トーチカ〜瑠璃シーン⑥中編2

小説です。

人に言えない嗜好や秘密、官能
人間はそれをどう思うか
自分でどう対処していくのか。

瑠璃シーン⑥のキャッチコピーは、
俺とお前の攻防戦。

トーチカ〜瑠璃シーン⑥も中編に入りました。
神楽シーン⑥中編1からの流れの瑠璃側です。
事件事件多発的で、ごった煮のように大勢の人が出てきます。
これまで噂でしかなかった人たちも登場。

瑠璃シーン⑥中編は、
不貞、不倫、禁忌の闇を傍観する旅。

神楽シーン⑥よりも実は闇を見る!
笑いと呆れが混在としている脱力系。

トップモデルとなった瑠璃の真骨頂とも言える、瑠璃シーン⑥。
瑠璃の魅力、瑠璃チカの結婚式、そして妊娠までを書きます。

トーチカのこれまでの話のリンク


トーチカ~瑠璃シーン⑥中編2


「瑠璃、いい、いい!もっと、腰廻せ!」

瑠璃の揺れる 乳 房を摑み、揉 んでいる。

「あっ、あっ、氣持ち……いいっ!氣持ちいいっ!」

声を出すなと言ったが、そのチカの方が喘 いでいる。

「瑠璃……スゴっ。俺、ヘンになる。」

チカは恍惚の表情を見せた。

「なん……What? これ、何?」

チカの口端から涎が垂 れていく。
口の間にタオルがしっかり挟まって喋れない、苦痛にも似た瑠璃の快感の表情を見ていると、余計に興奮した。
瑠璃の中は、あちこちから吸いついてくる。
瑠璃が回転させているから、吸いつきが離れても、他の場所でくっついてくる。

俺は、この女を支配している。
この美女は、俺の言いなりだ。
俺の言う事なら、なんでも聞く。

その達成感がチカの身体、脳、全てを駆け巡る。

身体を起こし、一回抜いてから、瑠璃を後ろ向きにさせた。
腰を摑み、すぐさま突 いていく。

氣持ちいい。
この女も、最高に善 がっている。
うーうー唸って鳴いている。
泣き声が聞けたら、良かったのに。 

尻を つき出して、もっと激しくして、とねだっている。
だから、奥まで、ズン ズン と突 いてやる。
ああ……いつもより尚、氣持ちいい。

その滑らかな柔らかい尻の形と、ぎゅっとくびれたウエスト、綺麗に窪んだ脊柱の照っている背中、乱れている長い黒髪、そして揺れまくっている豊満な 乳を後ろから見ているだけで、きっと達せられる。

そして突 きやすい。
今日は、とても突 きやすい。
奥にぴったりと 当たる。
深くまでヒク ヒクとした彼女を感じられる。
彼女も、とてつもなく善 がっている。
狂ったように頭を振って、唸っている。
中が うねりまくっている。

出る時になって、気づいた。

「あ……ごめん!あっ、あっ、あーっ!」

どおりで、とてつもなく氣持ち良かった筈だ。

「ごめん、瑠璃、ごめんっ!」

すぐに瑠璃の腰を下ろさせた。
無我夢中になっていて、瑠璃を膝立ちさせていたのだ。
口の、すっかり濡 れたタオルを外す。
瑠璃は、はーはーと息を荒くして、放心していた。

「ごめん!瑠璃。」

その膝を手で擦る。
瑠璃は眼を見開き、放心したままだった。
瑠璃が 尻を つき出した 膝立ちの バックは、立ってよりも、とても当たり処が良かった。
角度がぴったりとくる。
瑠璃も、相当良かったのだろう。
元から瑠璃は、この体 位でしたがっていたのだ。

どうしよう、癖になる。
今までで最高に興奮した。
チカはぶるっと震えてから瑠璃から離れ、瑠璃を仰向けにした。
そして、優しくキスをする。

唇、頬、顎、額。
彼女の何処もかしこも、愛おしい。

「俺、訳判んなくなっちまった。ごめんね。」

ビジネスバッグから、いつも持ち歩いているボディクリームを取り出す。
少し赤くなっている膝を、念入りにクリームで撫でていく。

「いい……いい、スゴく、よかった。」

瑠璃はハーハーと息が荒いままで、ようやく言葉を発した。

「おかしくなりそうだった。あのまま、壊されたかった。」

「壊しはしないケドね。」

チカは瑠璃の汗ばんだ頭を愛おしく撫でまくり、抱きしめる。

「俺もスゲえ良くて、激しくなっちまった。ごめんな。」

「いいの……野獣なチカが好き。あの激しさ、堪らないの。」

うっとりとしている瑠璃だ。
病みつきになったのだろう。

本能に任せて、より獣へ。
頭が指令するよりも先に身体が動く。
その、氣持ちよさ、快感。

チカは瑠璃の顔中に唇を這 わしながら、それでいいのだとも感じていた。
ビジネスに頭脳戦は何より必要だが、男と女の関係は何もかも忘れて、こんな獣になった方が開放感が強い。

ただ、何もかも理性を放棄すると、瑠璃に避 妊無しで 挿 入してしまう。
それはまだ、してはいけない。
そして、瑠璃は世界に立つモデルだ。
瑠璃がどれだけ望もうと、見える身体の部分を傷つけてはいけない。

その垣根が有ろうと無かろうと、チカには到底、瑠璃をベルトで打ち据える、なんて事は出来ないと氣づいている。
そして瑠璃は妊娠と出産をしたら、そのマゾヒズムも少し変わるかもしれないと考えている。

