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トーチカ~瑠璃シーン⑤中編3

今日もお話です。

 

アメブロで弾かれましたので

ここに記します。

表現抑えても、さすがに、アレデスネ。


ロンドンウィメンズコレクションでの
ショーモデルデビューに向けて動き出した瑠璃サイドのお話。

書き溜まっているので、
どんどん出します。


トーチカ~瑠璃シーン⑤中編1
ここで、ブランド専属モデルとなりました。

トーチカ~瑠璃シーン⑤中編2
コレクション前の日本の日々


みんなエスパーだよ編。
不倫って何なのさを問う編。
登規くん心真っ裸編。
そんな長い瑠璃シーン⑤。
中編は5までです。
後編は初コレクションの年の
4月まで進みます。



トーチカ~神楽シーン⑤中編
↑ここで椎也のライヴでの神楽との会話の時が、どんどん近づいてきました。
次回、ですね。


トーチカ神楽シーン①
東三河に住む、未来を知っている少女
神楽の眼線

トーチカ~瑠璃シーン①
神奈川に住む、モデルの美少女
瑠璃の眼線

交互に同時期を書いていきます。
どちらにも童顔の二花(つぐはる)が絡んできます。

それ以前の物語はこちら

来る潮帰る波
神楽の母が亡くなったことを、その兄(神楽の父になった人)が回顧する話

実になる花~追伸
モデル瑠璃の母、女優実花と、父、アーティスト椎也の物語。



今回からエロスモード突入となります。
全開エネルギーに向けて。



トーチカ~瑠璃シーン⑤中編3



車を発進させてから、チカは語り出した。

「お嬢、ゴーサイン出たから。」

「え?」

夜道の山合を走る。
ヘッドライトが真っ暗な田舎道を照らす。

「二花の“ラヴアフェア”、使う事になったから、コレクションで。」

「ホントに?」

瑠璃は思いがけない朗報に口を手で隠した。
幾らなんでも、それはムリだろう、と思っていた。

「ん。AmeliaからHappy New year! て電話が来て、そんで、曲、使う事になったって。」

「すごいスゴイ!」

興奮する。
どんどん、叶っていく。

「楽曲使用料払わないといけないだろ?あの曲はパパの作った曲だし、ややこしいんだよ。

 ショーの様子は動画も配信するし。金額上限ある中で、金額提示と交渉は、俺がしろってさ。」

「得意なんじゃないの?そういうのは。」

瑠璃は真っ直ぐをよく見ているチカの横顔を、隣りから見つめていた。

「マアネ。それが二花サイド、でなければね。」

「そっか。二花くんに交渉するの?」

「いや、まずレーベルに。でも、いま正月だからね。明けてすぐにアタックしないと。」

「そうね、時間が無いわね。」

この曲が使いたいと言っても、実際には難しい話もある。
早く具体的に詰めないと。

「チャスが相当気に入ったみたいだね。二花のピアノ。」

「そうなのね。」

もし、チャスが二花と実際に出逢ったら。

「惑わせて、狂わせてやるのもいいかもな。お前は本当にどれだけ、覚悟があるんだって。」

「……逢わせてみて?」

ちょっと怖い。
でも、それがまた、チカの一面。

「二花の神楽への気持ち、確かめさせてやるのも、いいな。やっぱり、いつも通りダメだったとか。」

嘲笑っている。

「俺が導かないでも、そうなるよ、きっと。二花への試しが入る。」

その視点は、神のような視点。
ゲームの駒の配置。
それを俯瞰している。
まだ、判らない、この人が。
瑠璃は、じっとチカを見ている。
妄想という、様々なシミュレーションをしているのだろう、いつも。
その中で成功確率の高い道を、チカはワザと選んでいるとしたら。
偶然を装って。

「俺がお前を好きになって、そんで、こんなぐだぐたな三角関係になるだなんて、予測もつかなかったね。」

予想が出来るなら、こんなに苦しまないで済んだ。

「人生のあらゆる処で想像を絶する、ナニカが起こるもんだよ。」

「チカが他の誰かを好きになる可能性だって、ある訳だものね。」

瑠璃の言葉に、チカは溜め息をついた。

「そんなこと言ったら、お前だってそうだろ?正直、判んねえよ、未来なんて、でも。」

車を脇に止めて、隣りの瑠璃にキスをする。
さっきから対向車も無いから。

「愛してるよ、瑠璃。」

唇を離して、瑠璃の顔を見つめている。

「ああ、してえ。マズい。」

興奮してきたチカの眼に、瑠璃は笑う。

「もうっ。今日はダメでしょ?」

「俺の部屋で、こっそりするか?ん?このまま、ラブホ行くか?」

「もうっ。」

一昨日だって、してるのに。
瑠璃は赤くなった。

「ま、夜、しよ?」

このまま、チカの日本の実家に行って、泊まるのに。
幾らなんでも、同じ部屋で眠る訳にはいかないでしょ?

「ふふん。」

何を企んでいるのか。
チカは運転を再開した。


…………………………………………………………………………



「瑠璃ちゃん、よく来てくれたねえ。どうぞ。」

日本のチカの母、血縁で言うと伯母は、瑠璃を嬉しそうに見ている。

「どうぞ、どうぞ。」

日本のチカの父、チカの伯母の夫がそう、瑠璃を居間に招く。
如何にも極標準な日本の二階建ての家屋、日本の家庭。
チカはロンドンであんな優雅な暮らしをしてきて、日本に来て、よく弄れずに育ったなあと瑠璃は感心する。
カルチャーショックどころか、まず、生活水準が大きく異なる、から。

「あけましておめでとうございます、お義父さん、お義母さん。よろしくお願いします。」

「あけましておめでとうございます。こちらこそ、よろしくね。」

笑っている夫婦。
チカの養母は、眼元がチカに似ているから、瑠璃はよく見つめてしまう。
お茶を飲んでから、遅いので風呂に案内された。
嫁ぎ先の実家に泊まるだなんて初めてだし、緊張する。
湯船に浸かりながら、瑠璃は考えていた。
この浴槽だって、チカの養父と養母も入るのだから。
他人が営む違う家で一泊生活を味わうとは、とてつもない緊張感とか違和感なんだ、と、自分がこういう場面に遭遇すると、よく判る。
チカが初めてこの家に来た時、どんな気持ちになったのだろうか。

でも、良い嫁になろうとして、何でも手伝いをしようとするのはやめておこうと決めていた。
チカはそれを嫌がって、瑠璃は何もしなくていいようにして、と、ちゃんと養父母に伝えてあるから、と。

風呂から上がると、長い髪の毛を時間かけて乾かさないといけない。
瑠璃が風呂から上がったのをチカが確認して、パジャマ姿の瑠璃を部屋に連れて行った。
チカが高校までの少年時代を過ごした部屋、極普通の子供部屋。
本が、いっぱい置いてあった。
小難しい辞典から英語の本、漫画まで、ありとあらゆる本が。

チカは当たり前のようにペットボトルからグラスにミネラルウォーターを注いで置き、瑠璃を机の前に座らせる。
瑠璃が顔の手入れをして、そしてチカが瑠璃の髪をドライヤーで乾かしていった。
瑠璃の髪を動かしながら、時折キスをする。

「しよ?」

チカは耳元で囁く。

「あたしは―何処で寝るの?まさか、チカの部屋で?」

緊張しながら、瑠璃は呟く。

「え?」

ドライヤーの音がうるさくて、チカには声が届かなかったようだ。

「結婚前に、まさか、ねえ。」

瑠璃は笑った。
チカは長い時間掛けて瑠璃の髪を乾かした。

「んじゃあ、俺、風呂行ってくるから。」

チカはパーカーを脱いで、パサッと床に投げる。

「待って。あたしは何処で寝るの?」

改めて瑠璃はチカを見上げた。
チカは不思議そうに瑠璃を見て、ベッドを指差した。

「狭いけど。」

「え?」

ああ、チカは他の部屋で寝るっていう事?

「俺と寝るから狭いよ。」

「えっ?」

瑠璃は慌てた。

「そんな―結婚してないのに、チカの部屋で一緒なんて―」

「何で?いつもしてるでしょ?」

不思議そうにしているチカ。
そんな処かもしれない。
チカがこの家に来て、まず、両親と会話が噛み合わなかったろうと、推測出来る。
養母はそれなりに英語が喋れるから言語の問題ではなく、文化や意識が全く異なる人間とのコミュニケーションの難しさの点だ。

「お義父さんお義母さん、それを何も言わなかったの?」

「や、言ったけど。俺たち婚約してるんだよ?ココ、俺のウチだよね?て再度言ったら、了承したし。」

きっと、言ってもムダだと、諦めたんだ。
日本に来て学校に通い、周りから相当、ハチャメチャなタイプと思われたろう。
チカって。
笑えてくる。

「眠いなら寝てていいよ。」

チカはそう言って、部屋から出て行った。
瑠璃はチカのパーカーをハンガーに掛けてから、カバンの中から美容道具一式を出し、身体の手入れをする。
世の中で、いちばん綺麗になる。
そう決めたから。
寒いけれどパジャマも脱いで、下着も脱いで、全身をマッサージしていた。
ノックも無しに、カチャッとドアが開き、風呂から帰ってきたチカは瑠璃の全裸を見て、眼を細める。

「これはこれは―素晴らしいお迎えをありがとうございます。」

「あ、あたしは身体の手入れをしてるの!」

「俺がしてやるのにな。」

その、ボディクリームを手に取り、チカは瑠璃の脚に触れた。

「俺はお前の手入れをしてるんだぞ?」

息が荒くなる瑠璃を見て、チカは意地悪げに囁いた。

「判ってるだろうけど、声、抑えてね。」

足先から鼠径部へ。
ジッと止まって、そのまま足先に戻る。

「やあぁぁぁ。こんな処でぇ。」

こんなつもりじゃなかったの。
今日はするつもりじゃなかったの。

「俺、何かしてる?マッサージ、だよな?」

意地悪。
脚が、どんどん自然に開いてくる。
キツい眼が、それをじっと見てる。

「どうしたの?瑠璃、そんな顔して。」

反対の脚に触れる。
少し持ち上げて、そのまま太腿まで撫でていく。

「あああーっ。」

「声抑えて!」

少し焦っているチカの顔が、真ん前で止まる。
脚を持ち上げたまま、よく、観察している。

「俺は何もしてないよ。お前はスゴいな。いつも、ココに触らなくても、こんなになる。」

「やあぁっ。」

両足首を掴んで、チカはぐっと持ち上げた。
瑠璃は後ろ手をつく。

「腰が上がってるぞ?」

「あぅんっ。」

「腰が動いてる。卑猥だなあ……瑠璃は。」

「お、お願いします、」

「何?」

「愛してくださぁい、瑠璃の身体中を。」

「どうやって?」

意地悪な眼。
これが大好き。
息が荒くなる。
詳細にお願いしないと動いてくれない。
恥ずかしそうに瑠璃が告げると、チカは脚を持ち上げたまま、瑠璃の胸に吸い付く。

「あ……んチカぁ、あっあっあっ、darling! 」

「頼む。声、抑えろよ。」

身体中を愛したあと、チカはゆっくり埋め込んできた。

「あ、あっあっあっトウチカ……」

「何?すごく気持ちいいよ、瑠璃。」

チカの背中に、強くしがみつく瑠璃。

「突いて……トウチカ突いて……」

「ほら、したかったの、お前だろ?ん?何てヤラシイ顔してんだ?したいから、俺を誘ったろ?判ってんだぞ。」

そうかもしれない。
チカがパパとママに「瑠璃さんを僕にください。」とはっきり言ってくれて、嬉しかったから。

「そぅぅ、なの。チカぁ、お願い、突いてぇ!」

「やべっ。」

チカは慌てて瑠璃の口を手で塞いた。

「静かに、ね。」

そして、激しく突いてきた。
何だか、いつもより感度が上がっていて興奮する。
大きな声が、どんどん出てしまう。
その度にチカは、ぐっと瑠璃の口を押さえる。
ずっと突かれている。
 
「もっとぉ!もっとぉっ!あーっ……」

「瑠璃……スゴい…何だ、コレ?良すぎる……」

チカも、いつもより興奮していた。
汗が瑠璃の身体に滴り落ちていく。

「うぁん、登規さぁんっ!」

「ああ、ダメだっ!出るっ!」

動きの止まったチカの腰に、瑠璃は脚を絡める。
しばらくして、チカは息を荒くしながら、そのまま瑠璃の上に乗ってくる。

「やべぇ……早くてごめん。」

チカは、はあはあと言っている瑠璃の顔を撫でた。

「何?今日の凄さ。お前、何か飲んだ?」

瑠璃は顔を赤らめた。

「ここでだから、興奮した?」

恥ずかしくて顔を逸らす。

「とうさんかあさん居るからな。聞かれたらどうしようって、興奮したんだな?」

首を横に振る。

「変態。興奮したんだな?」

耳元で囁く。
びくん、と身体が震える。

「ほら。瑠璃は、こういう状況に燃えるね。エムっ気たっぷりだね。」

瑠璃の身体が、ビクビク揺れている。

「待ってろお、すぐに復活するからな。」

その言葉の通り、瑠璃の身体を舐めていたら、すぐに元気になった。
瑠璃を立たせて、後ろから激しく突く。

「いいのか?そんなに?えっ?そんなにいいか?」

言葉で攻めながら、ずっと喘いでいる瑠璃に、激しくする。

「登規さぁん!あーんっ!もっとぉっ!」

「もっと、かよ。もっとか?え?もっと突いてください、だろ?」

耳元で怖いくらいに低い声で煽る。

「もっとぉ!もっと突いてくださぁい!登規さぁん!」

「……たまんねぇ。」

ぐっと勢いよく押し込んできて、瑠璃は仰け反った。

「痛くないか?大丈夫か?」

瑠璃は首を横に激しく振る。
言葉も出せられない。
興奮したチカはまた、ぐいっと押し込んだ。

「これが好きか?あ?こんな強いのが好きか?」

瑠璃は首を縦に振る。

「ここまでとは思わなかった。猫被ってたな……瑠璃。すげえイイ……サイコー。」

今日は本当に、どうしたんだろう?
激しくされたい、もっと。
もっと、もっと。
薄れていく意識の中で、瑠璃はもっと、もっとと叫んでいた。

眼が醒めると、ベットでチカが瑠璃の髪を撫でていた。

「大丈夫か?」

「うん……」

身体が火照っている。
ジンジンしている。
体内に残っている感覚が、とても気持ちがいい。

「どうしちゃったの?お前、今日はスゴすぎだよ。」

「わかんない……何か……スゴい。」

「催淫剤でも入ってたか?」

「何に?」

瑠璃は笑った。

「声、大き過ぎてね。アレ、聞こえたかもね。」

全身が赤くなる。

「ま、もう仕方ない。俺と瑠璃、相当だな、って思われたかな。」

朝、どんな顔して逢えばいいの?

