった よ。実花が僕に言い寄ってきた時の
、メスの
強い匂いって言うのか。オスがメスに求愛す
る基準って子孫繁栄の本能だし。その子孫を
残す生殖力の高さの証が匂いなんだろうな。
」

「つまり、実花は生殖力の高い女だと。」

椎也の脇の辺りをチラチラ舐める。

「男狂わせは確かだよ。だからストーカーも
出てくるし。それ判ってたら、あの時、求め
てくる実花に、さっさとぶち込めば良かっ
た。」

実花の眼は、とろんと潤んできた。

「欲しかったよお、ほんと。」

「欲しそうに見てたもんな。上目遣いで。想
像だけでイキそうになってる女に、よく我慢
できたもんだよ、我ながら。」

椎也の上に乗っている実花の乳房を揉み、腰
を浮かせて実花に促した。
沈んでいった実花は、自分の指を銜え、声を
揚げながら、背中を反らせた。

「その場で押し倒して脚を開かすか、トイレ
連れてって後ろから入れるか、いつも妄想と
の戦いが酷くって、疲れたよ。」

「それなのに三年も待たせて ……。」

喘ぎながら、実花は椎也を見やった。その溶
けるような上からの眼差しが、椎也を更に興
奮させた。
腰を掴んで、下から突き上げた。
実花の声が部屋に響いた。

「今日の実花の匂いも濃くて、帰るまで我慢
できないかと焦った。入れた瞬間に果てるな
んて、初めてだ。」

家に着いて、玄関ですぐ、椎也は実花を求め
た。
すぐに、椎也は子どものように、ごめんと
謝った。

「他の男が狂わないようにじゃなく、僕だけ
が一生、美味しい実花を食べ続ける。」

気持ちが一生だなんて、誰も約束できない。
椎也の気持ちが萎えて、実花を取り残すしか
もしれないのに。
椎也は最初から結婚しようと言ってきたが、
実花は椎也の気持ちを信じられなかった。結
婚するつもりも、子どもを儲けるつもりも無
かった。
一生と言ったのに、飽きて捨てられて、絶望
するなら、期待しない。
愛してくれる今に賭けるしかない。