「瑠璃たん。」

「ん?」

瑠璃もチカの頭を抱え、キスを返してくる。

「ほんと、極たまーに、さ。撮影前はダメだよ。こうして後ろからして、いい?」

陥落した、この快楽に。
絶対に禁止をしていた、この体 位の氣持ち良さに負けた。

「いいに決まってるじゃないの!してっ!」

瑠璃は嬉しそうにチカの首に抱きつく。

「うん。スゲかったもんな。瑠璃のあんな乱れ具合。堪らねえ。」

「だって、いちばん犯 された感じがするの。」

「俺も征服感が、めちゃ くちゃ強い。やっぱりマウンティングだけあるよ。」

ふたり抱きしめあい、余韻を味わっていた。
ドSとドMの要望が、ぴったりと合う体 位なのだ。

「したい……チカ、もっと、したい、後ろから。もっと、頂戴。」

瑠璃は恍惚とした表情で、チカにキスをしてくる。

「今日はダメだ、流石に。」

「明日は?」

「瑠璃たん。日本にいると取材が多いんだよ。明日も午後から情報番組のV撮りなんだからね。」

チカは言い聞かせるように、瑠璃の頭を撫でる。

「これからもっと、脚のケアが必要ね。」

しかし、瑠璃はスルーする。
きっと最中にドM 懇願をされたら、チカは焦らしながらも、瑠璃のおねだりを叶えてしまうと知っているのだ。

今まで、どれ程、瑠璃に懐柔させられたか。
チカは、ふっと笑う。

瑠璃に舌を絡めキスをして、ボディクリームを手のひらで温めてから、脚のマッサージをしていく。

「美しい脚だ。」

その左脚を持ち上げ、足の甲にくちづけをする。
そのまま、ふくらはぎに唇を移していく。

「この美しく長い脚に、俺は蹴られてるって思われてんだろうな、世界の男に。」

「いやだわ。」

そんな風に、瑠璃が女王さまと思い込まれている。
瑠璃には、そこが難点だった。
どうせ実はドMだなんて、接近して触れた男は氣づくだろうが。

「そこが瑠璃の魅力だよ。もし、瑠璃がしたいなら、俺を蹴ればいい。だけど、力を込めてはやめなさい。この柔肌が赤くなる。」

「ふ……うんっ、」

その唇の動きにゾクゾクとする。
太腿の内側にまで行き、膝の裏側に戻っていく。

「あ……やっ、舐 めて、ここ。」

瑠璃は自分の指で両側に拡げた。

「瑠璃、俺は脚のケアをしてるんだよ。」

焦らして、また足の指を舌でチラチラと 舐 め上げ、口に入れて 吸った。

「あうんっ!」

「美味しい。瑠璃は何処も美味しい。身体中が性 感帯なんだよね。」

びくびくと震えている瑠璃を、チカはよく観察している。

「触ってないのに、ほら、もうこんなにしてるね。」

瑠璃が指で 拡げている そこから、じわっと溢 れ出てくるのを、足の指を順番に吸いながら見ている。
そして足の裏をちらーっと舌で 舐 め降ろした。

「ああっ!」

「そんな声、出すな。」

出すなと言われても、出てしまう。
チカは苦しくない程度に、口にタオルを詰めてきた。
これも、ゾクゾクとする。
瑠璃はそれだけで、ぶ しゅっと液体を散らして達した。

「あーあ。瑠璃、汚しちゃったよ、布団。スゴいね、こんなに吹くんだ。実家なのに。」

明日は早朝に起きて、汚したタオルとシーツを洗わねばと、瑠璃は小刻みに震えながらも現実的に頭の中で模索していた。
客用の布団を使ったから干すのは当然だし、何も不思議はないだろう。

「このドMには、相当、お仕置きが必要だな。」

「ううっ!」

お仕置き、してください。
焦らしてもいいから、いっぱいお仕置きしてください。

喋れないから、そう頭の中で懇願をした。

「こっちの穴も、ヒク ヒクしてる。欲しいんだろ?瑠璃、ここに欲しいんだろ?今日は、ここはダメだよ。ああ、でも本当は、今すぐぶち 込みてえ。ズブ ズブ 挿 れてえ。」

その言い方も、瑠璃には刺激的だ。
さらに潤 っていくのが判る。
チカは今度は右脚を上げてマッサージしながら、舐 めていく。
焦らされながらも、幹也にダメだと禁止されたsexを、この夜は結局二回もしてしまった。

チカ曰く、これはsexじゃない、make loveだ、と切り返されたが。


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頭にストールを被り、大きなサングラスをして日除け対策をした瑠璃は、車の中で昨夜の禁じられた遊びを脳内で反芻して、うっとりとしていた。

「また、うるうるしてるんでしょ?」

横でサングラスを掛けたチカは運転しながら、冷静にそんな瑠璃を観察している。

「ま、いいね、そのうるうる具合。瑠璃がより美しく見える。それ以上はエロすぎだから、ダメだけどな。」

「あたし、おかしいのかしら?」

いつも潤っているような氣がする。
最近は乾いている時がないくらい、中が湿っている。

「感じてないのに開脚すると、すぐに、く ちゃって、音が密かに聞こえるの。」

朝や日常のストレッチで脚を拡げると、溢 れてきそうで怖いのだ。

「いいね、その湿り具合は。女には大事な事だよ。」

「そうかしら?」 

「元来、女はそんなものなんだよ。自浄作用だし、でないと病原菌を入れてしまう。それに、」

チカはニヤッと笑んだ。

「その方が瑠璃は、より美しく艷やかだ。撒き散らしたフェロモンに男は惹きつけられる。」

「男の人にモテるのはいいんだけど、でも、」

チヤホヤされるのは嬉しい。
しかし、アプローチをかわすのが厄介だ。

日本に帰ってきて、取材を受けていると、前よりも男の眼線が自分に集中してくるのが判る。
チカも傍らにいるし、海外の男ほどあからさまに積極的に攻めてはこないが、それでもチカがクライアント側と話している時など、警備が手薄になると瑠璃に近寄り話しかけてくる。
そこを女王さま的にあしらうのだ。