「瑠璃、メチャメチャ良かったよ。」

愛しそうにキスをしてくる。

「あれだけ乱れた瑠璃、ステキだよ。」

あんなの。
前後不覚になるなんて、初めて。

「開発、しようね、もっと。」

「ん……。」

チカに委ねる。
本当の意味で、チカに委ねる事が出来るようになったのかもしれない。
二花の事も全部話せて、楽になったのかも。

水をたっぷり飲んで、抱き合って寝た。
随分とぐっすり寝て、起きるとカーテンの隙間から、光が射していた。
部屋の時計を見ると、もう昼前の十一時。
恥ずかしくなった。
こんなに寝過ごしてしまった。

「ん……。」

抱き合って寝ていたチカが、声を少し出す。
チカが早起きしないなんて珍しい。
こんなに寝ているなんて、普段なら無い。
可愛い寝顔。
目覚めの顔。

「おはよ……。」

緑の眼を開いたチカは、ぼんやりとして呟く。

「チカ、大変!もう十一時よ。」

「えー……?うそっ。」

チカは身体は寝たまま時計を確認して、諦めたように声を出した。

「仕方ない。」

欠伸をする。
ベッドが狭くて抱き合った身体の温もりが寒さを防いで、ちょうど良かったのかも。

「もーいいよ、慌てなくて。仕事無いし。凄かったからかなあ、夕べ。」

「……かなあ?」

瑠璃は赤くなる。

「そやって、すぐに赤くなるトコ、好きだよ。」

抱き寄せながら、そう囁く。

「好きだよ、瑠璃。」

「はい、あたしも。my darling.」

いちゃついた後、チカは起き上がって裸のまま煙草を咥 えながら、二花のレーベルに電話を掛けてみた。
担当と繋がったので、煙草を口から外して、チカは話を進める。
物凄く丁寧に話しているのに、この人、裸なんですけど。
瑠璃は、話の内容と姿のギャップに笑った。

「笑うな。」

通話を終えたチカは、 チャスのくれた深い緑のワンピースを着た瑠璃の頭に手を置いた。
そして、煙草に火を点ける。

「どうだった?」

「うん、レーベル側は承諾してくれたけどね。パパの分の楽曲使用料は向こうで交渉してくれるそうだけど、さ。」

チカはカーテンを開けて、窓の外を見た。
素っ裸で。

「二花個人の分は、そちらで交渉してくださいって。ウチとしては大きな宣伝になるから、会社に入る使用料は低くて構わない、そうで。」

「そう。」

どうしても、二花と実際に連絡を取らないといけなくなった。

「そーゆー時、なんだろうね。」

煙を吐き出し、瑠璃の頭を撫でてる。

「本格的に、さよならって言いたい。」

チカの呟きに、瑠璃はチカの頬に触れた。

「もう、これで想い残す事無く、二花から卒業したい。」

真摯な顔つき。
それが本音。
もう、幻影で惑わすな。
いい加減にしてくれ。
きっぱりと、二花から想いを消したい。
真面目な人だからこそ、こんなに深く悩んでいる。

「言いましょ、二花くんに。さよならって。」

瑠璃の見つめる眼に、チカはキスをした。

「ああ。瑠璃、その時は隣りにいてね。」

「もちろんっ!」

チカはすぐに、二花の公式アドレスにメールを入れた。
他人行儀な文章で、曲を使用したい想いは強く記して。

「さー、早く連絡来いよ!」

ずっと裸だったチカは伸びをして、下着を穿き、シャツに袖を通す。
チカは暑さより寒さの方が強い。
四季を通してチカの様子を見てきた瑠璃は、そう感じていた。
軽く身支度して、階下に降りる。

「かあさん、ごめん。ぐっすり寝てたわ。」

チカはバツが悪そうに、台所の養母の顔を見て謝った。

「いいのよ。ふたりとも疲れてるんだから。家に居る時くらい、ゆっくり寝てなさいよ。」

昨夜の事、大丈夫かな?
ビクビクしながら、瑠璃は後ろから頭を下げた。

「お義母さん、ごめんなさい!こんなに遅くまで。」

「あら、ホントにいいのよー、瑠璃ちゃん。ウチで気を遣わないでね、お願いだから。」

養母は笑っている。

「だね。気ぃ遣うな、ホントに。」

チカは瑠璃の頭をポンポンと叩いた。

「瑠璃ちゃん、お化粧してないと、可愛いわねえ。また、違う綺麗さね。」

今から洗顔しようといた瑠璃は、ノーメイクが恥ずかしくて、焦る。

「いや、ホントに可愛いぞ、お前は。なんも化粧しなくていいって言ったろ?休みの時は、何もしなくてもいいんだ。」

チカは養母の前でも気障な事を言う。
瑠璃は恥ずかしくて、養母に頭を下げ、洗面所に向かう。

「登規、お父さんが言ってたけどね、お昼は、お寿司食べに行かない?」

「寿司、いいねえ。いいよ、行こう。」

顔を洗っている瑠璃はそれを聞いて、人前に出るなら、じゃあメイクしないとね、と、微笑んでいた。

「それと。煙草臭いよ。瑠璃ちゃんに匂いがつくから、部屋の中ではやめなさいよ。」

「はあい。」

チカはバツが悪そうな返事をしていた。


……………………………………………………………………………



「いやあ!登規の?ホントに?まさか、登規とはねえ。」

寿司屋の大将は、瑠璃を見て驚いている。
瑠璃の相手がチカとは思わなかったのだろう。
子どもの頃から家族でよく来ているという馴染みの寿司屋は、瑠璃も安心出来た。

「言わないでよ、誰にも。噂になったら来づらいじゃん。」

チカは笑って言う。

「そうだなあ。でも、言いたくなっちゃうなあ。

 みんなに自慢したいね、森下瑠璃ちゃんが来ましたって。

 瑠璃ちゃんが、あの、登規の嫁さんになるんだとよって!」

「内緒にしてよー。」

気取らないチカもまた、チカの一面。

「おじさん、何でも握っちゃうから、好きなもの言ってね。」

大将は瑠璃に向かって、照れながら言う。

「はい、ありがとうございます。」

「そりゃあ、握るのはニシさんの仕事だろ?金払うのは、こっちだよ。」

「そりゃあ、間違いねえ!今日はかなりサービスしとくよ。登規坊っちゃんの婚約祝いだ。」

チカの養父と大将の会話も楽しい。
瑠璃が現れた時に他の客は誰もいなかったので、大将は臨時に店を借り切りにした。
瑠璃に気を遣ってくれた、と判断する。
最初はまあ、この気持ちに有難く沿おうと思った。

「瑠璃はまず、エンガワに生海老だな。俺は、ヒラメで。」

チカは勝手に頼む。
まあ、それが正解だから、いいわ。
瑠璃は微笑む。
ある程度は、チカはひとりっ子として、吉田家でそれなりに可愛がられて育ったんだ、と判る。
こうして寿司屋の馴染み度合いからしても。

「登規は亭主関白かい?」

大将は聞いてきた。

「そうだと思いますよ。」

瑠璃は笑って答える。

「そんな事?俺がお前に何でもしてるじゃないか。」

チカは慌てて否定する。

「そういう事じゃなくて。チカが全部決めちゃうでしょ?」

「それは―それは、いいんだ。お前の事は俺が決めていいんだ。」

「それが亭主関白って言うのよ?」

瑠璃は笑って、チカの腕に柔らかく触れる。

「凄いねえ、登規は。こんな綺麗な娘に指図出来るなんてねえ。」

大将は笑って、握った寿司を差し出す。
チカの養母と養父は酒を飲みだしたから、つまみを要望した。
チカが車で連れ来たからだ。

「マネジャーが手を出したらいかんだろ?」

大将はからかってくる。
それはチカには実は、重い十字架である。
本来なら、手を出してはいけない商品。
最初に、商品には手を出さないから安心しろ、といったくせに、気持ちを止められなかった。

「だよねー!謹慎と減給処分だったしね!」

チカは笑って、おどけてから、お茶を飲む。
減給処分だったのね。
瑠璃には初耳だった。
クリスマスがあって誕生日があって、引っ越したあとの減給処分は最悪だったろうに。

「俺は働きがいいから、大丈夫だよ。一ヶ月の、だし。」

小声で瑠璃にそう言い、頬を撫でる。

「仲がいいねえ。」

ふたりのスキンシップに、大将はからかう。

「そりゃあ、仲が良くなきゃ、困るよ。いつも一緒なんだから。」

チカは寿司を頬張って咀嚼してから、さらに言う。

「俺たちは、ラブラブなんだ。」

恥ずかし気もなく言うから、瑠璃は照れて赤くなる。

「登規はイギリス出身だからか、表現がストレートでねえ、何かと。」

養父は笑って言う。

「この仲の良さに当てられてるよ。」

お義父さん、昨夜の声、聞いちゃいましたか?
それとも階下に響きましたか?
瑠璃は、もっと赤くなった。

大将はチカの少年時代の事を語ってくれた。
初めて店に来た時は、余り日本語が喋れなくて、片言だった事。
それがどんどん、あっという間に日本語が上達した事。
全般的に、おどけやすい事。
寿司ネタの漢字を憶えて得意気に読み上げていたが、書けば、のたうち廻ったミミズのようだった事。

「俺、未だに書くのは苦手だよ。ヘタな字!」

そういえば、チカの書いた日本語を見た事がない。
英文は普通の字だったが。
わざわざ書いてもらわなくてもいいけれど、日本語がどれ程のものか見てみたい。
チャンスはある。
それは、婚姻届。

酔ってきた養父が饒舌になり、語ってくれた。
当初、チカは白米を出しても、美味しくない、と、なかなか食べなかったようだ。
味をつけたり炊き込み飯にしたり、いろいろ試したが食べず、困った末に、この寿司屋に連れてきた。
寿司は食べ慣れていたので、喜んで手をつけた、というのが始まりらしい。
チカが寿司が好物だというのは、ここに所以があると感じた。
想い出の食べ物、なのだ。

しかし、家では今でもずっと白米を食べないそうだ。
それだけ余所では気を遣っている、という裏目でもある。

「俺、白米の時、給食、ホントイヤでさ。白米と牛乳の組み合わせって何?サイアクって、ムカつきながら、最初にご飯だけ食べてたよ。」

「あたしはご飯は好きだけど、確かに牛乳のセットは変だものね。」

でも、給食が懐かしい。
食べられなくなって、もう、一年になる。
あれはいきなりだったから。
最後の給食も、格別に味わって食べてない。

「ねえ。やっぱりご飯、イヤなんじゃないの?」

チカの腕に触れる。
何回も白米を出しているけれど。

「お前のは、いいんだよ。瑠璃の作ったのは。美味いよ。」

真っ直ぐ見つめられる。
薄い緑の眼が輝いている。

「そう?」

「そう。」

瑠璃は照れて、赤くなった自分の両頬を押さえた。

「いや、ホント、仲いいねえ。妬けるねえ。」

大将は笑っている。

「俺ぁ、瑠璃ちゃんはテレビとかで見る限り、もっと気の強い娘かと思ってたよ。」

「気は強いよー。でも、俺には従順だからさ。」

何て事言うの!
瑠璃はさらに赤くなって、チカの肩を軽く叩く。

「アハハ。可愛いなあ。」

大将も小僧も、養父母も笑っている。
瑠璃はもっと恥ずかしくなって、俯いてしまった。





……………………………………………………………………………


夕食をご馳走になってから、登規の実家を出発した。

「緊張したわ。」

「緊張しなくなるといいな。とうさんもかあさんも裏がないから、安心して。

 あの人たち、俺の子育てには相当苦労したから、今更、裏なんか無いよ。」

チカは笑って運転をしていた。

「楽しい家庭ね。」

「だろ?俺はあの家で、一家団欒っていうのを初めて知ったよ。」

それまでは家族別々で食事をするのも珍しくはなかったから。

「俺はしあわせものだね。いろんな家庭と家族を体感出来てる。」

その表情の中には、寂しさも含まれていた。

「父のさ、実の家族と、父の家で一緒に食事する事とか、何回かあったんだ。父以外のみんなに気を遣われてるっていうのも、よく判るから。」

チカの腹違いの兄と姉は、年末にテレビで見た。
チカの父親の受賞で、インタビューを受けていたから。
特に兄の方は、面差しがチカと、とても似ていた。
父親の正妻は、落ち着いた感じの上品で綺麗な女性だった。

「瑠璃の家族も大好きだよ。」

打って変わって、嬉しそうに笑う。

「瑠璃は、しあわせな家庭で育った。」

「そうね。それは、とても思うの。」

パパもママもヘンだけど。
両親が芸能人だし、普通の家庭では無いけれど。
あたしは、とても愛されて育った。

「今度は、瑠璃のおばあちゃんにも逢いたいね。」

「そうね。近くにいるのに、逆にしばらく逢ってないなあ。」

去年、転校した後に、挨拶に行ってから逢っていない。

「頻繁に逢わないとね。」

「そうね。」

パパに顔立ちが少し似ている、凛とした女性。
女手ひとつでパパを育て上げた人。

「瑠璃の友だちにもね、逢いたいよ。」

「逢ってどうするの?」

瑠璃は笑った。
ギャルと遊ぶの?
この冬、瑠璃には時間の余裕もあるし、本当は麻里たちと遊びたかった。
しかし、気づいたら周りは受験生だった。
遊びに誘ったら、合格してからにしてー!と言われた。
なかなか、都合がかち合わないものだ。
春には瑠璃が忙しいのだし。

「あたし、やっぱり、高校行かなくて良かったと思うの。」

「うん?」

チカは運転しながら、横眼で瑠璃の表情を確認する。

「行っても、通うのムリだったわ。」

「そうかもね。」

チカは納得したように頷いた。

「高校より仕事!って決めたから、良かったかもね、瑠璃の場合。」

たから、ショーモデルの道が拓けたのかもしれない。

「中学も結局、卒業まで、そう通えないしね。」

「そうだね。卒業式もなんとか、な感じ、だね。」

帰国して、卒業式に出て、また、しばらくしたらロンドンに向かう予定だ。

「今年はバタバタする、ね。」

「あっという間に結婚式になるのね。」

「新婚旅行、決めた?行き先。」

チカとこんな事、何気に話していられるのが、いい。

「本当は国内がいいんだけど。」

「難しいね、国内だと何処行っても騒がれて、リラックス出来ないよ?ずーっとのーんびり会員制のリゾートホテルとかが関の山かな。俺も日本国内、巡りたいんだけどねー。」

だから、結局、海外になる。

「意外に香港とか行きたいかも。」

「いいね。俺もずっと行ってないよ。」

その時、チカの中で閃いた事があったらしい。

「―うん。そうしようかな。」

「え?」

「練っとくね、案を。」

楽しみな新婚旅行になる、と感じた。

途中でパーキングエリアに寄った。
混んでいる時間帯を避けて夜に出発したから、人は疎らだった。
瑠璃は帽子を被って、足早にトイレに行く。
チカはトイレの前で待っていて、俯いてスマートフォンを操作していた。
瑠璃の姿をチラッと確認して、眼を上げる。

「二花から、返事が来てた。」

「そう。」

瑠璃は微笑んだ。
珈琲を買ってから車に戻ると、チカは画面を見せてきた。

【 吉田 登規様

 この度は、お世話になります。
 ご依頼の件、こちらこそ喜んで承諾させて頂きます。
 私の宣伝にもなりますので、金額は低くて構いません。
 また、後日詳しく、ご提示を宜しくお願い致します。