それから交際が長くなっていくと、誤解して
いたと気づいた。
つきあうまでの期間も、椎也なりに実花を
守ってくれていたのだから。
必死に守ろうとしているのだから。

実花は今、その一生に賭けてみようとしてい
る。

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「実花ちゃん、三人目、作らない?」 椎也は、気怠そうにしている実花の背中か ら、にこやかに話しかけた。 「妊娠して産むのが椎也なら、どうぞ。実花 にはムリ。」 「出来るもんなら、とっくに何人も産んでる ぞ。」 二人目も椎也の希望だった。 実花は、それよりも仕事に力を入れたかった が、妊娠してみると、思いの外、愛おしく なった。 「ムリムリ。」 最初から、椎也が避妊せずに挿入してしまう 事が多々あり、実花はピルを飲んでいた。 一人目の時は計画的にスケジュールを組み、 この時に妊娠出産を、としたら、すぐに妊娠 した。 二人目も椎也にしつこく言われて、スケ ジュールを緩くしてもらい、妊娠したら考え ようという気持ちでいたら、すぐに妊娠し た。 恐ろしいので、産後落ち着いてから、子宮内 に避妊具を装着してきた。 「考えといて。」 耳元で囁かれる。 実花の仕事の邪魔をしないと言ったばかりな のに、また勝手な事を言い出した。 どうしてか、椎也は子どもを多く欲しがる。 あの隠し子の時は、相手の女性に大丈夫だか らと言われ、訝しがる点もあったが、魔女の ような魅力に抗えず、避妊しなかった。 どの女にも避妊しない訳でなく、そこら辺は とても慎重だったが、実花には箍が外れた。 これも所謂「生殖力の高いメス」だからなの か。 オスの本能を掻き立てるのか。 実花は、自分を笑った。 野生では、生殖力の高いメスは、生殖力のよ り高いオスを選ぶからだ。 「それから。最初から疑ってることが、ひと つあって。」 「なんでしょうか?」 眠いので義務的に返事をする。 「実花の初めては、二花なんじゃないかっ て、僕はずっと疑ってる。」 一気に眠気が醒めるような問いだった。 「実花の初めては、実の父親だけど?」 「そうじゃなくて!」 椎也は実花の肩を掴み、顔を正面から見つめ た。 「そんな事、言わなくていいから。」 泣きそうな顔をしている。そんな椎也が可愛 くて、抱きしめた。 「ないない。危うかったのは確かだけど。ほ ら実花、あれ以来、凄く男欲しくなっとって さ。二花くんに懇願したのは確か。」 多感な時に、ふたりは出逢った。 抑えられない衝動に、実花は、何もかも理解 してくれる二花に頼んだ。 「俺のようになるな。銜えても銜えても、満 足する事はないんだからな。実花の本当の初 めては、大切に扱ってくれる、好きになった 男にしてもらえ。」 性虐待を受けた子どもはその後、性に狂う事 が間々ある。 虐待を受けた恐怖の記憶から、身体を守る為 に受け入れる事を、自分の欲求に変換する。 不特定多数を受け入れる事で自己の価値観を フォローする。 二花と本当に何も無かった訳ではない。微々 たる事。 二花が教えてくれた遣り方で、実花は欲求を 処理できたのだ。 でも、椎也には言わない。 誰にも言わない。一生。 「実花の初めては、同級生の子だよ。」 それでもきっと、椎也は何かを燻っている。 だから、死んでも、言わない。 「椎也は今日、何で全力疾走してきたの?」 「んんんー。」 照れて、枕に顔を埋めた。 「二花から実花のメスの匂いの事聞いて、マ ネージャーの事聞いて。それで二花が、今か らホテルに行って実花を抱くからって言いや がって。慌ててスタジオから駆け出して。」 「友人の嫁と情事だっていうのに、明確な場 所まで、ちゃんと伝えてきたんだね。」 舞台の終演後、二花は椎也に電話したのだろ う。 実花は微笑んだ。 結局、あなたがあたしを抱くというのは、有 り得ない嘘なのだ。 「頭に血が昇ってたから、疑わなかったんだ よ。」 「俺、は?」 身体中、赤くして、実花に舌を絡ませた。 「そう、俺はな。」 ヨシヨシと椎也の頭を撫でながら、椎也の激 しいくちづけを受ける。 「二花くんの、お陰ね。」 「そうだな ……。」 眠るつもりだったのに、また反応している。 あたしは、どれだけ、椎也を欲しがるのだろ う。 どこまで、椎也を欲しがるのだろう。 最後までこうして、抱き合っていたい。 シャワーのあと、キッチンで水を飲み干し、 翠の眼が開いているのを見つけた。 そのまま翠は動かないが、ずっと、緑色の瞳 は実花を捉えている。 嫉妬。 それは有るもの。 有りながらも、超える愛が芽生える。 赦しを受け入れる。 それが頭ではなく、身体でジワジワ歓びとな り、光の泡のように天へ旅立っていくイメー ジに包まれた。 「あたしは、もう、怖くないわ。」 緑色の瞳を見据え、言い据える。 全てを受け入れる。 その悦びに恍惚となっていた。 続く …………………………………………………………………………
実になる花~追伸の本編はここでおしまいです。 次の回はエピローグ。 溢れ笑い話集。 エロシーンはありません。 あの平成のバカップルも、 最初と最後で相も変わらず バカップル度にイラッとする感じですが、 (わたしはバカップル好きですけど。) ふたりの心持ちは随分変わったと、わたしは 感じております。 それは決意、とも言えるものかも。 共依存が悪い、 と杓子定規的に、わたしには思いません。 そこに身体の機能を損ねるような(虐待)表現 がある場合は、間を保つ緩衝材は必要ですが。


↑ここまでしか、保存した文章が残ってませんでした。

多分…



正そうとすると
明確な判断が出来ないまま
個々の意義での正義感で価値観を植えつけられ
それまた歪んでしまうのです。


ということを、書きました。


人間、失敗を重ねて閃いていき
植えつけられた価値観を脱いで
ラクに生きられるようになるのかも
しれませんね。

失敗せず、一発でラクになっていいけれど。


わたしは、この子たちが何十年もかかりながら
ラクになっていく様を描きたかったのかもしれません。
そこに歪みがあって上等!


この変則的なカタチでの表現、

そこまでお読みくださり
真にありがとうございます。