「惹きつけた男の中で、誰とやりたい?」

チカの直接的な質問に、瑠璃はドキッとする。
身体が震えた。

「瑠璃たん、これは妄想の話だ。現実的に捉えなくていい。今の時点で、誰となら、やりたい?」

妄想。

「なら、俺の妄想を話す。」

チカは右手で運転しながら左手を瑠璃に差し出す。
瑠璃は当たり前のように飴玉の包装を裂いて、チカの口の中に放り込んだ。
それが当たり前の疎通になっている。

「ロンドンの近所のchocolate shopの兄ちゃん、アランを抱き寄せて、驚いている口をいきなり唇で覆いたい。」

「うん、ちゃんと三次元の男にも眼をつけてるじゃないの。」

瑠璃は、にっこりと微笑む。
アランはプラチナブロンドの二十代後半に見える、背の低めな、顔の綺麗な好青年だ。

「だから、あのお店に通ってたのね。」

「いや、美味いし。まあ、眼の保養になるケド。」

チカは伸びた前髪を左手で弄 っていた。

「最初は抵抗しても、すぐに舌を絡 めて、もっととキスをせがんでくる。俺は男の愛し方を耳元で囁いてやるんだ。どうだ?穴、俺に差し出せるかって意地悪に聞いてやる。恥ずかしがっている下半身を 剥 いて、口で 襲 ってやるんだ。もう、ギチギチなそこを、デロンデロンに舐 めてやる。アランは可愛い顔を火照らせ、喘 いでくる。挿 れてくださいって、懇願してくるまで出してもずっと、舐 め続けるんだ。」

「チカ、大好きよね、そういう妄想。」

実際には、チカは自らスキャンダルになる事はしない。
今や瑠璃の恋人として、認知されているのだから。

「妄想の中でも、調 教は俺のライフワークだ。」

チカは自信満々に宣言した。

「そんな妄想、瑠璃も好きだろ?話せよ。」

そうやって命令されると、子宮がぎゅんっと鳴るのだ。
最初から命令してきたらすぐに話すが、焦らすからこそ、なのだ。

「あ……たしは、男装のリックに組み伏せられたい。あたしがダメって言っても、こんなになってるのに?って、構わず愛 撫してくるの。」

「うん。女装には靡かないんだね。」

どうせ、裸になれば、それも関係ない。
巧いキスでも我慢は出来た。
ただ、押し倒されたら女装の時でも、もうそのまま許すだろう。

「他は?」

チカは飴玉をガリガリと奥歯で噛んでいる。
あの歯で咀嚼されたら、瑠璃もチカの中で粉々になる。
そんな想像をしていた。
あなたに、食べられたい。
もし、この身体が死んだら配偶者が食してもよいと、法律が出来れば良いのに。

「笠田さんね。笠田さんなら、ただ、焦らされて焦らされて、ようやくって流れがいいわ。」

「焦らすか一氣喰いか、どっちかだろうな、笠田さんは。」

チカはまた左手を出して、飴を要求した。
また、違う味の飴を口に入れてあげる。

「あの人も、かなりドSだと思うよ。」

「あたし、ドSにしか興味ないわ。」

意地悪をされながら、sexをしたいのだから。
だけど、チカに出すようには全てのマゾヒズムを出さない。
程よい痛みは、チカが与えてくれるから、いい。
他の男に望むのは言葉攻めと、焦らしと、野獣度が高ければいいのだ。

「こんなドM、相当嬉しいと思うよ、ドSにはね。震えながら、溢 れさせながら、恥ずかしい言葉を口にしてくれるから。支配欲、堪んねえくらいに満たしてくれる。」

「満たされてる?」

「もう、ビン ビンに。だけど、もっと支配したくなるからな。あーくっそっ、元氣な若い俺が憎い。」

そこはもう膨らんでいたのだ。

「瑠璃、今、しゃ ぶれ。」

チカのその命令に、じゅ んっと濡 れてくる。

「明るいのに?見られるのに?運転してるのに?」

上からとか、横からとか、通り過ぎる車に目撃されてしまうだろう。
第一、危ない。

しかし、瑠璃はチカのベルトに手を伸ばした。

「ちょい待てっ!幾らなんでも、冗談判れよ!」

チカは、その手を優しく払った。

「だって、命令したのに。」

瑠璃は残念そうに口周りを舌で舐 めた。

「こんなん見られたら、それこそ追放だぞ?瑠璃、いい加減、判れよ!」

「判らないわ。冗談と本氣の境なんて。チカに命令されたら、瑠璃はそうするしかないの。」

瑠璃はチカの肩に手を置き、運転してる横顔のチカを覗いている。

「くっそっ!この天然っ!」

チカは、小声の英語で呟き出した。
どうやらマザーグースを唄っているらしい。

「ちと悲しい唄で、萎らせた。」

「うん。聞いてるだけで悲しい。」

メロディはさわやかな分、歌詞の物悲しさが際立つ。

All the birds of the air 
Fell to sighing and sobbing 
When they heard the bell toll
For poor Cock Robin. 

「駒鳥とミソサザイは番いなんだけどね。まあ、その余話も悲しくなるな。殺鳥は不倫のもつれか?」

チカは眼端に涙を溜めて、前を見たまま運転していた。
本当に、この曲を悲痛に感じるのだな、と判る。

「とゆーくらい、悲しくさせないと萎 えないんだ。いいか、瑠璃。簡単に俺を勃 てさせるな。」

「妄想話をしろって言ったのは、チカなのに。」

相変わらずの傍若無人振りだ。
そこが好きなのだが。

「帰ったら、しゃ ぶらせるからな。イヤだと言っても、突 っ込むからな。」

「そんなの……。」

わざとなその言い方が、瑠璃を欲情させ、モゾっと動かせる。

「そうしよう。ムリに突 っ込むから、瑠璃、抵抗しろよ。」

またシナリオが出来たらしい。
チカ専用のAVを作ったらいいのに、と瑠璃は考える。
監督と男優兼で、女優は瑠璃だ。

なんにしろ、そうやって煽りたかったのだ。
テレビ番組の収録だから、余計に瑠璃の動きのある艷やかさが必要なのだ。

情報番組の一コーナーで、瑠璃はロンドンでの生活やモデルの仕事をインタビューされる。
こういう繰り返しが、来年には特集番組が組まれるかもしれないというチカの企みを誘う。
チカが敢えて、そう口にするなら、きっとそうなるのだろう。