 嵩原田 二花 】

これまた、他人行儀なメールだった。

「面倒くせえな。奴にマネジャーがいれば、ラクなのにな。」

チカは溜め息をつく。

「まあ、とにかく良かったじゃないの!承諾してくれて。」

「まあ……ね。」

チカが懸念しているのは、二花と直接逢わないといけなくなった事。

「瑠璃も行くから、ね。」

「うん。」

チカは厳しい顔をして頷いた。



……………………………………………………………………



「ふうっ……はぁん。」

「そうだよ、瑠璃。巧くなったね。」

チカは下から瑠璃の腰を支えている。

「綺麗だよ、瑠璃……スゴくイイ。」

ジュエリーブランドとの打ち合わせ後、チカの家に来た。
そろそろ、ゆっくりと、この家に瑠璃の物を置いていきたかったのもある。
普段使わない荷物を運びつつ。

「あっ、あっ、あっ。」 

長い髪が揺れる。
汗を掻いた身体に纏わりつく。
良すぎて、おかしくなる。
瑠璃は仰け反った。

「俺もいくよ。瑠璃、いくよ。」

「はあっ、んーっ、」

真っ白だ。
気がついたら、マットの上に横になっていて、チカに頭を撫でられている。

「瑠璃、スゴいね。最近、スゴいよ。」

「あたし……ヘン。」

これまでの比ではない。

「ヘンじゃないよ、スゴくイイ。開発すると、こんななんだね。」

チカも驚いて、悦んでいる。
前よりもっと、瑠璃は求めてくるようになった。

「もっと開発したら、どうなるかな?」

「良すぎて死んじゃう。」

瑠璃は恥ずかしそうに、チカの胸に顔を埋めた。

「死なないよ。大丈夫。」

「判んないくせに、チカには。女の気持ちよさは。押し寄せてきて、スゴいんだから。」

「そうだね。」

チカは笑った。

「おかしくなりそうに、なるの。」

「なっちまえ。おかしくなったら、責任取ってやる。」

「どうやって?」

「どんな事したって、瑠璃を一生守るよ。」

愛しそうに瑠璃の頭を撫でている。
その時、チカのスマートフォンが響いた。
連絡先によって振動を変えているらしい。

「ごめんね。」

瑠璃に断ってチカは立ち上がり、床に散らばっていたスーツの上着のポケットから、スマートフォンを取り出して会話し出した。

「はい、吉田です。はいーはい?」

全裸で右手は腰に当てて立っている。
後ろから見る、その様子がおかしくて、瑠璃は笑いを堪えた。

「そうですか。仕方ありませんね。また、後日、ご都合宜しい時間を教えて下さい。いえ、こちらこそ。」

通話を終えて、チカは瑠璃に振り返った。

「瑠璃。明日の打ち合わせ、無くなった。」

「え?」

「担当の人の祖父が亡くなったんだって。申し訳ありませんけど、って。それは仕方無いからね。」

「そう。」

明日はフリーか。
瑠璃がそれを閃く前に、チカはもう、閃いたらしい。

「明日、名古屋、よ。パパの。」

「うん。」

チカはもう、電話を掛けていた。

「あ、パパ。今、大丈夫ですか?はい、ありがとうございます。」

チカはマットの上に座って、瑠璃の髪を指で弄り出す。

「明日、名古屋、二席空きませんか?そう、俺と瑠璃。急に仕事が無くなったんで。」

パパに直接頼んでいる。

「はい、お願いします。I love you, darling.  」

通話を終える前に、チカはまた、ふざけた。

「確か満員だったと思うけど、空いてなかったら、横からでも見てろって。席の有無が判ったら、連絡してくれるって。」

「そう。」

ステージの横から見るって最悪。
最初から、二花に存在を知られるから。
でも。

「まあ、何にしろ、明日は名古屋、ね。」

「だね。で、これで、二花に話が出来る。」

早く二花に連絡を取って、逢う日を決めないといけなかったが、この数日、怖くて迷ってしまっていた。
逢って、また気持ちが燃えたら、どうしよう。
それが、怖かった。

瑠璃は、そのチカの迷いを知っているから、早くしなさい、とは言えなかった。
チカは臆病だから。
真面目だから、アレコレ考えて動けなくなる。
それを、判っているから。

「公演後に楽屋行って、挨拶しよう。で、二花と交渉しよう。」

「うん、そうね。」

微かに震えている指。
瑠璃は、その指を握る。
自分の唇に、その指を当てる。

「あたしがいるわ。」

「ああ。」

大丈夫よ、あなたは。
あたしとの結婚式、見えるでしょ?
すっかり妄想出来るでしょ?

ああ、よく、見えるよ。
瑠璃の純白のウエディングドレス姿が。

自分も怖いのに、チカを守ろうとしている、その可憐な瑠璃。
チカは愛する瑠璃の、その顔を見つめ、大事そうにキスをした。

「婚約一周年おめでとう、瑠璃。」

「ありがとう。チカもおめでとう。おめでとう、は日本語間違いかもね。」

瑠璃は笑って、チカにキスを返した。




トーチカ~瑠璃シーン⑤中編4に続く


…………………………………………………………………………



激しくなっていく瑠璃。
仕事に対してエネルギーが高まるときは、そうなのかなあと、人生の流れを傍観してると、そう思います。

この娘が生き急ぐ意味というのは、後編で本人たちが話してます。

次回はようやく、椎也の名古屋ライヴです。

トーチカ~神楽シーン⑤中編
のドSちゃん神楽にシンクロします。

(この子は大胆だけど、とても健気な娘ですよ。)

 

チカの浮気者ー!の場面が
果たして、チカサイドではどうなのか?

お読み下さり、真にありがとうございます。










トーチカ~神楽シーン⑤中編

アメブロで弾かれましたので

ここに記しますね。

 

要の話、なんですけどね。

 

 

今日もお話です。

トーチカ~神楽シーン④
どんでん返し編のその後の
神楽と二花のお話です。

トーチカ~神楽シーン⑤前編
二花の妹、三実の妊娠発覚
そして過去の辛い告白がありました。
わたしは三実はしあわせになって欲しかったから、とても嬉しい。


このトーチカ~神楽シーン⑤でも
瑠璃とチカと会話した事が
神楽側の心情として綴られます。

この回で瑠璃とチカが出てきます。


トーチカ~瑠璃シーン④後編2
からの時期的な続きの話です。


瑠璃シーン④は甘い夢のようなロマンティックに。
(⑤もだねえ、ハーレクイーンロマンス的甘々。)

そして、神楽シーン⑤は現実的にロマンティックに。

厳しい過去もありつつの
アホな過ちもありつつの
現実的な生活に根差した
男女の物語。

普通の男女なそれだけでなく
グロさと滑稽さが満載の
でも当人たちは大真面目なエロ。
それをする事の、癒やしの目的もありの。




トーチカ神楽シーン①
東三河に住む、未来を知っている少女
神楽の眼線


トーチカ~瑠璃シーン①
神奈川に住む、モデルの美少女
瑠璃の眼線

交互に同時期を書いていきます。

どちらにも童顔の二花(つぐはる)が絡んできます。

それ以前の物語はこちら


来る潮帰る波
神楽の母が亡くなったことを、その兄(神楽の父になった人)が回顧する話

実になる花~追伸
モデル瑠璃の母、女優実花と、父、アーティスト椎也の物語


神楽シーン④では
来る潮帰る波が絡んでました。
この流れが神楽シーン⑤に続いてきました。
もう、この先の⑤では無いですけどね。



神楽シーン⑤は
前・中・後編です。
後編終わり前まで書きました。
今の段階。


⑤テーマとしての曲“ Do Ya Think I’m Sexy? ”
相手がセクシーと思うなら
とう出るのか?

そして、“ Killing Me Softly With His song ”
誰の歌に殺してと頼むのか?

“カブトムシ”
女の子が相手を愛おしく想うその曲は、いつ流れるのか?


もー何かと問題児
神楽はどうなるでしょうか?




トーチカ~神楽シーン⑤中編



元旦は三実が振り袖を着させてくれた。
黄色地に、華やかな牡丹が描かれている。

「前よりも雰囲気がしっとりしとるねえ、よく似合うわ!」

三実は神楽を見上げて、満足そうに微笑んだ。
見下ろす三実の腹の、膨らみが目立ってきた。
神楽は、それが嬉しかった。

「ママ、着付け教えてね。」

「うん。神楽ちゃんが嫁いでも、ひとりで着られるようにね。」

「嫁ぐってゆーか、二花はあたしの苗字を名乗りたいみたいだわ。」

三実は、成程と、頷いた。

「判るわ、ソレ。あたしは一回、苗字変えとるから。」

三実は結婚した時の、相手の苗字を、そのまま名乗っている。

「苦しかったあの家の事、無かった事なんて、出来ないのは判っとるけど。」

それでも、心が安らぐならば、出来る事を自分にしてあげたい。

「まあ、何だかんだですごくお似合いよね、二花と神楽ちゃん。」

「あたしが子ども過ぎて、並んでも兄妹だら?」

三実は、神楽のその言葉におかしそうに笑った。

「今の神楽ちゃんは、そんな子どもじゃないじゃんね!随分、女になったわ!

 細いままだけど、身体つきが柔らかく、顔もお姉さんだもん。」

裸に近い状態の神楽を見たから。
三実は、余計にそう感じた。
それでも、その娘はまだ、身体を愛されていないのか。
不思議だった。
愛する事、愛される事。
その悦びは精神的に人を円熟させる。
だから、自分も。
満たされ、穏やかでいられるようになったから、まさかの妊娠だったのかもしれない。

「どう見える?並んどると。」

神楽は少し恥ずかしそうに聞いてきた。
三実は微笑んだ。

「ちょっとあれ?って思うけど、恋人同士に見えるよ。」

「あれ?て?」

「神楽ちゃんが、あれ?この娘、幾つかな?て、見た方が微妙な判断になるから。

 でも、いいじゃん!どうせ、二花ロリコンだし!」

「そっか。」

微妙な判断ではあるけれども、恋人同士に見えるなら、いい。
神楽はしあわせそうに笑った。
新緑の頃はまだ、そんな風に他人の眼には映らなかったから。

部屋から出て、居間に行った。
父の瞬は娘の振り袖姿を見て、穏やかな眼になった。

「いいね。正月らしくて。前よりも、もっと似合うかもな。神楽、綺麗だよ。」

言葉がそう勝手に出てきて、柄にもなくストレートに褒めていた。
瞬は自分でもびっくりしたが、まあ本音だから、と頷いた。
綺麗になったな、とても。
嬉しいような複雑のような気持ちが混ざっている。

「ありがと、お父さん。」

嬉しそうに穏やかに笑う神楽。
お前がそんなに綺麗になったのは、どうしてだ?
だけど、問えない。

「ふー。」

頭をタオルで拭きつつ、二花がやってきた。
東京で椎也のカウントダウンライヴをしてきて、朝になり新幹線で地元に戻ってきた。
みんなの顔を見て、新年の挨拶をして、そして風呂に入っていたのだ。

椎也のカウントダウンライヴは十六年振りに行われた。
第一子の瑠璃が宿って、そして止めていたのだけれど。
第三子がまだ一歳だけれど、子どもたちも家事育児を手伝ってくれるし、

最初の子育てよりも随分生活が楽で、椎也には一区切りだったのかもしれない。
そのカウントダウンライヴで演奏してきて、二花は気分よく、帰ってきていた。
そして、神楽の振り袖姿を、見止める。

「お、あっ。」

恥ずかしそうにして、口籠った。
関係が無い頃だったら、すぐに可愛いね、と褒められたのに。
いや、ふたりきりなら、すぐに褒めたろう。
なのに、瞬と三実の眼があるから、躊躇してしまった。
そんなに顔を赤らめていたら、おかしく思われるに。
神楽は苦笑して、二花を見ていた。

「あ、綺麗だね、神楽。」

それだけ口に出すのに、物凄く胸がドキドキして、声が掠れてしまった。
ヤバいだろ、こんなの。
二花はタオルで顔を隠すように拭いた。

「ありがと、二花。」

神楽は、にっこり笑う。
自分では気づいていなかったが、迂闊な事に、最近、神楽の二花への呼び方が変わっている事を瞬は気づいていた。
どうも、尻に敷かれている関係だ。
それに気づいていた。

お節料理は、毎年、神楽が作っていた。
今年はそれに、三実が手伝った。
こうして家族がどんどん増えて、今年はまた、ひとり増えるのだから。
ひとりきりだったこの家で、また賑やかな新年を迎えられる。
瞬は、ひとり穏やかに笑って、団欒の様子を眺めていた。

「美味いよねー!流石だわ!神楽ちゃん。」

特製の伊達巻きを食べながら、三実は神楽を褒めた。

「料理上手な嫁を貰える男って、最高だらあ?」

三実は笑って、二花を見やった。

「え?」

二花は焦って、三実を凝視した。
いや、これまでだったら、そうだなって笑って遣り過ごす処でしょ?
三実は、兄のその素の反応に、逆に焦った。
百戦錬磨の癖に、こいつ、意外な処で純情で、難なく遣り過ごすのが下手だな。
なので、それ以上、語れなくなって、微妙な沈黙が場に拡がった。
瞬は、その様子を見て逆に焦っていた。
三実は知っているんだな、ふたりの事を聞いているんだな。
で、実際、どうなんだ?
後で、三実に聞き出そうとしていた。
神楽は振り袖で、締めつけられている胸が苦しくて会話も上の空で、そう食べられない事を実感していた。

「この姿で、初詣で行きたいやあ。」

そう、ぽつりと言った。

「行こうよ!みんなで行こう!」

二花は笑って、そう宣言した。

「売れっ子ピアニストと一緒に人混みに出掛けるのか。」

瞬は、少し微妙そうに、そうぽつりと言った。

「まあ、いいじゃん。兄なんだし、この人。」

三実は瞬の背中に片手を置いた。

「そ、俺、瞬のお兄さん!」

二花は笑って、自分を指差す。

「……俺の息子だし?」

瞬は、そうぽつりと言った。
この場で、今、そう言われるとは思っていなかった二花は驚いて、眼を見開いた。

「お義父さん、一緒に行きましょう。」

冗談的に、そう呼んだ。
面白い関係だ。
瞬は、ふっと笑った。

頼りになる兄であり、頼りない弟的でもあり、長年の悪友でもあり、秘密を共有した仲間でもあり、そして娘の恋人となり、息子となる。
それは何年後なのか。

二花はハンチング帽を目深にかぶり、よくあるようにマスクをした。
三実の体調と腹を考えて、そこまで大袈裟に混み合わないだろう神社を狙って訪れた。
参拝の列に少し並んだ後、順番が来る。
神楽は、隣りで熱心に願い事をしている二花を盗み見ていた。
拝む手、閉じた眼の長い睫毛を眺めていた。
二花は長い時間、願っていた。

参拝後、人混みから抜けようとして、人の波に押された。
咄嗟に二花は神楽の手を握る。
少し離れた処に、瞬と三実の大事無さそうな姿を確認して、二花は指の力をぎゅっと強める。

「何、お願い事しとったの?」

神楽がその手をぎゅっと強く握り返し、二花を見上げた。

「ん?三実が無事に出産できますように、とか。俺の仕事が、もっと繁栄しますように、とか。」

神楽と、ずっとこうして楽しくしあわせでいられますように。
神楽がいつも笑っていられますように。
そして。
耳元でマスク越しに囁く。
その言葉に、神楽は眼を閉じた。
人混みの中で、顔を変える訳にはいかなかった。

「ズルイ。」

「神楽は、すぐ誤魔化すからね。」

そして、また耳元で囁く。

「……だろ?」

神楽の力が入り、ぎゅっと、二花がその手を強く握り返す。

「痛い。」

「ごめん。」

二花は慌てて力を弱めた。

「ズルイ。」

「想像しといて。」

少し力が強まり、そして神楽の手を離し、その眼が、にこっと笑う。
振り袖の神楽の腕を優しく掴んで、瞬と三実の元へ、ゆっくり歩いて行った。
連れられた神楽は、二花の後頭部から逞しい肩を、眺めていた。

二花は、やはり男だ。
女の子になっても、やはり男だ。
そして、多くの男女と関係しているだけあって、駆け引きが巧みだ。
神楽は、それを実感していた。

弄ばれているのは、あたしの方かもしれん。

微かに顔を赤らめながら、神楽は、そう考えていた。

帰ってきてから、二花は神楽のリクエストで、様々な曲をピアノで弾いた。
作っている曲も、乗せられて披露した。
詞を全部つけられてないので、ハミングをしながら。

触れたい もっと
触れたい もう少し

そんな歌も唄った。

“ Do Ya Think I’m Sexy? ”
扇情的なその歌を処々唄いながら、軽快に弾いた。 

神楽、お前はセクシーだから、どうかお願いだから。
もう少し、触れさせて。
いや、もっと深く。

英語の歌詞が判っているのか、どうか。
神楽は笑って拍手をしてくれた。






……………………………………………………………………………




椎也の名古屋ライヴの前夜、いつも通り、二花は泊ってきた。
瞬と三実が寝入った頃を狙って、二花は神楽の部屋に、潜んで入ってきた。
ベッドに寝ている神楽に口づけをして、そのまま身体を跨ぐ。
身体を密着させてくる。
抵抗しない神楽に、二花は身体をつけながら、深い口づけをする。
神楽はその舌の動きに添って、二花の背中に手を廻す。