丈の短い緑のドレスを身にまとった瑠璃は、華のように微笑みながらインタビューを受けて、楽しそうに答える。

極普通に生活して調理をするし、和食も作る事を話す。
少食なので特に食事制限をしないが、炭水化物よりもたんぱく質を摂るように心掛けさせられると、チカの存在を軽く匂わす。

チカの撮った、ロンドンでの生活の写真も、風景と瑠璃の何枚かが映像に映されている。
パリに行った時の写真も紹介された。

チカのファッション雑誌での連載も、瑠璃の私生活が垣間見れて、且つチカが瑠璃をとても愛していると文章から滲み出ているとのだと、好評な事をナレーションで後から入れるそうだ。

とても幸福で楽しい、そしてモデルとして刺激的な一面も見せる。

「結婚に向けて、心境の変化はありますか?」

そう問われ、瑠璃は益々にっこりとする。

「そうですね。前よりもさらに実感が湧いてきて、ドキドキとしています。今は楽しみしかありません。」

それが本音なのだ。
結婚に対する怖さや抵抗感はない。

「結婚したら、芸名も苗字を変えられるのですよね?」

「ええ、そうです。そうすると、また感じも変わりますね。苗字を呼ばれて、自分だと氣づくかしら?」

うふふ、と笑む。
まだ、吉田の名前は出せない。
吉田瑠璃になるの、とは世間には言えない。
業界では、既に認知されていても。

指に着けているエンゲージドリングもアップで撮られる。
この時、チカはとても恥ずかしかったという。
芸能人の婚約指環の高額さと比べられたら、とても顔を出して生きていけないと嘆いていた。

チカは一般人だから、誰も芸能人と比較しないわよ、と慰めておいた。
実はそう一般人ではないが、今はサラリーマンチカなのだから。

結婚指環に関しても、結婚情報誌の結婚指環制作の連載の話を振られた。

「ええ、とても楽しいですね。結婚指環が出来ていく過程って。デザインなどは殆ど、お任せしていますけれど、彼に。」

その瑠璃の嬉しそうな顔が可愛いとアナウンサーに囃された。

「あの。あたし、生活の殆どは、彼に任せています。どうも、かなり抜けているみたいです、あたし。」

その、しっかりとした性格に見える外見と反比例したような天然さは、瑠璃と実際につきあわないと判らないだろう。
だから、友人は瑠璃を心得ているのだ。

コイツは、傍にいて何かと世話してやらないと。
そう思われているのだ。

収録が終わり着替えてから、瑠璃はデスクに赴き、関係者に挨拶をした。
忙しそうだが、誰しもが美女の訪問に喜んでくれた。

ふと。
離れた場所から視線を感じた。
遠目で密かに確認すると、ひとりの男が瑠璃を観察していた。
四十代後半から五十代頭くらいの年代だろう。
身長は瑠璃と同じくらいか、少し低めか。
程よい筋肉質だと見て取れた。
頭には処々、白い物がある。

いや らしく絡 みつく程ではないが、じいっと観察されていると判る。


ソイツは、氣をつけろ。

頭に、そう響いてきた。
チカがそんな警告をするくらいだ。
警戒アンテナを立てておかないと。

歩みながらも、その男に距離が近づく。

「吉田くん、久し振りだね。」

男はチカに声を掛けてきた。

「ご無沙汰をしております。後藤さんは、お元氣でお過ごしですか?」

チカは会釈して、そう返した。
顔を上げた眼は笑っていないが、声音は営業用だ。

瑠璃もチカも、舐 め廻すように見られている、と判る。
蛇みたい。
蛇は美しいが、比喩するならば、蛇のようなしつこさと粘着さを感じる。

「ドラマに入るから、余り元氣ではないかもね。まあ、それなりに楽しく生きてるよ。」

彼はそう言いながらも、口に煙草を挟んだ。
その銘柄に、瑠璃はドキッとする。

この人だ。
判った。
この人だ、間違いなく。
チカのこの、毛羽立ったような空氣感からも読める。

「お初にお眼にかかります、森下さん。後藤です。あなたのお母さんとは、何回かお仕事をご一緒させて頂きました。」

後藤は右手を差し出す。
瑠璃は、にっこりと微笑みながら、その手を握らなかった。
それは、ムリ、だと、全身の鳥肌が告げていた。

「初めまして、森下瑠璃です。その節は母が大変お世話になりました。後藤さん、ドラマのプロデューサーさんでいらっしゃる?あの後藤さんでしょうか?」

瑠璃は艶やかな笑顔で、そう質問をする。

「ええ、そうです。」

母とも、そんな接点があった。
瑠璃はゾクッと背中に冷たいものを感じていた。

ただ、しかし、悪い人ではない筈、なのだ。
でなければ。

「その片割れとは長いつきあいでしてね。今でも、いい飲み友です。」

二花はまだ、この人と飲んでいるのだ。
そう話していたではないか、チカの誕生日に。

だから、決して悪人ではない。
ただ、悪趣味、なのだ。

「彼は酔うと、とても親父臭くなる。ツマミにイカのゲソが大好きなんだよ。可愛い顔をしてゲソを囓りながら、同じ話を繰り返す、説教をしてくる。説教されるのは、自分も同じなのにね。」

別に瑠璃もチカも攻撃したいのではない。
ただ、悪趣味だから、瑠璃とチカをからかいたいのだ。
かつての二花の恋人を。
それ以来、遊びを断った二花の、その直前の恋人ふたりを。

「そして、抱きついてくるんだ。可愛いよ、とても。だが、彼はとても匂いに敏感だ。拭ってもね。記憶を失っても痕跡を残すから、いたずら出来ないのは残念だがね。」

酔っ払わないでよ、二花くん。
瑠璃は神楽に、心底同情をした。
決して男遊びをしないでも、酔っては、この男に密かに抱きついたりをしているのだ。
そして、泥酔した時にいたずらをされた事もある、という事だ。

「吉田くん、忙しいのに彼のマネージャーもしてるなんて、大変だね。」 

後藤は嬉しそうにチカを眺めていた。

「いえ。僕は彼をヨーロッパで売りたかったので本望です。」

チカは顔は営業スマイルだが、眼が怖かった。
褐色がかった深い緑を見せている。

「まあ、そうだろうね。判るよ。どんな苦労をしても、彼はそれだけの価値がある。ヨーロッパだね。確かにヨーロッパだ。クラシックから入ったジャズ好きに、ハマるね。」

確かに、マネージメント側としては、魅力的な一品だ。
音楽の専門的な話は判らないが。

「森下さん。私は是非、あなたの特集を組みたいですね。ご結婚後になるかと思いますが、森下さんの特集番組を作らせて貰えませんか?」

この男が。
二花の、かつてのセ フレが。
しかし、絶対的に腕は立つ。
それは本能で判る。

「そういう話は、マネージャーに任せてあります。」

瑠璃は、再度にっこりと笑む。

「吉田が判断します。あたしにとって、是か否か、吉田に全て任せてあります。お仕事のお話は、吉田にお願いします。」

「成る程。流石、世界の舞台に立てる人だな。」

後藤は嬉しそうに頷いていた。

「では、吉田くん。どう、判断します?瑠璃さんに密着させて頂きたい。結婚後のロンドンコレクション前からは如何がでしょうか?」

後藤の頭の中では、既に絵コンテが出来上がっていた訳だ。

「金額によりますね。コレクション前なんて、とても繊細な時だ。密着だなんて、森下の負担が大きい。それを上廻っての大きい金額ならば、森下の今後のアプローチになります。」

そして、チカもそこには私情を挟まない。
この後藤が特集を組むならば、さらに瑠璃を日本人の判官贔屓に引き込ませられると知っている。

結婚後のロンドンコレクションのその頃には、瑠璃は妊娠をしている筈だ。
その、かなり繊細な時期にカメラが密着する。
後日のネタばらしになるし、それは一見、日本人の好きな、逆境に立ち向かう姿にもなる。

「承知しました。これは局に掛け合います。」

「是非。楽しみにしております。」

チカは後藤と握手をして、その場から離れた。
テレビ局の地下駐車場に向かう。

「後藤さんは、俺の大学の学部の先輩に当たる。」

チカは運転席に座り、今まで話さなかった具体的な話をし出した。

「二花くんを紹介してくれた人でしょ?」

瑠璃は飴玉をチカの口に入れた。

「ああ。俺も実花さんのマネージャーをして、初めて局で、後藤さんと出逢ったけどな。その、一回の、挨拶だけだった、面識は。名刺を渡したから。」

チカはすぐに運転を始めた。

「俺に是非紹介したい奴がいると連絡がきて、面倒くさかったが、これもつきあいだと思い、そのバーに行ったんだ。」

「そこで運命的な出逢いを果たすのね。」

バーで二花を見た時に、チカは胸が激しく躍動したろう。

「それに、後藤さんは二花と身体の関係がある、と、すぐに判ったからな。危険信号は鳴っていた。でも、それ以上に二花は可愛かった。」

チカは赤面している。
二花との初めての出逢いの時を思い返しているのだろう。

「後藤さんは、二花の好みの男を探しては、二花に紹介してたんだよ。二花がその男に抱かれてる処を想像するのが、大興奮するんだとよ。」

「悪趣味ね。」

おそらく、二花が二十代の頃からの関係だ、後藤とは。
ただの身体の関係。
したい時にする、セ フレ。
それは後藤が、実花の知り合いが所以だ。
元々は、実花の飲み友だちだったのだろう。

だから、決して悪人ではない。
ただの、悪趣味なオジサンだ。

「どうであろうと、チカは嫌いなのね、後藤さんが。」

「そりゃあ、そうだろ。自分の恋人のセ フレを許可出来るか?俺とつきあいつつも、アイツに抱かれるって許せるか?俺は、ムリだった。」

「そうよね。」

「だから、二花に選択を迫った。俺とつきあいたかったら、あの男を切れって。ま、切ってないんだけどね、結局。それでも二花は、俺とつきあってる間は、ちゃんと約束を守ってたよ。」

「あたしは、二花くんとつきあい出したその頃には、すぐに裏切られてたけどね。」

二花は瑠璃に手を出すのを我慢する為に、後藤と他の女と、三人で遊んでいたのだ。
ならば、その女とも、近いうちに顔を合わせるのだ、きっと。
後藤と、こうして、今になって顔を合わせたのだから。

「二花の氣持ちも少しは判らんでもないけどな。パパとの約束とあるし、瑠璃に手を出しちゃいけないのに、瑠璃はどんどん色氣が出てきて迫ってくる、と。その誘惑から少しでも眼を逸らす為に、強い快楽を選んだんだろうな。」

男二人、女一人の三人で。
しかも、二花と後藤はバイセクシャルだ。
三人でどう絡 み合っても、三人とも快感なのだ。

「だけど、俺は奨励しないよ。世間的に許されないとしても、まだ、瑠璃ひとりに向き合った方が誠実だった。だから、二花は不義理だ。」

その強い快楽ですら、二花には我慢が効かなかった。
そして、どうしてもチカを忘れられずに、チカの身体を求めに行った。

「後藤さんは?」 

「ん?」

チカはすぐに飴を囓り、お替わりを要求してきた。
また違う味を、チカの口に放り込む。

「後藤さんも、二花くんを愛してるんでしょ?」

「ま。でも、ある意味、家族みたいなもんだって、二花は言ってたよ。腐れ縁だって。互いに、恋愛感情は今更無いけど、連絡がしばらく無いと、今何してんだろうな、死んでないかなって氣になるんだって。このまま、お互い結婚しなきゃ、将来、介護の世話やなんかしてくんだろうなって。」