「ダメ?」

耳元で小声で問い掛ける。

「生理。」

「そうかと思ったけど。」

二花は苦笑して、頷く。
そうでなくとも、神楽は今日も受け入れたかどうか。
そのまま神楽の唇を吸う。
神楽も激しく吸ってくる。
背中に廻した腕の力も、ぎゅうっと強まる。
ここまでは、これまで通り。

神楽の耳たぶを吸った。
びくんと身体が反る。
なので、そのまま耳を舐めつつ、首筋へ唇と舌を移動した。

「んんんんん。」

神楽は小さく声を揚げた。
その、煽情させる高い声。
今日は拒否をしないで受け入れてくれる。
きっと、この間のおまじないの効果が出てきている。
二花は悦びに溢れて、神楽の首筋を舐め廻す。
その二花の首を、チラチラと舌が舐めてくる。
神楽らしい。
鎖骨の辺りを舐めていると、神楽が激しい呼吸と共に、二花の耳を吸ってきた。
やっぱり神楽は大人しく抱かれていないんだな。
積極的な神楽の様に、二花は呼吸がどんどん激しくなる。
神楽の呼吸も、声が出てくるようになる。
なので興奮して、胸に触れようと手を動かしたら、その手を払われた。

「何で?」

二花は神楽を見つめて、小声で問うた。

「何ででも。」

「どうして?」

また手を動かそうとすると、ピシっと手の甲を叩かれた。

「神楽ぁ。」

「調子に乗らんで。」

折角、いい処だったのに。
そんな時、バタンと音が響き、バタバタと廊下を歩いていく音が聞こえてきた。
玄関が開き、車のドアがバタンと閉まる音が聞こえる。
ふたりは顔を見合わせ、身体を離して立ち上がる。
そっとドアを開き、何事かと確かめようとしたら、廊下を歩いてきた瞬とそのまま眼が合った。
瞬は大きく眼を見開き、寄り添って部屋の中から覗いているふたりを確認して、大きく溜め息をつく。

「―保留な。」

そう呆れて言い、髪を掻き上げた。

「三実の腹が硬く張って、産院に聞いたら、来て下さいって。行ってくるから。」

溜め息をついて、二花を強く睨んだ。
そのまま身を翻す。

「行ってらっしゃい、気をつけて。」

ふたりで声を揃えて、瞬を見送った。
車が去っていくと、部屋の電気を点け、ふたりは顔を見合わせた。

「大丈夫かな?」

「うん。」

神楽は軽く頷いた。

「無事に産まれるから……大丈夫だとは思うけど。」

「なら、良かった。」

二花は、ほっと溜め息をついて、そして神楽を見つめた。

「もう、瞬にバレちゃったよ。」

恥ずかしくて、神楽は眼を逸らす。

「ちゃんと言うけどさ、瞬に。でもさ。」

「きゃっ。」

神楽を抱き上げて、ベッドに寝かせた。

「言うのに、何の実証もないと、深みがないっていうか。」

神楽の胸に手を置く。

「やだっ!」

びくんと震えた神楽は、自分の顔を手で覆った。

「何で、やなの?」

そのまま指を動かす。
神楽は身体を震わしている。

「こんなに感じてるじゃん?」

「ダメっ!ダメっ!」

顔を手で覆ったまま、頭を激しく横に振る。

「何でだよ?」

本気で嫌がっている訳ではないと気づいた二花は、そのまま神楽のパジャマの中に、左手を入れてきた。

「ダメっ!いやっ!」

「悦んでんじゃん。」

その膨らみ、硬くなった先端。

「やめてっ!こんなの知らないっ!」

神楽は顔を大きく振った。
二花は右手で、顔を覆っている神楽の腕を掴んだ。
赤くなっているその顔が見える。

「ん?初めてのこの時を観てないから?不安?」

そうか。
二花は神楽が可愛くて、笑った。
神楽のパジャマの上を脱がそうとする。

「ダメっ!いやっ!見ないでっ!」

神楽は可愛く抵抗した。

「見るよ?」

「おっぱい小さいから、見ないでっ!」

神楽が可愛く叫んで、二花はようやく気づいた。

「神楽、そんな事、気にしてたの?」

脱がせてから、その上半身を全て赤く染めた白い肌を、二花はうっとりと見つめた。
神楽はまた、顔を手で覆って、頭を振った。

「見ないで!見ないで!」

瑠璃ちゃんみたく巨乳どころか、とても貧相だから。
いつか、神楽は、ぼそっと呟いた事がある。

「綺麗だよ?こんなに綺麗だよ?」

「いやっ!」

口に含む。
神楽は激しく身を捩った。

「んんんんん!」

「いいよね?神楽。」

許可を貰った、と、二花は受け取った。
そのうち、緊張していた力を弱め、隠していた顔も露わにして、神楽はそのまま、二花の愛撫に身を任せ、喘いでいる。

「神楽、可愛いよ。」

「痛いっ!」

「ごめん。」

痛がるその度に、指の力を弱める。
神楽は愛撫されつつも、二花の首筋を舐めたり、唇が腹に移動した二花の後頭部に、しっかり手が覆う。

「んあっ!んあっ!」

激しくよがっている神楽の全てを知りたかったけれど、今日は上半身だけの愛撫に徹した。
どんどん、激しくなる神楽の声、震え、動き。
二花だけに任せない、積極的な動き。
神楽はやっぱり、何だかんだで攻めたい派なんだろうな。
二花は笑って、背中から神楽の両乳房を揉みほぐした。

「んあーっ!」

神楽は大きく身を捩って叫んだ。
そして後ろ手で、二花を弄んできた。
しばらく、そのままにさせる。

「これがそんなに欲しいのか?今日は、されるんじゃなくて、させるから。」

二花は自分で全部脱ぎきって、神楽の身体を誘導させた。
神楽の頭を押さえて、それをさせた。

「んんっ!」

「いい……神楽。」

悦んで口でしている神楽の頭を押さえつけ、攻める方の悦びを味わっていた。

「美味いか?」

「んんっ!」

「神楽は好きなんだよな?俺のこれが。」

「んっんっ!」

いつもは攻めてくる神楽を征服する快感。

「その顔、好きだよ。もっと攻めたい。」

とろんとした見上げる眼。
この顔の神楽も好きだ。

「神楽の中で、攻め続けたい。」

「んーっ!」

「想像したんだろ?」

「んっんっ。」

「今、とろとろだろ?」

「んあっ!」

腰を突き出して、ぴくぴく震えている。

「可愛いね、神楽。綺麗だよ。」

この女の中を愛する時も、きっともっと激しいだろう。
中に入ったら、それからはもっと、フレキシブルにお互いが攻めて攻められて、変化して愛し合える。
それを想像しながら、二花は神楽の頭を押さえた。
神楽の腰が激しく震えていた。




……………………………………………………………………………



瞬と三実は、午前中に帰ってきた。

「良かった、大丈夫?」

神楽は三実の膨らんだ腹に触れた。

「ありがと。病院着いたら、すぐに柔らかくなったの。でも、様子見て一晩。」

その間、父は心配そうに付き添っていたのか。
神楽はくすっと笑った。

「良かった!」

神楽の屈託無い笑顔に、三実は笑い返した。

「二花は?もう行ったのか?」

「うん、音合わせせんとね。」

神楽は悪びれずに、そう言った。
神楽の作った朝食を三人で食べる。
瞬は、とても気まずそうだった。

「あたしが言うのもヘンだけど。」

神楽は箸を置いて、真面目な顔で父を見た。

「本当は二花が言いたかったんだけど。」

出掛ける時、二花は神楽の頭をぐしゃっと撫でた。

ごめんな。
俺、後で瞬に連絡しとくから。

瞬と三実が帰ってくるのを待っていたが、もう出ないといけない時間なので、

二花は仕方なく、神楽にキスをして、悔しそうにして出て行った。

「お父さん。あたし、二花とつきあっとるの。」

「あいつ、何もしないって言ったのにな。」

娘の告白に、瞬は、ぼそっと言った。
まあ、あたしが襲ったんだけど。
神楽は、その真実は、言えなかった。
言ったらお終い、だから。

「あんなカタチで報告になって、ごめんなさい。」

「よりによってうちで、なんてなあ。二花の気がしれん。」

「だって。他に何処でエッチ出来るの?二花の家しかないよ、他には。」

ストレートな娘の言葉に、瞬は味噌汁を噴き出した。

「神楽……。」

三実が笑ってティッシュを差し出し、瞬は頭を押さえた。

「俺は育て方を間違えたか?」

「お父さん、あたしは産まれる前に全てを観てきたの。二花が男や女とする処、あたしが二花に愛される処、」

話し出した娘の赤裸々なそれを、瞬は手で制した。

「いつか結婚するから、あたしたち。」

「知っとるよ、それは。」

それがもう実際に進んでしまった事に、それを現実的に知ってしまった事に、瞬はショックなのだ。

「また、ちゃんと二花に話を聞く。」

「はい。」

ムスッとした瞬に、神楽ももう何も言わなかった。

出掛ける時に、タイトな白のトップスに赤の膝丈のフレアスカートと紺のタイツ、

その上に紺のダッフルコートを着てきた娘の姿を、瞬は驚いて見つめた。
いつも背中が真っ直ぐで凛としている神楽の姿が、より美しく見えた。

そんな服、持っていたか?
いつの間にか買ってもらったのか?
その紺のダッフルコートは、よく二花が着ていたからお下がりなのは判る。
そして首に着けた金のネックレスが、神楽の元からある気高さを、より際立たせていた。

「ひとりで大丈夫か?」

今日の椎也の名古屋ライヴに、三人で行こうとしていた。
しかし昨夜、三実の腹が張ったので、瞬と三実は残念だが、今回は止めることにしたのだ。

「そうねえ。ひとりで電車乗って出掛けた事って、そう無いけど。まあ、行き先が判るから、大丈夫だわ。」

神楽は笑って答えた。

「俺の番号控えといて、もし、何かあったら。」

娘を心配する瞬に、神楽は気まずそうにバッグからスマートフォンを取り出した。
娘にそれを与えてはいないので、瞬は驚いた。
神楽自身も小さい頃からゲームや携帯電話を全く欲しがらなかったのだし。

「黙っとって、ごめんなさい。これ貰っとって。二花とやり取りしとったの。」

「何だか、なあ。」

瞬は頭を押さえた。

「神楽が現代人になっていく。」

家にノートパソコンが一台あるだけで、電子機器と無縁の娘だと思っていたのに。

「相当な親バカだわ。」

三実が呆れて笑っていた。
三実には笑って送り出され、神楽は内心緊張して最寄りの駅まで歩いていく。
今回のライヴの席、関係者席を三席用意したと二花は笑って言っていた。
三実が身重だし、二花なりに神楽の事を考えて、かもしれない。
まだ三人で、そこに座るなら、安心だっだけど。
一人で、関係者席に?
赤面した。
心細いし。

席が二席空いてしまって申し訳ないと思っていたら、二花から、

二人、突如観に行きたいと言われたから丁度良かったと椎也が、と連絡が入った。
なら、良かったけれども。
緊張する。

だから、やって来た電車に乗り、昨夜の愛撫を身体に想い出していた。
快感。
想像以上の恍惚感。
瑠璃ちゃんが、あんだけ何回も欲しがるのが、判る。
二花が欲しいし、もっと可愛がりたい。
もっと可愛い声を出させたいし、昨夜のような攻める言葉も溜まらない。
ああ、こんな事深く考えとったらいかん。
おかしな顔つきになるわ。

何処からか煙草の匂いがした。
二花の煙草の匂い。
昨夜も神楽の部屋の窓を開けて、満足そうに吸っていたな。
終わった後の煙草の匂い。
それが好きだ。
いずれ、それも無くなるけれど。

煙草の匂い。
自分が着ているダッフルコートからだと気づいた。
匂いが染みついていたのか。
もう、結構前から着ていたダッフルコート。
二花に似合っていて可愛くて、好きだった。
だから、これ欲しい、と言ったら、正月にくれた。
二花の新しいコートを買いに行ったな、ふたりで。
当たり前に値札を見ないで購入する二花に、この人の経済観念は一生変わらないんだろうな、と神楽は考えていた。
かといって、自分の好きなものだけを吟味して買い、気に入って長く使い続け、激しく浪費する人ではないので。
車も古いし、家も地味だし。

二花の不動産収入は凄いよ。
三実は、いつか笑っていた。
父親の財産分与を嫡出子と、財産放棄しなかった非嫡出子、計七人として、その入った遺産の土地活用が、二花は流石だった、と。
企業に借りさせれば毎月、多くの収入がある。
あたしのお小遣い程度の収入とは比べ物にならない、と。

坊っちゃんのようで、ふらふらしとるようで、二花は大物になりつつあるし、あたしは結構いい、人生の選択だったんだ。
笑えてくる。
神楽は、誰だか判らないが、その未来を胎児の時に観させてくれた存在に笑った。
そんな好条件の二花も、多情なのが欠点だけど。

豊橋駅から乗り換えて、名古屋に向かった。
名古屋駅で更に乗り換えるけれど、行き先はもう、これまで何回も父と訪れたから、迷わず行ける。
それでも父は、娘が不安なのだ。
笑えてくる。
赤ん坊が産まれたら、大した親バカ振りが見れるだろうか。

関係者席というのは、一般席とは違う入り口が、ひっそりとある。
二花に言われた通りにそこに赴き、緊張を隠して何気なく入って、案内された。
最後列で、端の席。
後ろだから安心した。
横に誰か座るんだなあ、どんな関係者なのか、緊張するやあ。

しばらくして、ざわっと辺りが騒ぎ出した。
そちらに眼を向けると、早速と歩いてくる長い髪を大きく巻いた艶やかな女性と、手を繋いでエスコートする男性がいた。
これ、冗談じゃなくて、日常的に行われてとるのよね。
何だか笑えてきた。
まさか、ねえ。
ここで。

そのふたりは、神楽を見つけると、じっと凝視してくる。

「こんにちは。」

だから、先に挨拶をした。
はっとして、ふたりは見合っていた。

「そうか。」

チェスターコートを着たチカはニヤニヤしてきた。

「こんにちは。」

瑠璃が艶やかに笑い掛けてきた。
この人、また更に美しさが増したな。

「びっくりしたの。」

いや、こっちがびっくりだよ。
ここで、ふたりに逢うなんて。

「何処かで見たような綺麗な娘がいるなって見惚れてたら、神楽ちゃん、だったの。びっくりした。」

あたし?