「切実ね。」

独り身の四十男らしい現実的な話だ。

「だから二花は、後藤さんの老後の心配も頭にはあると思うよ。神楽と結婚してもさ。」

「神楽ちゃん、大変ね。」

夫の以前のセ フレの面倒も、将来的にみなくてはいけなくなるかもしれないのだ。

「後藤さんもモテるから、大丈夫だろうけどね。」

「判る氣はするわ。」 

彼はきっと、世話焼きだ。
酒が入るとだらしない二花の世話も、喜んでする。
それは、他の男にも女にも、一緒だろう。

「きっと後藤さん、上手なのね。」

「冗談でもやめろよ、瑠璃。」

愛した二花のセ フレだ。
その事実だけでも、チカは後藤の存在を許せないのだろう。
男の嫉妬は、怖い。
瑠璃は、それを思い知った。

「二花は後藤さんに、瑠璃の名前は一回も出してないって言ってた。だけど、二花より背が高くて、ティーンズ誌の読者モデルとは伝えてたから、バレバレだよねって。」

「しかも、ママの知り合いだしね。」

すぐに判るだろう。
二花の若い恋人の正体は。
かつて瑠璃が二花とつきあっていた事、しかも今の瑠璃の恋人のチカはまた、二花の男だった事を知っている存在が、そこにふたりはいる訳だ。
後藤と、そしてもうひとりの女だ。

万が一、それを揺さぶられたら、堂々と世間に公表しようと瑠璃は考えたし、そんな思案はすっかりチカの頭の中に構築されているだろう。

薄暗くなった頃、海に着いた。
ここは、二花のよく入るポイントのひとつ。
シーズンの海は、サーファーも多い。
しかし、もう薄暗いから、人氣は逆にカップルが多いだろう。
それでもここは、なかなか地元民しか訪れにくい、入り組んだ場所だ。
車は離れた処に、他に一台があるのみだ。

「しゃ ぶれ。」

チカはベルトを外し下着を降ろし、瑠璃の頭を押さえつけた。

「いや……ダメ、こんな処で。こんな、大きいの、ムリよ。」

こんな場所で、車の中で。
とてつもない興奮が押し寄せる。
本当はすぐに、猛々しい ソレを 口で頂きたいのだが、抵抗して、チカのシナリオに添った。

「うるせえ。」

ぐっと押さえて、口につけさせる。
瑠璃はようやく、ソレを口に入れた。

「つっ……美味いか?」

瑠璃は悦んで口で愛している。

「ほひしい……れふ。」

「いや らしい女だな。こんな場所で咥 えて悦んでやがる。お前は、見られるかもしれないと思うと、嬉しいんだよな。」

それは、間違いない。
聞かれるかも、見られるかも、という状況には、余計に燃える。
リックに、チカから攻められているのを見られて、とてつもない快楽だったのだ。

「ひゃ……ろうひよ。」

どっと溢 れてきた。

「なんだ、これは?」  

チカはワンピースの裾から手を入れ、下着の横から指で触れてきた。

「瑠璃、こんな場所で、こんなに垂 らしたのか?変態 女。」

「ひょ、ひょめんなふぁいっ、」

覗かれるかもしれない。
瑠璃がこんなにドMだと、社会的にバレるかもしれない。
それが瑠璃の意識を混濁とさせる。

そうしたら、男どもは、こぞって瑠璃を押し倒してくるだろう。

「ふぁっ……」

その妄想は、瑠璃を、ただのメスにさせた。
誰でもいい、男なら、瑠璃を満足させて、イ かせて。
満たしてくれるなら、誰でもいい、のだから。

「益々盛 ってんな、瑠璃。」 

卵子は精 子を欲しがっている。
強い精 子を求めている。
この、盛 り。

今すぐ、頂戴。
種を くれる 男の子どもを身籠りたい、すぐに。

「口に放ってやるよ、瑠璃。これを膣 に変換しろよ。俺の精 子……たっぷり受け取れ。瑠璃の 種 つけは、俺だけだ!あ……あっ、あっ、あっ、」

チカの味、いちばん好き。
口内に発 射される。
それを、脳内変換される。

受け取る。
無数のチカの精 子を 膣 で受け取る。
ああ、孕 ませて。

「瑠璃、俺の精 子、嬉しいか?」

瑠璃の頭を、ぐっと押さえている。

「種、つけてやったぞ。嬉しいか?」

ああ、チカに体内を 犯 される。
チカの精 液を、体内に摂り入れたのだ。
身体の隅々まで、チカに侵略される。

「ふれ……ふれひい。」 

チカを吸いながら、腰をひくつかせていた。
指がぐっぐっぐっと、関節で曲げて 擦 ってきている。

「いいぞ、瑠璃。存分に垂 らせ。」

チカに許可されたから、身体を緩ませる。
じわじわじわと、生温かく、流れてくる。

「あとでシート、俺は舐 めるから。」

チカはそんなに瑠璃の体液が好きなのだ。
その溺愛もまた、瑠璃を緩ませる。

「こんなトコで、何回イ ッた?瑠璃。」

回数なんて判らない。
そんなものは、チカがカウントしていればいい。

「帰ったらすぐに、お仕置きだ。こんなにいや らしい女には、とびきりのお仕置きが必要だ。」

「あ……ああ。」

シートベルトを着けられ、瑠璃は震えている。
暗いし、ここからは車の往来も少ないので、もう顔を隠さない。

「舌出しちゃって。や らしい顔だな、瑠璃。」

運転しながら、チカは横眼で瑠璃を観察している。

「こんな顔、リックに見られたな。」

「あっ……んっ、」

想い出してしまう。
リックの真っ直ぐ見ている青い眼を。
口中が、リックのカタチを再現する。

「妄想してろ。リックがその顔を見て堪らなくなって、お前の身体に舌を 這 わすのを。」

「あっ、」

リックが瑠璃を押し倒してくる。
そのまま、深い快楽に身を任せる。
それを、チカに見られている。

「指でかき 混ぜられ、舐 められ、お前は善 がって泣き叫んでいる。俺が見てるからだ。俺の眼で犯 されながら、瑠璃はリックに、もっと もっとと、せがむ。」

「あふっ、あっ……」

チカの、その言葉の誘導だけで、こんなになる。

「いいね、瑠璃。お前は感度がいい。言葉だけでイ ケるんだから。」

チカに触って欲しくて、こんなに乱れる。
こんな風にいじめられるのが、堪らない。
瑠璃は自分の指で 弄 り始めた。

「あーあ。この変態 女、車の中で自 慰をするのか。」

チカのその意地悪な声に、瑠璃は震える。

「相当なお仕置きして欲しいんだな?」

「して…してください。こんなにいや らしい瑠璃に、お仕置きしてください。」

「そうだな。股 開いて 縛るか。そのまま放置で。」

「いや……ダメ、そんなの。早く、触って。」

「お仕置き、だろ?そうだな、後ろに 指 入れといてやるよ。それで、放置だ。」

「やっ……」

瑠璃はぶるぶる震えて、達した。

「ああ、そうだ。直腸検査をしよう。そして、膣 も内診する。妊娠しやすいかどうかを調べる。俺は医者だ。検査してやるんだよ。」

白衣を着用して、そしてきっと、これは太い注射が必要だと言い出すのだ。
ただ、どちらに注射となるかは、チカの氣分次第だ。

「調べて……ください、先生。」

「調べてあげますよ、中までしっかり診ますからね。」

チカは楽しそうに笑っていた。
まさか、器具まで揃えていたとは、この時点では瑠璃は知らなかった。
産婦人科での初めての内診に怖がらないようにだよ、とチカは言っていたが、殆どは趣味だろうと瑠璃は知っている。


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「お、おかしくない?」

「全然!」

胸の谷間をわざと強調させ、セクシーなキャミソールドレスを身に着けさせられた。
瑠璃のブランドではない、他のブランドの製品だ。
この日の為に、チカはわざわざ用意した。