「何か、ねえ。綺麗になったねえ。すごく。」

スコート的にチカが先に入ってから瑠璃を引き、そしてトレンチコートを脱いだ瑠璃が神楽の横に座った。
ミニワンピースから伸びた長い脚を、すっと揃えて斜めに伸ばす。
当たり前のように、その奥にいるチカに、コートと青いバッグを渡す。
当たり前のように、チカはそれを受け取る。
このふたりは。
こんな仕草が日常茶飯事なら、そりゃあ、このふたりだけ周りと世界が違うよな。
何かと笑える。

そして、急遽、観たいと言ってきたのは、このふたり、だったんだ。

「いえいえ。こんなチンチクリンに、そんな。」

ふたりが並んでいると、迫力が更に凄い。
身長もそうだけど、気迫と言うのか存在感と言うのか。
瑠璃ちゃんはチカといると、特に輝きが増すんだ。
だから、このふたりは、ふたりでひとつで、そして何倍もの魅力になるのだ。

「もうっ!神楽ちゃんは面白いんだからっ!」

瑠璃は笑って、神楽の肩を少し擦るように触る。
このふわっとした優しい触れ具合、勉強しなくちゃ。
女性的な柔らかさで赤くなってしまう。
細いチェーンのブレスレットが瑠璃の腕で揺れていた。

「やったのか?」

チカはニヤニヤして、神楽にストレートに聞いてきた。
瑠璃がバシッとチカの腕を叩いた。

「まだ、あたしの方は最後までは、やられてない。」

だから、ストレートに答えておく。
軽く声を揚げて笑うチカ。
赤くなる瑠璃。

「可愛がってんのか?」

面白がってるな、チカ。

「可愛がっとるわ。」

だから、キッとチカに睨む。

「綺麗になったな。大したもんだ。」

優しい眼のチカにそう言われて、何故か面白くなる。

「満足させてんだな。だから、お前も満足して綺麗になった。」

「欲求不満だよ。いつも出来ないもん。」

「何ていう会話よ?」

瑠璃を挟んでチカと赤裸々な会話していたので、瑠璃は呆れて笑っていた。

「お前は今夜も満足させてやるからな。」

瑠璃の顎を持ち、チカは瑠璃を見つめた。
瑠璃はその言葉に、とろんとした眼つきになってチカを見上げていた。

「そんな顔しちゃ、ダメだ。」

チカの光る眼に、瑠璃は、はっとして顔を作る。
このふたりは。
そして、瑠璃ちゃんのあの顔。
女のあたしでも、かなりドキリとする。
あんな顔で見られたら、そりゃあ男は溜まらない。
二花も、きっと。

「羨ましいだろ?」

ぼーとしている瑠璃のラピスラズリの指輪に唇をつけて、チカは嘲笑した。
人前でも、こんな風にいちゃいちゃしたいとは、標準的な日本人的には思いませんが。

「もっと、満足しろよ?」

チカに煽られる。
そりゃあ。
もっと、もっと。
もっとお!あーん!もっとお!
もっと、してえ!
連鎖的に二花の可愛い声が脳内に響く。

もっと、してやりたい。
もっと、して欲しい。

「いい顔してるぞ。」

「やらしい。」

何故か。
神楽とチカと絡み合う姿が頭に浮かんだ。
何て事!
そんな、どうにも発展性の無い、昼ドラ以上の混乱した関係。
どうして?
喘いで悦んでいる神楽にチカが攻めてくる。
お前を虜にしてやる、俺が。
ぐぅん。
頭が籠もった鐘のように響いた。
して!して!
あたしは悦んで叫んでいる。

何、これ?

「神楽ちゃん?」

頭を押さえている神楽に、瑠璃が心配して声を掛ける。

はっとして神楽はチカを見た。
嘲笑。
光る緑の眼。

こいつ、もしかして。

「大丈夫か?」

チカの声。

「変な事、想像してないか?」

こいつ!
ヤバい!
予想以上にヤバかった!

「想像?まさかっ!」

アレはあたしの想像じゃない。
チカ、お前は何を考えとる?
何をしようとしとる?
その隣りの綺麗な女性と、しあわせになるんじゃ、ないの?

そういう人生もあるよ。
楽しむんだよ?人生を。
お前、生涯、二花だけじゃ、つまらないだろ?
二花の反応を通して演算して走査すると、意外にも俺とお前と身体の相性が抜群にいい。
試してみたくない?
きっと、いいぞ。
互いに不倫でも、する?
勿論、内緒で。
俺の子どもも産むか?
勿論、内緒で。

頭に響いてくる。

こいつは色情魔だ。
はあっと神楽は息を吐いた。
瑠璃ちゃん、気をつけないと、こいつはすぐに遊べる女を探すぞ?

「どうして、名古屋に?」

神楽は無視して、瑠璃に話しかけた。

「うん。東京オーラスの時期に日本にいなくてね。

カウントダウンも観たけど、でも、やっばりパパのステージもっと観たいから。

勉強になるし。今日、ちょうど午後の撮影が延期になったからね。」

微笑んで、そう答える。

「日本におらん?仕事で海外に?」

「そうね。」

嬉しそうに笑っていた。
その瑠璃の左手を、ぎゅっとチカが握っていた。
そんなに、その女を愛しているのに。
男って基本的に浮気性?

「カウントダウンも観たの?」

「うん。やっぱりお祭り騒ぎだし、いつもとは違う雰囲気の迫力だから、観て良かったよ。」

二花は瑠璃とチカの事を言ってなかった。
来ていたのを知らなかったのか、知っていても大して気持ちが動かなかったのか、それとも言えないのか。

「だから今日も、来れて良かった!」

男なんて基本的に多情で浮気性、かもしれない。
呆れた。
こんなにふたりは仲が良いのに。
何も言わなかった二花にも呆れた。

ライヴが始まった。
関係者席って周りが割りと立たないから、立ちにくいよねえ。
目立ちたくもないし。

席が遠いから見にくいな。
そう思っていると、隣りで瑠璃ちゃんが双眼鏡を渡してくれる。
微笑んでいるから、あたしも微笑んで受け取る。
やっぱり、瑠璃ちゃんは美人で優しくて素敵な娘だ!
あたしの憧れの娘。

二花は自分の世界に入って気持ち良さそうに弾いている。
あたしはそれを見るのが好きだ。
瑠璃ちゃんとチカは、どうなんだろう?
横眼で、ちらっと確認する。
瑠璃ちゃんは真っ直ぐステージを見ている。
何に視点を定めているのか、判らない。
チカも真っ直ぐ見つめている。
何をそんなに怖いくらい見つめているのか。

判る事は、人の気持ちは複雑で、瑠璃ちゃんとチカ、

ふたりがまだ、二花を見つめていたとして、気持ちがそこに一直線とも限らない、という事。
だって、ふたりは手を繋いでいた。
キツく指が絡んでいた。
気持ちが強かった恋愛は、過ぎても簡単に気持ちが解けない。
それを思い知らされた。
こうやって、二花を愛した人たちを見ていて。

また、真っ直ぐステージを見た。
椎也が気持ちを込めて唄っている。
その存在感。
歌と姿とパフォーマンスだけで、会場全てを魅了する、存在感。
家に遊びに行った時、確かに綺麗で素敵な男性だったけれど、普段からこんなに存在感をぐんと出している訳ではない。

人間、自分のステージで、何処まで輝けるか。
大事な場面で、何処まで人を魅了出来るか。

あたしの夢は専業主婦だし、多くの人の前で何か注目を浴びたい訳でもないけれど。
でも、あたしのステージがあるとしたら、二花の前。
二花を可愛がる時、扇情する時、感じている時。
その時に綺麗で格好良く在りたい。
あの人だけ、魅了したい。
そして、身体ごと深く愛されたい。
深く愛したい。

そんな気持ちでステージ全体と二花を、よく観察していた。
くいっと腕を掴まれる。
立っていた瑠璃ちゃんが、美しく笑ってあたしを引っ張っていた。
その隣りで、チカも立って笑ってあたしを見ていた。
三人で立っていればいいか。
最後列だし。
あたしは笑って、泣いて、ステージを見つめた。

あたしは二花だけで、いいの。
この人を、求めてきたの。
だから。
人生の最後まで、たったひとりでいい。

泣きながら、強く想った。

俺もだよ。
この先、たったひとりの人の気持ちが強く、俺に無いとダメだ。
だから、俺は、この綺麗な女を強く愛する。

頭に強く響いてくる。
ウザいな、この男。
気持ちが強すぎで、ウザい。

ああ、似とるのか、あたしと。

さっきの扇情は何だったのか?
別人みたいに。

だから、その姿は今、眼で見ない。
あたしが見とるのは、二花だから。

確かに。
チカ、格好いいなあ、と思ったのは、確かだ。
この男がどんな風に二花を愛するかを、観てきた。
チカの愛し方が、二花はいちばんしあわせそうだった。
だから。
さっきのアレは、いつか何処かで夢想した事、だったかもしれん。
この男なら、とても気持ちよくするんだろうなって。

だけど、本当にそれをしたら泥沼で。
それを心から望んでいる訳でもなくて。
人にはそんな摩訶不思議な夢想がある、という事。
複雑に。

あたしも複雑だった。
そんなに単純な訳でもなかった。
実際に二花と恋愛をして、ようやく判った。
複雑な気持ちが、体内で絡んでいた。

神楽。
お前の遺伝子も、とても興味深い。
だから、味わってみたい。
最高に気持ちよくさせてやる。
一回、どうだ?

また、これか。
複雑な心の動きだ。

たけど。
それは、本気ではない。
その背徳。
だから、惹かれるだけ。

「コンバンワ。今夜も……ようこそ。」

扇情的な喋り方。
椎也はやはり、アーティストだ。
自分の魅力を知っている。
それをいちばんに発揮する場所を知っている。

「熱いですねー
冬なのにね。」

スクリーンに映し出される椎也は大量の汗を掻き、その髪を手で掻き上げる。
二花と同い年の彼は、年を経る事に更にセクシーになったと思う。

「去年ね、ライヴでやったカヴァーがやたらに受けました……なのでー今回も第二弾、なんです。」

会場のどよめき。

「大先生!今年もよろしくお願いしまーす!」

椎也は二花に向いて、お辞儀をした。
二花は照れくさそうに、客席に頭を下げた。
会場からの拍手と歓声。
実際、二花目当ての客も多いと聞く。
神楽も気恥ずかしような、そして、ステージ上の二花がとても遠い存在に思えた。

「二花、一言。」

椎也から、催促され、二花は頭を下げ、マイクに口を近づける。

「こんばんは。えー、ありがとうございます、二花です。夏生まれなのにハルって名前の、二番目の子どもの二花です。」

かわいー!
という歓声に、少年なような照れ笑いを見せて。

「去年は僕の初アルバムも出させてもらい、いろんな事もあり、とても充実した年でした。

 今年もね、おめでたい事があって、妹が初夏?かな?晩春?出産します。」

おめでとー!と複数の歓声が会場に響く。
わざわざライヴで言うくらい、二花にとっては嬉しい事なのだ。
神楽は改めて、それを知った。

「今年もきっと、おめでたい事ばかりで。本当に有り難い事です。ありがとうございます。」

頭を下げて、キーボードに向き直る。

「愛を込めて。」

そう、一言、つけ加える。
椎也はそんな二花を見て、ニヤッと笑ってマイクを唇につける。

「椎也 with 二花で、まずは、“ Do Ya Think I’m Sexy? ”」

印象的なキーボードの旋律。
椎也のセクシーな声。
それに時折、低部をハモる少年のような声。

これ、前に二花が口ずさんでいたし、ピアノで弾いてくれた曲だと、神楽は気づいた。
日頃から練習していたんだな、と判った。

歌詞はよく判らなかったが、そのセクシーさは、よく判った。
椎也も二花も、声だけで、とてもセクシーだ。
こんなステージに立てて、観客を魅了するくらいの男の人。
あたし、本当にこの人の、将来的な妻でいいのかや?と、自信が無くなってきた。
それでも、この人に今、抱きつきたい。

「ありがとー!愛してるよ、みんな。……じゃあね、“カブトムシ”、切なく唄います。」

女の子が愛しい男を想う歌。
男の人がそれを唄うって、何て切ない。
これはあたしの気持ち。
あなたが可愛くて、愛しくて、気持ちが溢れる。

あなたの耳に口をつけて、あたしは言う。
愛してるよ、二花、あたしの可愛い子。
あなたは悦ぶ。
愛してるよ、俺の可愛い神楽。

何て、甘い人。
あたしの胸の鼓動、知っている?
心臓が破れてしまいそう、いつも。
あなたの身体に触れる事が出来ているなんて、未だに信じられない。
愛しすぎて。

曲が終わった後、暗い中、何気に横に視線を動かすと、瑠璃ちゃんが泣きながら、チカの肩に頭を置いていた。
その頭から耳を、視線は前を向いたチカの手が、優しく押さえている。

まるでドラマのワンシーンのような、美しい瞬間。
いけないものを見てしまったような、得したような気分になる。
いちばん後ろで人も通らないし、人に余り見られない席だけど、これが人前で出来るって、

そして様になるって、やっぱり瑠璃ちゃんは特別に綺麗な芸能人。
あたしとは違う世界。

そこに気を取られ過ぎずに、ステージを見ていた。
去年とはまた違う感覚で見る事のできる、椎也のライヴ。
そして、恋人になった愛しい人の姿。

「そうなの。本当は、父とお嫁さんと来る筈だったんだけど、妊娠中でお腹張っちゃって。大丈夫だったんだけど。」

ライヴが終わった後、そのまま神楽と瑠璃は話していた。

「ちょっと待って。そのお嫁さんって?」

あれ?という顔を、瑠璃はした。

「ああ、お父さんのお嫁さんが、二花の妹がなんだけど。」

「うわー!」

瑠璃は口に手を当てて驚いていた。

「二重の親族!」

チカは、そう言った。
そうか。
結構レアなケースか。
神楽は改めて気づいた。

「おめでたいわね。神楽ちゃんも楽しみね?」

「うん!」

退出する人波で、瑠璃に気づいた人たちが、遠くから手を振ってくる。
瑠璃は笑ってそれに応え、手を振る。
チカは神楽を見ていた。

からかってごめん。
まあ、したかったら、いつでも来いよ。
相手してやる。
最高に感じさせてやる。

不思議な人。
そうやって、照れ隠しするんだね。

あたしも。
心の何処かで、きっとそれを望んでいた。
全てを破壊してしまうような、背徳心を煽る快感の予感。
多分、世界でいちばん強い快感。
それを知りたい欲求が、確かにあたしの中にあった。
恐ろしい事に。
だけど、それをしたら、全てが壊れる。
だから。
夢想で抱かれた。
あんな事、本気で想像して感じたんだ。
共鳴したチカは、あたしが隠していた事を、見せつけただけ。

そんな事は、誰でもある。
全てを壊したくないから、現実には、そうしないだけ。
例えば、父も二花も互いに危い夢想を何度もしただろうし。

だからこそ。
父のした事。
三実ちゃんがした事。
誰が責められようか?
あたしは責められない。

だから、ねえ。
本当は、そんな事、出来ない癖に。
チカ。
瑠璃ちゃんを愛しすぎていて。

てゆーか、殺されるから。
神楽。
お前は奇跡の子だよ。
だから、早く、もっと愛されろ。
身体を早く、二花に預けろ。
早くしねえと、まだ、二花見て興奮しちまう。

まあ、貧相なおっぱい見せるのがいちばん恥ずかしかったから、あとは大丈夫なんだけどね。
股開くのは、割りと簡単。
だって。

「とっとと、やれ!」

少し、大きな声。
会場はざわついているから、それぐらいの声は、どうでもないけれど。
隣りの瑠璃ちゃんは、ぽかんとしていた。
会話の繋がりが無いから。

チカは多分。
脳の領域で、多くの人が未発達な部分を、凄まじく活性化して使用している。
シナプス可塑性、長期増強。
だから、もしくは原始的な脳を大脳新皮質で高次に最大限に処理し、

こうして、発声に依らずにして、脳の電気信号だけで会話が出来る。

チカ、面白い奴。
研究してみたい。

「判った。」

だから、言葉で返事をした。
少し変でも、その方が繋がりが判りやすい。
おそらく、瑠璃ちゃんだって、チカの不可思議さに疑問だったろうから。
見合っているあたしたちを見て、瑠璃ちゃんは、ふっと笑う。

「あたしたち、楽屋に挨拶に行くの。神楽ちゃんも、付いてきて?」

お願い、というように。
神楽の腕を軽く掴んで、上手にねだるように。
この甘え方、流石だなあ、瑠璃ちゃんは。

「あ、あたしは!何の関係も無いのに!」

世間には言えない。
あたしたちの事は。
瑠璃は、楽しそうに笑う。

「神楽ちゃんは、二花くんの彼女だもの。大丈夫よ。」

いやいやいや。
こんな子どものチンチクリン。
行ったら、迷惑だ。

「だったら、判断は二花くんに任せるといいわ。」

瑠璃は神楽の腕を掴んで組んで、歩き出した。

「あたしも、別れてから、初めてパパの楽屋に行くの―怖いのよ。だから、付いてきて、神楽ちゃん。」

ねっ?
と、神楽の顔を見つめる。

「お願いします。」

ぽんぽんと、後ろから、チカに頭を触られた。
その指が震えていた。
チカも、怖いんだ。

え?これは利用されているのか、それとも巧い口実で楽屋に連れてかれているのか。
もう、いいや。
どうにでもなれ。



トーチカ~神楽シーン⑤後編に続く


……………………………………………………………………………




語ることが多すぎて、語れない。

神楽の理論によるチカの能力の仮定は、後編で理論づけられます。
が、それが正解かどうかは、誰にも判らない。

あくまで神楽の推定。

好きなシーンがあるのですよ、後編で。
その本編は瑠璃シーン⑤で。


ちなみに神楽シーン①、瑠璃シーン①から読み直すと、瑠璃の喋り方が大きく変わっているのが、面白いというかチカの好みへの変化というか。
瑠璃自身も気づいてないけれど。

マイフェアレディ

と言葉が浮かんだので
この話を知らないなあと調べたら
その通りの映画でしたわ!