「おかしいわよ、絶対に。金髪なんて。」

瑠璃は鏡で全身を見ながら困惑している。
チカは金髪のウイッグまで用意をしていた。

「日本人なのに。絶対におかしいわ。眼が、この色なのよ?金髪は、ないわ。」

「そんな事はナイ。瑠璃は金髪も似合う。うん、似合う。瑠璃るりは、流石だにゃー。」

チカは大絶賛をしているが、金髪ならばもっと眼の色を薄くしなければ違和感がある、と瑠璃は素直な感想だ。
特にアイメイクは濃くされ、普段の瑠璃よりも派手に見える。

「これで、外国人の振りをするの?」

「そうだよ。話しかけられたら、必ず英語だ。お前の名前はCathy!」

「チカ、キャシー好きよね?沖縄でも、キャシーって言ったわ。初恋の人?」

チカは瑠璃の金髪を撫で廻している。

「Cathyは、香港のホテルのベルガールだ。可愛い娘だった。」

「だった?」

チカはふっと笑って、唇にキスをする。

「あれから、二十年経ってんだぞ。きっと、美人のままだろうけどな。」

瑠璃は、成る程、と頷く。

「キャシーに逢いたいわね。」

「いや、俺はあの頃の想い出を大事にしたい。」

勝手な男の初恋の記憶だ。
口紅に塗られる。
これはアフタヌーンティーで出逢った日本人の彼女の勤めるショップで購入した。

「発色は凄くいいので人氣なんですが、落ちやすいんです。」

瑠璃の来店をとても喜んでくれた彼女が紅を塗ってくれて、そう説明してくれた。

「いや、瑠璃の唇がより艶っぽくて綺麗だ。」

チカはこの発色が氣にいったようだ。
そして、瑠璃の耳元に口を置く。

「このルージュなら、瑠璃が他の男とキスしたか、よく判るからね。」

そう、意地悪げにささやいた。
チカがリックの車に見惚れている時に、リックに密かにキスをされていたのを、チカは氣づいているのかもしれない。
瑠璃は赤くなった。

微妙な色違いを五本求め、そしてふと頭に過ぎった人物の為にプレゼントとして三本を包装してもらった。

今日もきっと、帰る時に紅が取れていたら、浮氣を疑われるのだろう。
瑠璃は鏡を見ながら、そっと唇の下に指で触れた。
ショールを羽織り、家を出る。

「うー。ドキドキする。」

チカと離れて、久しぶりに友だちと遊ぶのだ。
もし、男たちに絡 まれたら、どうしよう。
正体がバレて、囲まれたら、どうしよう。
そんな不安が増大する。

「ま、そんな事言ってても、瑠璃はその場に行ったらシャキッとするんだから。女王さま然としてれば、簡単に声は掛けられないさ。」

チカのその計画が、功を成せばいい。

「でも。」

「だから、麻里とスミに頼んだろ?お前の世話を。」

いつもなら片時も瑠璃を離さないのに、今日のチカは余裕綽々だ。

「今日の俺は心安らかに神に祈っている。どうか、この愛する女をお守りくださいと。神は言った、」

「神さまの声が聞こえるのね。」

いつもながらの、チカのビッグマウスだ。
大きなブラウンレンズサングラスの瑠璃はくすっと笑い、運転席のチカを見ている。

「そうだよ。神は言った。案ずる事はない。汝の不安を解き放て。時は来たり。」

タンクトップにハーフパンツのチカは、神妙な面持ちで語っている。

「何の時が来たのかしら?」

「判らない。しかし、神の御声だ。有り難く、そのままを受け取るよ。」

瑠璃は、くすくすと笑っている。

「ま。なんかあれば、蹴っちまえ、瑠璃。今日は許す。力一杯、蹴ろよ。」

「そうするわ。」

すっかりと緊張が緩んだ処で、麻里の家に着いた。

「いやーっ!何?浮くわ、浮く!あたしらが、浮く!全然合わなーい!」

瑠璃の艷やかな姿を見て、麻里とスミは驚いていた。

「留学生のCathyだ。同じ高校に通うお前たちが、Cathyが来たがっていた日本のオタク文化圏を案内する。その筋書きは、前も言ったろ?」

「言ったけどー!やり過ぎ!チカ、ウケるー!」

「JKにウケられて、俺も本望だよ。」

チカはしれっとして、麻里とスミを後部座席に案内した。

「えー。チカって、その格好だと普通の若者じゃん。前はネクタイだったし、大人って思ったけど。」

「俺もたまの一日休みには、リラックスしたいんだよ。」

チカのいつものシャツとノータックのパンツの腰廻りや尻が大好きだが、その、ラフな格好のチカも好きだ。
逞しい胸筋や上腕二頭筋や三頭筋が、タンクトップでは露わになる。
これが堪らない。

これまではシーズン通してスーツのチカだったが、日本に帰ってきてから、仕事の時もそう改まらないのからジャケットを羽織らず、普段は半袖シャツとネクタイになった。

スーツが戦闘服のチカだ。
どういう心境の変化?と瑠璃が問うたら、チカは笑って、ラクにいこうかと思って、と答えた。

チカの中で、きっと頑なだった緊張が解けたのだ。
リックのおかげで。

瑠璃は、尚更、チカの実の父親と逢う機会を増やそうと決意した。

「チカ、どうすんの?今日。」

「こっそり、後をつけてる。」

「やだあっ!ストーカー!」

それこそチカらしいと思ったのだが、瑠璃には。
気づかぬように、後ろをつけているから、心配は無いと言い切れるのだと。

「それか、ラーメン喰いまくるね。瑠璃となら、ラーメン屋に入れないし。」

「え?瑠璃、ラーメン好きなのに。じゃあ、これからはラーメン、食べましょうよ、一緒に。」

つきあい出して、一回もラーメンが食べたいとは言い出さなかったチカだ。

「瑠璃、お前は氣づいてるか知らないが、お前のラーメンを喰う姿は、きっと、とても人に見せられない。」

「何、それ?」

「あー、なんか判るかも。」

麻里とスミは、くすくす笑っていた。

「なんか、豪快だよね、瑠璃のラーメンの食べ方。」

「そうそう。ズルーって一氣にすする感じ!」

「そうかしら?」

麻里とスミならともかく、チカの前ではラーメンを一回も食べた事がないのに、どうしてその姿が判るのか。

「いいわ、別に豪快でも。チカ、今度、ラーメン食べに行きましょ。駅前のラーメン屋さん、そこそこ美味しいわよ。」

「そこだよ、そこ!あの店長が愛想ない店!瑠璃とよく食べに行ったじゃん!」

「うん、懐かしい。全然行ってないから、食べに行きたいもん。」

最初は、二花が幹也と共に連れて行ってくれたラーメン屋だ。
以来、二花はよく食べに連れて行った。
そんな風に、瑠璃が子どもの頃は何の不安もなく、二花とはよく店に入っていたのに、つきあい出した途端、バレてはいけないと何処にも店に入らなくなった。

あの店も普通なら女子同士で入るのはためらう愛想のなさだが、麻里とはよく食べに行ったのだ。

「地元民しか行かない場所だから、大丈夫よ。」

「なら、今度行ってみるか。」

チカは瑠璃がラーメンをすする処を想像したのか、くっくっくっと笑っていた。

「あれ、ねえチカ、千夏ちゃんはどうしたの?」

麻里の問いに、チカは前を向いて運転しながら、ギラッと睨む。

「あ、ごめん。」

麻里は慌てて口を押さえた。

「千夏?千夏って、加藤千夏?千夏がどうしたの?」

転校した先の中学の時の、親友だ。
その千夏の名を麻里が口にし、チカがそれを睨んだ。

なんだろ?
瑠璃は首を傾げた。

「あ、いやさー。千夏ちゃんのドラマ、あたし好きだから。サイン欲しいなーってチカに頼んだんだよね。」

麻里は、そう答えた。
怪しい。
サインくらいで、チカが睨むのか。

千夏は今、ドラマの撮影の佳境だ。
来月の半ばで終わると、連絡が来た。
瑠璃がまたロンドンに行く前に逢いたいな、とは千夏は言ったが、それでもスケジュールが合うかどうか判らないので、具体的な話はしていない。

ドラマも帰国してから、幹也に録画してもらったのをまとめて観た。
千夏、随分と大人っぽくなったな、とその演技に見惚れた。
キスシーンが艷やかだったのだ。

「サインなら、千夏に逢ったら貰っておくわ。」

「ホント?サンキュー!瑠璃。」

そこから、女子高生はテレビドラマの話題となった。
きゃぴきゃぴと感想を述べ合っている。
瑠璃は、その千夏のドラマ以外は知らないので、黙って聞いていた。

ティーンズ誌のモデルから引退して、チカに逢わなかったら、瑠璃もこうして今頃は、普通の女子高生として、きゃぴきゃぴとドラマの話をしていたのだろうか。

いや、有り得ない。
瑠璃はひとり、首を横に振った。

グラビアアイドルには、なっていたかもしれない。
人氣のグラビアアイドルになるのも、とても並大抵ではないが。
そして、男好きだと噂されていたかもしれない。
その結末は、AV出演だとか。

それはそれで経験だが、いや、そこに到るまで何処かできっと、孕 んでいたろう。

あのまま、ズルズルと二花とつきあって、寂しくてきっと、他の男と遊んだろう。

チカは、ぷっと笑い出した。
瑠璃の頭を読んだのか。


有り得ねー。
お前は、トップモデルだよ、瑠璃。
その人生しか、ない。


頭に響いてきた。

そうね、チカ。
この人生しか、ないわね。

瑠璃は、うふふと笑って、チカを見つめていた。

瑠璃シーン⑥中編3に続く
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