チカが好きなんだね、きっと。
この映画。

ちかい内に見てみます。

ちなみに二花もつきあっている男と
その持続時間によって
喋り方が変わってます。

チカとの場合
甘々な喋り方→つられてべらんめえ口調

いまは甘々系から普通の口調に。


瑠璃と神楽の語尾につく

~わ

は、勿論は、イントネーションが違います。

噂は聞いてましたが東京の女性は、
普通に女らしく
~だわ
と言うのですよね。
最初カルチャーショックでした。

西の人間は方言で
~わ、なんです。

お読みくださり、真にありがとうございます。

トーチカ~瑠璃シーン④前篇

アメブロさんに消されましたので、

こちらに残します。

 

 

今日もお話です。

 



落ち着いて読めるかと思われた

トーチカ~神楽シーン④
どんでん返しで疲れました。
が、それが人間かと。


トーチカ~瑠璃シーン③からの流れ


このトーチカ~瑠璃シーン④では
神楽シーン④で、瑠璃とチカが
二花と神楽と会話したことが
どんな感情で物語られるのでしょうか?


トーチカ神楽シーン①
東三河に住む、未来を知っている少女
神楽の眼線


トーチカ~瑠璃シーン①
神奈川に住む、モデルの美少女
瑠璃の眼線

交互に同時期を書いていきます。

どちらにも童顔の二花(つぐはる)が絡んできます。

それ以前の物語はこちら


来る潮帰る波
神楽の母が亡くなったことを、その兄(神楽の父になった人)が回顧する話

実になる花~追伸
モデル瑠璃の母、女優実花と、父、アーティスト椎也の物語


神楽シーン④では
来る潮帰る波が絡んでました。
この流れが神楽シーン⑤に続きます。


瑠璃シーン④は
前・中・後編です。

④テーマとしての曲“糸"
出逢いとその意味の流れもどうぞ。


④は予定調和、という題材です。


瑠璃シーンでの予定調和とは
何なのでしょうか?




トーチカ~瑠璃シーン④前編


瑠璃は配られた明日からの修学旅行の最終案内のプリントを見て、軽く溜め息をついた。
行きたかったけれど。
でも。
今日からの事を考えると、ニヤニヤしてくる。

「るーりっ!」

「おわっ!」

後ろから、両乳を揉まれた。

「あーっ、この小玉スイカ、溜まらんっ!」

わさわさ揉んでくる。

「金取るよー千夏!」

瑠璃は振り向いて、千夏の頭を軽く叩いた。

「瑠璃、またデカくなってない?何コレ?何、このデカさ!

 その内、小玉じゃなくて、ホントのスイカになるぞっ!こりゃあ、揉まれまくってるねえ!」

揉みながら、千夏はニヤニヤしている。
そりゃあ、揉まれまくってますけど!

「修学旅行?行きたかったの?」

千夏は瑠璃が眺めているプリントに気づいた。

「そりゃあ!」

これが本当に最後の修学旅行になる。
行きたかったのは、当然。

「あたしも行けないんだよ?お互いさまじゃん!」

千夏も連続ドラマの撮影を抱えているし、スケジュールに合わなかった。

「じゃあ、いつか千夏と旅行行けたらいいよなーっ!」

「そだねっ!」

それも将来、思いがけないカタチで叶う事となる。
瑠璃も千夏も、当然、まだ知らなかったけれど。

「でさあ、あんた、ホントに進学しないの?」

「うん。」

千夏の問いに、瑠璃は笑って答えた。

「勿体無ーい!」

「校則ユルユルなんだし、適当に通っとけばいいのに!」

「適当ってゆーのがね。出来ないかも。」

確かに、一貫校なのだから、このまま進学すればラクには違いない。
だけど。
遣りたい事、賭けたい事への気持ちの度合いを考えたら、学校に通う時間は、今は難しい。

進路調査票に、第二希望まで、『嫁に行く』と書いた。
それは間違いないから。

そう決めたと伝えたら、チカも驚いていた。

「いやっ、瑠璃、嫁にはモチロン来て貰うけど。でも、高校は通っていいから、さ。」

撮影先で休憩中、テーブルに向かい合いながら、チカは照れていた。

「学校はいいぞ。いろんな刺激があるし、友だちもいるだろ?」

考え直すように、瑠璃に畳み掛けた。

「うん、それはね、でも。」

瑠璃は落ち着いて笑いかけた。

「来年、学校に通う時間があるなら、その分、打ち込みたいの。仕事に。」

「判るー判るから。それは調整するから。」

結婚という事で、大事な学びの時間を失って欲しくない、チカはそう考えていた。

「折角、いい条件で通えるんだぞ?今、すっげーラクだろ?それに、勉強も大切だし。面白いだろ?」

確かにチカの出身大学を聞いて、出来の良さにびっくりしたけどね。
瑠璃は息を大きく吐いた。

「判るよ、チカの言いたい事は。あたしも勉強は嫌いではないけど。

 でもさ、高校行かなかったら学べない訳でもないし、それに学びたくなったら、何処かで学ぶし。

 今、高校行かないと一生学べない訳でもないし。」

穏やかに、そう言い切る。
チカはたじろいでいた。

「お前、しっかりしてるよな。そりゃ、そうだよな。」

チカは溜め息をつく。
でも、やはり遣り切れない何かがあるみたいに見えた。
俺の所為で、高校を諦めないといけないなんて。
そんな気持ちが見え隠れする。

「吉田さん。」

「はい?」

久し振りに、瑠璃に吉田さんと呼ばれ、チカは緊張した。

「あたしはー吉田さんーになるの?」

赤面しながら、瑠璃は他所を向いて、そう言った。

「お、おうっ!お前は、吉田さんになるんだよっ!」

興奮して、少し大きな声で、チカは、そう言った。
少し離れた周囲から、みんなに一斉に凝視された。
チカは、ふたりに興味津々なその空気に汗を大量に掻いて、視線を動かせなくなり、瑠璃をただ見ていた。
瑠璃はみんなの視線に恥ずかしくなり、両手で顔を覆った。

「ごめんーなら、後悔させないから。吉田に、なれ。」

ぽそりと呟く。

「はぁい。」

瑠璃も小さく返事をした。

この後、赤くなっているまま、瑠璃は俯いて、チカの腕を掴んで引っ張られ移動していった。
何故か、周囲から拍手が沸き起こっていた。  

「どおも。」

ポツリとチカは呟いていた。
そんな嬉し恥ずかしな出来事があった五月末。

三月末に、“hand-hand”の新曲が出て、発売前から部分的にメディアで話題になっていた

PVの全体像が発表されると、これまた大きな話題になった。
結果、新曲の売上が伸びたから、まあ、大きく貢献出来て、良かったのだと瑠璃は思う事にした。

キスしている処は頭に隠れてはっきりと見えないけれど、恋しくて切なくて泣き出し、

相手にキスをして、首に抱きつくシーンは、観ている方も気持ちが溢れてくると評判だった。
“hand-hand”側も瑠璃の事務所も大きく肯定はしないけれど、この相手があの噂のマネージャーらしい、という情報と共に。

勿論、私生活の切り売りだ、露出効果だと、そんな否定意見もあるけれど。

そして、曲のラストに『Will you marry me?』と一瞬文字が入ってすぐに消える、

ぼやかしてファンタジー気味な効果で入っている数秒の映像。
海辺で瑠璃の手を握っている男の姿と共に、映されている光景。
それは、チカの瑠璃への二回目のプロポーズの場面だった。

だからもう、ふたりはもはや、公然の仲になっていた。

PVの事も、その事も、思い返すとニヤニヤしてしまう。

「あっ、もう時間だ。」

瑠璃は笑って立ち上がった。

「今から撮影?」

「うん、一回家に帰ってからね。」

「ほー、あっ。」

千夏は何か思い浮かんだようだ。

「マネージャー、来る?」

「う、うん。」

千夏の問いに、瑠璃は照れて答える。

「うおーっ!見てやるっ!そいつ見てやる!」

千夏は燃えていた。

「おーいっ!瑠璃の男が迎えに来てるってよ!」

千夏はクラスメートにそう叫んだ。
みんな一斉に騒ぎ立てた。

「こっから見える?」

「ちょっ、ちっさいっ!」

敷地内の駐車場はクラスの窓から見えるは見えるけれど、余りに離れている。

「近いとこ行こーぜ!」

みんな興奮して、教室から出ていった。
瑠璃は呆然としてそれを見送り、そして職員室に寄って挨拶をしてから、外に出た。
駐車場の前が、ざわざわとしている。
ってゆーか、クラスメートだけでなく、もっと多くの娘がいるじゃん。
瑠璃は眼が瞬かせた。

瑠璃が現れると、ヒャーヒャーと茶化す声が聞こえてきた。
瑠璃はそれを聞こえないようにして、黙って車に近づいた。
運転席のドアをノックする。
窓を開けたチカは眼を見開いて、驚愕の眼差しで瑠璃を見ていた。

「何ー何なんだ?」

とても慌てていた。

「女子校ってこんなもん。」

瑠璃は恥ずかしそうに答えた。
千夏めっ!

野次が飛ぶ、歓声が湧く。
何とかチカの姿を確認しようとする娘たち。
チャイムが鳴り、先生たちが騒ぎに気づいて、生徒たちをそれぞれ教室に返そうとしていた。
少し収まって、チカは頭を押さえてから、ドアを開け、教師に会釈した。
残っていた娘たちから歓声が上がる。
教師たちも興味津々にチカを見る。
チカは恥ずかしくなり、慌てて車に入った。

「何っー、何なんだ?」

「凄いよね、女の子たちって。」

後部座席に座った瑠璃も呆れて呟く。
ほぼ逃げるように、車を発信させる。

「ハハハハハ。」

真顔で乾いた笑いを発していた。

「いろんなショックの今日。」

頭が混乱して、煙草を口に咥える。
火は点けないけれど。

「あの顔?あんな平凡な顔で?とか言われてんだろうな。」

「チカったら。」

いつも、そう言う。
確かに平凡な顔だけど、別に作りが悪い訳ではない。
そして、表情に色気があるから。

「それとさ、お前。」

「え?」

信号待ちで、ニヤっとして振り向く。

「それ、ヤバいだろ?」

ニヤニヤニヤニヤ。
チカは初めて見た。
この学校の夏の制服を胸元中心に見ている。
セーラー服ベースの、着る人間によってはコスプレっぽい制服に、瑠璃自身も困惑しているのだけど。
特に夏服は生地が薄いから。

「ヤバいよ。」

「それは瑠璃も思ってるんだけど。」

「溜まらない。」

興奮している。
姿勢を前に戻した肩の様子で判った。

「なあ、お願い。」

「えっ?」

チカの口調で、瑠璃もおかしなってきているのに知らない振りをする。

「超特急で済ます。」

「時間……遅れちゃう。」

その興奮具合に、窓の外を見る。
チカの言う超特急なんて、確かに普段からしたら早いけれど、絶対に普通レベルの超特急じゃない。
何回も何回も瑠璃を果てさせるから。

「遅れない。」

「……。」

「お前の、その、感じてる顔も堪らないんだよ。」

意地悪。
幾らでも今夜、攻めさせてあげるのに。
瑠璃の返事を聞かないまま、車はチカと瑠璃の甘い新婚部屋に向かっていた。



……………………………………………………………………………



「少し遅かったね。」

家の中で、実花は入ってきた瑠璃にそう言った。

「うんーちょっとね。」

苦笑して、瑠璃は浄水器の水を飲む。

「ああ、瑠璃。」

近寄ってきた知愛の頭を撫でているチカを見ながら、実花は瑠璃に言った。

「制服、超煙草臭いから洗うで。洗濯機に入れといて。」

瑠璃は水を飲んでいたので、その言葉にむせた。
チカは気まずそうに、実花を伏せ眼がちに見ていた。

「ハハハハハ。」

乾いた笑いをするしか無かった。
瑠璃がリビングから出た後、何か説教が始まるのだろうか。
瑠璃は知らんぷりして、そのまま、リビングを出た。

瑠璃がブラウスにアンクル丈のパンツに着替えて、洗濯機に制服を入れて洗濯をスタートさせた後、

リビングに戻ったら、実花とチカは笑っていた。
ま、あのママだしね。
瑠璃は安心して息を吐いた。

「ああ、瑠璃。ほら、これ美味しいじゃんね。甘い物好きなチカにね。」

実花は笑って、貰い物の甘いクッキーを指差した。

「うまいっ!俺、超好きなの、こういうの。ママ、よく判ってるよ。」

とろけるような顔。
瑠璃はそんなチカを見て、苦笑した。
まあ、何というか、一年三ヶ月前、ここで起きた危機的な状況からすると、逆に笑えないほのぼのさだけど、ね。

ママはPV撮影の時の見送りから、チカと呼び出したし、チカもママと呼び出したし。
それからグダグダになっていった。
女優と、その元マネージャーという関係性からか親密さがあり、パッと見、まるで恋人同士のようだ。
何だか、妬ける。

「カロリー高いよ、それ。」

瑠璃は、そう、ぽつりと言った。

「俺?こんくらい平気!すぐ消費するからさーだってさっき、」

そこでハッとして止まったが、陽気にしていると、いつか口が滑りそうで、怖い。
瑠璃の冷ややかな眼にチカは気まずそうにして、実花の淹れた珈琲を口に含んだ。

「お嬢、そろそろ、行こっか?」

「お待ちしております。」

瑠璃は冷めた口調でそう言い、チカのテーブル真向かいの椅子に座った。
実花は笑って、瑠璃に珈琲を出す。

「まあ、飲んでったら?」

「ーうん。」

ママの自然な心遣いが嬉しい。
いたずら盛りの知愛は、猫の翠を追い掛け回していて、翠は迷惑そうにソファの背もたれに登ってから照明のクロスバーまで跳んだ。
知愛はキャッキャッ笑い、そして次はチカの腕を掴んだ。
チカの顔を覗いている。
同じ緑の眼だから、チカと翠を同類と思ってないだろうか?

チカの光る緑の眼。
嫉妬の色、緑。
瑠璃もピアスをアレキサンドライトにした。
嫉妬。
ああ、苛々する、何だか。
最近、嫉妬する場面が増えてきた。
チカが女性と親密そうに話しているのを見ると、すぐに嫉妬してしまう。
こんなに順調に仲がいいのに、どうして。

さっきも、あんなに激しく愛されたのに。
制服のまま。
チカとは初めて。
二花とは、前の制服で、よく愛し合った。
想い出すと、身体がギュンっと疼く。
もう、遠い人。
自分が裏切った人なのに。
それでも、まだ。
チカに激しく突かれながら、二花を想い出すなんて。
二花を愛したチカに抱かれながら。

何て複雑な心理だろう。
一生、このモヤモヤは消えないのだろうか?
チカが二花を愛した事。
あたしを裏切った事。
あたしが裏切った事。
緑、緑の眼。

チカの言う超特急で終わった後、キッチンの換気扇の下で満足そうに煙草を吸っていた。
瑠璃はそのチカに、後ろから抱きついた。

「Ain't you enough? Wait until midnight… hmm? 」

ああ、そうね。
もう何も考えられなくなるくらい、愛して。
今夜。


…………………………………………………………………………



チカが断言した通り、山梨のリゾート施設には定刻通りに着いた。
むしろ、ああなる事を計算済みだったのか。
瑠璃を気持ちよく撮影に挑ませる為に。
いや、少し物足りなさを残して、焦らせる為に、なのか。
偶然そのようにと見せかけ、実は仕向けているように、チカの策略にまんまと乗せられているのか、この人生ごと。
でも、いいや、それも。
深く愛されているから。

「笠田さん、今回もよろしくお願いします。」

笑っている笠田に頭を下げた。

「こちらこそ、よろしく。どうだろうか、君のこの変わり具合は。美しい……。

 初めて逢った時も、何て大人びた少女だろうと驚いたが、今見返すと、あの時は幼さが残っていた。

 たった一年、不思議な女だな、君は。」

笠田は瑠璃をじっくり見ていた。

「もっと変わっていく様を、よく撮りたかった。」

「そうですね。」

瑠璃は笑った。
この人の独特な雰囲気、心地好いのだ。

「お前は残しているのか?恋人のより美しく変わりゆく様を。」

笠田はチカを見やった。

「余りーそうですね。」

チカは悔しそうにしていた。
やはり、写真にはコンプレックスがあるのだろう。

「お前が日々の美を撮らなければ、誰が彼女の変わり様を写し出せるんだ?」

その言葉がチカの火を点けた。
まさか、それがチカの一生を変える着火になるとは想像にもしなかった。

早速撮影の為に着替えてヘアメイクをしてもらった。
女性スタッフは一年前と変わらず、ヘアメイクの理子ちゃんに、スタイリストの友香ちゃん
笠田のアシスタントは一人変わっていたけれど。
アシスタントはかなり辛い仕事だ、とチカは言っていた。
そこで朝から晩まで下積みを頑張っても、自分の技術が日の目を見るかというと、そうでもないからだ。
結局、自分のセンスにかかってくる。

「衣装、全部作らないと、今の瑠璃ちゃんの体型ではムリだからね。」

スタイリストの友香ちゃんは笑っていた。
既成のものでも手直しが必要だ。
だからこその遣り甲斐がある、と友香ちゃんは言っていた。

「綺麗ね、瑠璃ちゃんは。何て肌だろう。愛されてるのね。」

ヘアメイクの理子ちゃんは相変わらず、瑠璃の艶やかな肌を褒めた。
その眼の奥に嫉妬がある事を、瑠璃は認めている。

赤の扇情的なドレスワンピース。
左下半身だけ、短く腿の半ばの丈になっている。
そこで敢えて濃い目にメイクしなくとも、瑠璃の整った顔立ちで、眼力で、そのまま惹き立つ。
唇を強調して光らせ。

湖の畔で撮影が開始される。
去年は沖縄だったけれど、流石にもう焼けてはいけないので、程々の日射のリゾート地になった。
また、沖縄行きたいな、とチカはそう言った。
楽しかった沖縄に限らず、ふたりで旅行がしたいと、瑠璃は想った。

ここに来る前に愛されたから、それなりの余韻が残っている。
そして、今夜の事を想えば。

下着だけ脱がされ、舌で愛されて。
想い出すと、恍惚感が押し寄せる。
でも、そのままの顔を出す訳にはいかなくて。
青と白の空を見上げて。

俺以外に見せるな、その感じてる顔。
耳元で熱く囁きながら、熱い手で瑠璃の手を掴み、熱い身体を沈めてくる。

絶対に見せるなよ。
熱い吐息をかけてくる。
前髪からの汗が、瑠璃の顔に滴り落ちてくる。

だから、半分は、その自然に身を任せる。
富士山が見えている、その空を見上げる。
足を湖に浸す。
笠田に撮られている。
チカに熱く見られている。

今夜はどうしようか?
どう愛されたい?
そう問われているみたい。

この撮影の計画も何ヶ月も前からあり、結局、この時期になった。
それはどういう事なのか、瑠璃には判らないけれど。

浸る湖の冷たさがいい。
火照った身体を冷やしてくれる。

チカ、見てて。
あたしをずっと見てて。
余所見は許さないから。

振り返って、その視線を確認する。
鋭い眼が捉えていた。
緑のその眼。
瑠璃は自分の耳に触る。
今は緑色に光っている、そのピアスの石の。
愛しい感情が強まる。

この人が何故、こんなにあたしを強く想ってくれているのかは、判らない。
だけど、あたしは。
あたしは、この人を強く愛している。
この男の妻になりたい。
早く一緒に暮らしたい。
毎晩、愛し合いたい。
強く強く、抱きしめられていたい。

愛しい人。

瑠璃は、ふくらはぎまで水に浸かっていたが、そのままペタンと座り込む。
腰の辺りまで、水の中にいる。
六月頭の夕方近い時間、昼間は焼けるように暑くても、水は冷たい。
それでも、その湖の水をすくって、自分の上半身に掛けていた。

沖縄で、チカと海の水を掛け合ったな。
ふふふと笑う。
懐かしく、楽しい想い出。
あの時はまだ、心が揺れながらも相手の気持ちが寄せてくるのを互いに感じながらも、まだ何も無かった。
あの夜。
チカの熱い指を、この手で知った。
弄ぶその指に、頭がぼんやりした。
あの時の鼓動の早さ、今でも抱き合うと同じように早いのだけど。
あれからちょうど一年。

「吉田。」

笠田は眼で指示をする。

「はい。」

チカは素直に従った。
スーツの上着を脱ぎ捨て、瑠璃と向かうように、湖岸に座る。
チカと見つめ合う
傾いてきた陽に当たり光る、緑の眼。
瑠璃は自分の耳に触り、そして、しあわせそうに微笑む。
立ち上がってチカに近づく。
チカも笑って近づく。

「わっ!」

急な出来事に、チカは腕で顔に掛かった水を拭き取った。

「あははは!」

瑠璃は無邪気に笑っていた。

「てめえ。」

「油断したのが悪いの!」

去年、学んだでしょ?
だから、チカも湖の水をすくって、瑠璃にかけた。

「やだあ!もーっ!」

笑って、手の甲で顔に掛かってきた長い髪を直す。

「最高だね。」 

「えっ?」

聞き返す前に、水がかかってきた。

「ちょっとお!」

「最高に綺麗だよっ!」

吹っ切れたようにチカは、そう叫んだ。
瑠璃はそれを聞いて、身が震えた。
こんな、人前で。
撮影中に。
涙が溢れてくる。
だから手の甲で涙を拭って、止まらない涙に困惑して、両頬を手で覆う。
濡れた髪、濡れた赤いドレス、濡れた身体。
それが傾いてきた陽にオレンジに光る。

「……綺麗だよ、とても。」

愛おしそうに瑠璃を見つめ、瑠璃に手を伸ばす。
だから瑠璃は近づいて、その手を握る。
美しい泣き顔のその女性に、チカは大きく息を吐く。

「俺に出逢ってくれて、ありがとう。」

返事だって、出来ない。
どうして、こんな、この場所で。

「俺を選んでくれて、ありがとう。」

チカこそ。
あたしの方を選んでくれて、ありがとう。

チカはぐいっと瑠璃を引き寄せ、腰に手を廻す。
夕陽が降り注ぐ中、チカは瑠璃の額にキスをした。
瑠璃は満足そうに微笑んでいた。



……………………………………………………………………………



夜に撮影があるから、早目の夕食になった。
リゾート施設のホテル棟一階のレストランでみんなで食事を摂る。
イタリアンを食べながら、去年の瑠璃のファースト写真集を眺めていた。

「あの時は随分大人な娘だと思ったが、こうして改めて見ると、幼いな。」

スタジオでの撮影、白い布に巻かれた瑠璃。
自分でも、この時の自分を見返すと、幼さを感じられる。
それでも十三の娘には、到底見えないけれど。

「あ、じゃあ。このキスマークも吉田くんって事?」

ヘアメイクの理子ちゃんはニヤニヤして、瑠璃を見てくる。

「これは……この人じゃないから。」

眼線を合わさず、そうボソリと瑠璃は言った。

「へー!二股って事?沖縄で吉田くんと出来上がって?で、この彼と別れたの?」

少し大きな声で理子は、そう放った。
悪意があると思う。
チカはジロっと理子を睨んだ。

「はーいっ。気をつけます。」

その通り、でもなく、この後も二花と続いていたのだし。
もっと最低だ。
瑠璃はぐっと喉のつかえを、グラスに入った水で飲み込んだ。
でも、そのつかえは爽快にならない。
笠田は黙って、そんな瑠璃を眺めていた。

「お前、ソレ、もういいの?」

瑠璃の残してある渡り蟹のパスタの皿を、チカは引き寄せた。
シャツとズボンが水で濡れたので、水色シャツとチノパンに変えていた。

「あ、うん。」

返事をする前に、チカはフォークでパスタを巻いていた。
その口で美味しそうに食べていく。

お前は、俺が食べてるのを見とけよ。

そう言いたげに、瑠璃を見ている。
お前は機嫌良くしておけ。
いつも気持ち良くなっておけ。
そんなチカに、瑠璃は頷く。
だから、チカの口を見て、とろとろな気分になる。

今回の撮影のテーマなどは一切聞いていない。
お前は気持ちよく、その時の気分で動け。
チカは、そう語っただけ。

多分、テーマはロマンチックだとか、そんな感じかと。
でなければ、チカがああやって撮影中に積極的に動かない。

全て任せよう。
たって、それがいちばん出来が良くなるから。
瑠璃は美味しそうに食べていくチカの口を眺めて、今夜の計画を気持ち良く練っていた。

食事の後、着替えてヘアメイクして、湖に出た。
この日は満月。
それを狙ったようだ。
他にも偶然なのかどうなのか、狙った日だと思うけれど。

白のレースのローブのようなワンピース。
月に向かって祈る仕草をする。
この撮影の写真集が、世間に好評でありますよう。
大きなモデルの仕事が舞い込みますように。
このままチカと仲良く過ごせ、難なく結婚できますように。
チカの子を、いつか産めますように。

そして、チカをチラリと見やる。

この愛しい人が、永遠にしあわせでありますように。
出来れば、一生、あたしと共に。

心が震える。
こんなに愛おしい。
何て愛おしい人。

神さま、この人に出逢わせてくれて、ありがとうございます。
それが罪からの始まりだとしても。
あたしは、この人に出逢いたかった。
あたしの心と身体は、この人を求めていた。

まるで何処かの民族の祈りのように、瑠璃は跪いて、長い黒髪をバラつかせ、地に頭を伏せて願っていた。

 

 


……………………………………………………………………………



撮影の後、そのまま笠田と、ホテルのカフェで、ふたりきりで話していた。
笠田はビールを飲んでいた。

「地獄は、どうだったか?」

深く濃い瞳を、ただ、瑠璃に見せていた。

「最悪……最低でした。」

瑠璃はその笠田の瞳を見て、そう苦しそうに言う。

「わざわざ、そこに陶酔して、破滅に向かってました。」

瑠璃の口に含むものが例えばカクテルだったら、深く苦笑する表情を湛えたこの娘は、完璧に大人の女性なのに。
笠田は瑠璃をよく観察していた。

「地獄なんて、わざわざ味合うものじゃない。バカでした、あたしは。」

互いに罵り合って、未だにその気持ちは鎮まらないで、心の底に残っている。
本当に信頼しきれないでいる。
この人は、また裏切らないか。

「大切な人を裏切るんですから。」

チカと、そして二花と。
あたしのした事は、最低な事だ。
愛しい人を想いながら違う男に抱かれて、そして、愛しい人に抱きしめられながら違う男に罪悪感を抱く。

苦しい。
この苦しさは、消えない。

「だが、それが今の君の美しさを強く醸し出している。」

そんな風に、優しく言わないで欲しい。
瑠璃は涙を溢した。
だから笠田は、とても美しい女だと、瑠璃を見ていた。

「わざわざ自らを罰したがるのが、苦しみの原因だ。」

「どうすれば、罰しなくなりますか?自分を。」

それが、出来れば、どんなにか。
嗚咽に近い声が出た。

「君がどれだけ信じられるかだな、吉田を。」

信じたい、信じたいのに。
あの人はまだ、二花を愛している、から。

「その葛藤を越えられた時、苦しみは抜けている。」

そしてまた、彼もそうなんだ。
笠田はそう言わなかったが、それが強く感じられた。
時折チカは、強い嫉妬を瑠璃にぶつける。

どうせお前は、強く攻めてくる男に弱いんだからな。
他の男にふらふら靡かないか、俺はお前を監視し続けないといけないんだ!

激しく感情をぶつけた後、そして、ごめんと、謝ってくる。
あたしだって、チカを監視し続けたい。
でも本当は、そんな事しないで、チカを広く受け止めたい。

「今はその苦しさの中に居たいと思えばいい。

 それがどんなに辛くとも、そうしたい自分が君の中に居る。

 そして、俺はそんな君を撮りたいんだ。」

「そうですね。」

苦しさの中、クスッと笑う。
この二泊で、それを笠田に撮って貰おう。

「後は日々、吉田に撮ってもらうんだな。」

「はい。」

瑠璃は更に、ニコリと笑う。

「アイツはセンスに拘っているが、そんなもの、愛の力には及ばない。」

本気でこんなキザな事を言えるのだから、笠田はやはり天才だ。

まだ飲んでいくという笠田を残して、瑠璃は外で待っているといったチカの元に歩いていった。
外のテラスに出ようとして、瑠璃は心が張り裂けそうになる。
ヘアメイクの理子が、チカの腰に正面から抱きついていた。
今、裏切りの話をしたばっかりなのに。

瑠璃は倒れそうになり、ぎゅっと壁を掴む。
チカは理子の頭を見下ろしていた。

「二番目でいいのっ!」

理子は更にギュッと力を込めて、チカに抱きついた。

「二番目でいいからっ!」

理子の切なる叫び。
瑠璃は心が張り裂けそうだった。

「男ってバカだから、そう言われちゃうと嬉しいんだよね。」

チカは笑いながら、そう言った。
隠れて見ている瑠璃は、ズリズリと力が抜けていって、床に座り込んだ。

「で、喜んでそうしてて、修羅場だよ?バカだから、二回も修羅場経験してる。

 すげえぞ、女同士の罵り合いって。髪を引っ掴んで殴り合うし。」

チカ、経験済みなんだ、こんな事。
瑠璃は涙が溢れてくるのを止められなかった。

「じゃあっ!三回目でいいじゃないっ!」

理子の叫びに、チカは切なそうに理子を見下ろしていた。

「それは出来ない。」

「一回でいい!一回でいいから!お願いっ!想い出にするから!」

理子の悲痛な叫び。
瑠璃は自分の耳を手で押さえた。

「そういう事言うと、お前を切らないといけなくなるよ?

 俺たちの仕事は、森下瑠璃の気分を上げる事なんだから。

 瑠璃の感情を悪くさせるなら、お前、要らないから。」

仕事。
もしかして、チカは仕事として、あたしと私生活も向き合っていたのか?
良い仕事をさせる為に、好い気分にさせていたのか。
最悪。

「てか、ごめん。」

溜め息を大きくついて、しがみついている理子を剥がした。
そのまま、瑠璃の方に近づいてきた。

「頼むから、誤解するな。」

しゃがんで、床に倒れそうになっている瑠璃の手を掴んだ。
それを見て、理子は泣きながら駆けて行った。
息を大きく吐いて瑠璃の頭を抱き寄せた。

「誤解すんな……。」

泣いているの?チカ。
だから、瑠璃の涙も大粒になった。

「何から話す?何処から聞いてた?」

ギュッと力が入る。
瑠璃を起こして、チカの膝に座らせた。
顔が向かい合う。
チカは割りとすぐに泣いちゃうね。
でも、これも演技だったとしたら。

「仕事だからって、こんな面倒な女に人生賭けるかよ?

 あーっと、だから、お前に夢中って事だよ、瑠璃。」

どう信じられる?

「 I'm crazy about you. There ain't a reason, I fell in love with you…what am I saying?

 何て言う?こういう時は。

 I'm not so skillful, so that's why, my flirtation come out immediately.」

「判んない、日本語で言って。」

早口になっているし、聴き取れない。

「あーうん。俺はすぐに浮気がバレる。」

そこから話すの?

「巧くやってるのに、どうしてか判んないけどな!

 だから大変な事になって……この話はいいや。

 そうじゃなくて。ああ、仕事じゃないからな!

 仕事で何で、こんな想いをしなくちゃいけないんだ、瑠璃!」

「ごめん。日本語でも、全然判んない。」

「じゃあ、どう説明すれば判ってくれる?」

切なそうな顔をぶつけ、そのまま瑠璃をお姫さま抱っこをして上げた。

「きゃっ……!」

抱き上げられる勢いかあって怖くて、瑠璃はチカの首にしがみついた。

「じゃあ、身体で判ってくれ。」

そのままコテージに向かっていく。

「は、恥ずかしくないの?」

通り過ぎた数人が、驚いて振り向いてくる。

「恥ずかしいよっ!」

顔を赤くして、そう小さく叫ぶ。
コテージの前で左手で瑠璃の脚をしっかり抱え、右手でポケットから鍵を出して開ける。
中に入ると瑠璃をベッドの上に置いた。
瑠璃のサンダルを脱がせて、自分の衣服を脱いでいく。

「あれだけ苦しい想いしたのに、判んないのか?

 まだ、判んないのか?バカバカしかったろ?

 俺は最初からお前に夢中だと二花に言えば良かったし、お前もちゃんと言えば良かったんだ。

 なのに、まだ疑うのか?」

瑠璃の身体を跨いで、激しく頭を振る。

「お前もちゃんと言え!妬いてるなら、ちゃんと言え!」

瑠璃の首の横に手をついて、チカは顔を近づけて、そう叫んだ。

「浮気しないで……っ!」

瑠璃は苦しそうに叫んで、チカにくちづけた。

「するかっ!」

チカも激しく、くちづけを返す。

「瑠璃、お前、今度浮気したら殺すからな!」

瑠璃の衣装の白いワンピースを脱がし、放り投げた。

「チカだって、殺す!浮気したら、八つ裂きにして殺す!」

チカの首に強く抱きついた。

「殺せよ!約束だからな。そんな事あったら、殺せ!」

舌を絡めながら、瑠璃の乳房を揉み上げた。

「は……あっ、イカせて……イカせて!」

「イカせてやるっ!」

チカは愛おしそうに、狂おしそうに、瑠璃を強く抱きしめた。

「お前は俺じゃないとムリなんだよ!俺以上にお前を満足させられるか?

 それに、お前じゃないと、俺も満足できねえよ!もう。」

身体中に這わす舌、そして指。

「お願い……一生……」

「ああ、一生してやるよ!」

仰け反る瑠璃に、チカは舌で突いてきた。




…………………………………………………………………………



激しくした後、ふたりは抱きしめ合っていた。

「チカ……偶然?」

「ん?」

瑠璃の頭を愛しそうに撫でていた。

「この日にしたのは、ホントに偶然?」

瑠璃の言葉に、チカは笑った。

「偶然、だよ。」

「ホントに?」

日付が変わる。
その時に瑠璃はチカにくちづけた。
そして、チカの頬を手で触れる。

「トウチカ、二十七歳のお誕生日、おめでとう。」 

愛しい人。

「ありがと。」

チカはくちづけを返してくる。

「去年は夜に一緒に寝たね、ただ。」

何もしないで、よく我慢できたものだ。
チカは更に瑠璃の口を吸う。
この娘を一回抱いてしまったら、もう、とても我慢出来ない。
幾らでも欲しがるこの娘に、どんどん捧げたい。
どんどん絡みが強くなるこの娘を、もっと鍛えたい。
もう、瑠璃無しではいられない。

瑠璃は裸で立ち上がり、自分の荷物から箱を取り出した。
そして横になっているチカの横に座る。

「ん?」

チカは緊張している瑠璃を不思議そうに見上げた。

「登規さん。」

「はい?」

ニヤニヤして、瑠璃を見つめる。
瑠璃はチカの左手を手に取った。
薬指に、それをはめ込んでいく。
チカは驚いて、その自分の指を見止めた。

「お誕生日おめでとう、チカ。」

金の細い指環。

「瑠璃……。」

チカは瑠璃の顔を見つめた。

「良かった、ピッタリで。」

恥ずかしそうに微笑んでいる。

「こいつ……!」

起き上がって、瑠璃を抱きしめる。

「ありがとう!」

しかし。
先にやられたな。
瑠璃に気づかれないように、溜め息をつく。
手を上げて、その指環を、よく見る。

「触った具合で、判った?」

右手で瑠璃の頭を撫でている。

「んっ。指が重なると太さが判りやすいよね。」

同じ事を考えていた。
チカは笑って、くちづけをした。

「嬉しいよ!瑠璃、ありがとう!」

「良かった!嫌がられたら、どうしようかと。」

「嫌がるもんか。きっとさ、俺が邪な気持ちになったら、これが締めつけてくるんだ。」

孫悟空?」

瑠璃は大きく笑った。

ふたりで風呂に入り、身体を綺麗にした後、また結び合った。
満足した後に、チカが中に入っていると、どうも落ち着いて眠れるらしい。
うとうとしてきた瑠璃はそう言って、少し眠らせてもらった。
背中から、その安心して寝入っている瑠璃の寝顔を見て、チカは満足感を憶えた。

「男の夢、越したらダメだろ?楽しみしてたのにな。」

瑠璃がはめてくれた自分の指環を実感しつつ、瑠璃のうなじに唇をつけた。
この娘は寝ながらでも、締めつけてくる。
そんな瑠璃を可愛く想い、その感覚を堪能していた。



…………………………………………………………………………



朝にもう一回シャワーを浴びて、瑠璃の長い髪をドライヤーで乾かす。

「慣れてるねえ、チカ。」

他の女の髪で慣れているのかと、瑠璃はまた不快な気持ちにもなりながら。

「母。」

瑠璃の顔を読んだのか、チカはぽつりと、そう言った。
あ、と瑠璃は気づいた。
母親の髪を、こうして乾かしていたのか、登規少年は。
瑠璃は笑えてきた。

大体髪が整った後、身支度を整え、わざとベッドをそう綺麗に整えず、それを待った。
ブザー音が鳴ると、チカがコテージのドアを開けた。

「おはようございます。」

「……おはようございます。」

チカは自分の髪は整えず、タンクトップと緩いチノパン姿で、彼女を出迎えた。
酷な事をしているとは、判っている。
気持ちに忠実な彼女は、少しも悪くない。
だけど、はっきりと引導を渡さないといけない。
理子は黙って瑠璃にメイクをしていく。

「煙草吸ってくるわ。」

「うん。」

チカに瑠璃は返事をした。
理子が来る前に、チカは、はっきり言った。

「出方次第で、切るから。今回は悪いけど我慢して。」

彼女が悪い訳では無いんだ、でも。
瑠璃が気持ち良く仕事出来ないのだったら、契約を切るしかない。
冷酷な顔で、そう言い切った。
優しさの欠片も無いようで、実は情に溢れているから、それがワザと出来るのだと、瑠璃は感じていた。
ここで、理子にまでいい顔をしていたら、瑠璃をもっと傷つけるから。

「このネックレス、着けたままでいたいの。」

瑠璃は後ろの理子に、そう告げた。
去年、チカの買ってくれたピンクゴールドのネックレス。

「瑠璃ちゃんの肌の色に、凄く合うね。」

理子は笑って、そう言った。
おそらくプラチナが似合うのは、ママみたいな白い肌の人。
あたしはこれでいいの。
耳には昨日と同じ、金の土台にアレキサンドライトのピアス。

白のマーメイドドレスに合うように髪をアップにして、ウェーブをつけて、左側に流していく。

「お嫁さんみたいね。」

理子は、ぽつりと言った。
チカが好きで好きで、二番目でもいい、そう言えるくらい、好きで。
男は、こういう女が好きだと思う。
瑠璃はそう、実感していた。
タイミングさえ合えば、きっとチカも以前の過ちのように、喜んで彼女を抱いたろう。
女は気づくから、そういう男のちょっとした気持ちのズレを。
だから、修羅場になったんだよ、チカ。
そんな事したら、あたしは殺すから。

そういう眼に、自然となっていたと思う。
あの時、嬉しかったよね?チカ。
デレデレしたよね?チカ。

「殺されそう。」

理子は溜め息をついた。

「殺すから。」

瑠璃はそう、口が勝手に動いていた。
これ以上、手を出したら、殺すから。

「激しいよね、怖いよね、瑠璃ちゃん。」

怖いのは、女の本能。
理子ちゃんだって、あたしを殺したいでしょう?
でも、あなたは仕事をしている。
さあ、どうする?

「あたしは、瑠璃ちゃん好きよ?」

泣きながら、そう言った。

「じゃあ、これからも、お願いします。」

笑って、そう言う。

「キツいけどね。」

苦笑する理子。
見張るから、あなたを。

チカが帰ってきて、冷たいミネラルウォーターのボトルを瑠璃の腕につけた。

「ひゃっ!」

「吉田くん、腕にもパウダー付けてるから!」

理子はチカに怒った。

「あー、ゴメンナサイ。」

チカは悪びれず謝った。
見張るから。
何かムラムラしたら、殺すから。
瑠璃は鏡越しに、チカを睨みつけた。
チカはニヤニヤしていた。



……………………………………………………………………………

 






朝陽の中、マーメイドドレスの瑠璃は、湖岸を歩いたり、鳥を見て指差したり、

映えている富士山に感動して抱きしめる格好をしたり、青い空にキスをしたり、動き廻っていた。
その中で、今回初めて、笠田に指示をされた。

「ベンチに座って。」

「はい。」

そこにある白いベンチに座った。

「吉田、これでいいか?」

「ありがとうございます。」

何処か緊張した趣きのチカは、深呼吸した。
白シャツにチノパンだったから、今日はスーツにしないんだね、昨日濡れたから?、

と笑ったら、普通にうん、と素顔で答えていた。

瑠璃に近寄り、後ろ手から小さなブーケを出して、瑠璃に向けた。

「あたしに?」

チカの誕生日なのに。
指環をしたままの手で、無言で渡された。
瑠璃は笑って受け取った。

「どうしたの?」

真顔のチカは、また深呼吸して、ポケットからケースを取り出した。
そして、瑠璃の前に片膝をつく。

「えっ?」

ケースからそれを取り出し、瑠璃の左手を取る。

「瑠璃……。これは、俺の小さな頃からの夢だったやり方でさせて。」

顔を見つめた。

「瑠璃 I love you, my one. Will you marry me? 」

こんな。
こんなやり方って、ある?
でも、チカの文化だと、これがきっと普通で。
チカは緊張して、瑠璃の顔を見上げていた。
返事、待っているんだ。
瑠璃は震えた。

「チカ……トウチカ Yes I do. I love you too.」

「…God…bless you. 」

息を大きく吐いて、瑠璃の左手の薬指に、指環をはめていく。
ピンクゴールドに、小さなラピスラズリが幾つか散りばめられている。
ぴったりのサイズ。

「先に…やらかすなよ。」

恥ずかしそうに、そう言う。

「だ、だって!」

今日はチカの誕生日なの。
なのに。
はめられた指環に、瑠璃は指も震えてしまう。
ピンクゴールドの指環。
ラピスラズリが散りばめられた指環。
涙が溢れ落ちる。

チカは顔を近づけ、瑠璃の唇にキスをする。

「これで夢が叶った! Mum! Have you watching us? 」

笑って瑠璃を見上げている。

「て、ゆーか、これから先がもっと重要だけどね!」

そのまま瑠璃をお姫さま抱っこする。
慌ててブーケを握った手で、チカの首に抱きつく。

「こういう時こそ、スーツじゃないの?」

どうでもいい事を聞いてしまう。

「あれは俺の戦闘服!」

笑って、ゆらゆら嬉しそうに廻る。
呆気に取られているみんなに、チカは叫ぶ。

「Everyone, thank you very much! 」

「次は結婚式、だな。」

笠田は笑って、それを撮り続けていた。

「独占で撮らせて貰う約束だからな。」

「勿論です!」

チカは、笑って答えていた。
結婚式?
独占?
聞いてないし!
大体、結婚式、だなんて。
考えもしてなかった事。

「結婚式?するの?」

瑠璃の問いに、チカは驚いた。

「するでしょ?当たり前でしょ?」

いろんな事が、瑠璃の知らない間に構成されていっている。
その一端に気づいた、驚きの三回目のプロポーズだった。

 



トーチカ~瑠璃シーン④中編に続く

……………………………………………………………………………



プロポーズには、花束と指環が必要なんだ。必要不可欠だ。
(チカ談)

物語の最初から、チカはそう言っていた。
それはそういう文化だとは知っていたけれど、この場面を書いてから、
イギリス人男性は、片膝ついて「Will you marry me?」なりのプロポーズのあと、返事をもらって指輪をあげる。
このオーソドックスな儀式が、やや普通なことだと、知りました。

三番目のプロポーズシーンを書く前、ちょうど海外の人のプロポーズシーン特集をテレビで偶然見てプロポーズされると、
どの女性も驚いて喜んで感極まって泣く、のでした。

いやー感動!

なので、このお決まりのシーンを書けて、わたしも感極まりました。

エンゲージドリングを受け取ると、婚約したことになるそうです。
なので、トウチカくんは電話でのプロポーズの時に、婚約者だよな?と確認して聞いてきたのですね。


ストーリーのエピソードの辻褄は知らないことだらけなので。
こうして答え合わせすると、はーと驚きのあと、安心します。


殺すとか、激しいやり取りですが
女の本性からすると
これは本音ですからね。

この確かめ戒めは、ふたりには必要でしょう。

チカの言ったMum! Have you watching us?
(マム!僕たちを見てる?)

英語の文法からすると
Do you~が正解ですが、

イギリス英語だと、
Do you have~?を
Have you got~?と表現するのだそう。

この場合は、Do you~?ではないかとは思うのですが
チカはどうしても、Have you~?にしたがりましたので。


おなじように
神楽シーン④後編2
神楽に話しかける
Do you know the reason?
という不可思議な問いも
Have you~?と言いたいところを神楽が判る中学生英語にしてやった!そうです。

そもそも英語で語りかけなくてもいいだろ?


女子校のシーンも凄まじいですね。あれもびっくりでした。


お読みくださり、真にありがとうございます。

トーチカ〜瑠璃シーン③前編

今日もお話です。

続きものです。

アメブロで弾かれましたので、

こちらに記しておきます。

 

同時期のふたりの少女、それぞれの眼線の話
を交互で記してます。

 

トーチカ~神楽シーン①
東三河に住む、未来を知る、時をかける少女
神楽側の眼線からの話

 

 

トーチカ~瑠璃シーン①
神奈川に住む、モデルの激しい気性の美少女
瑠璃側の眼線からの話

 

 

それ以前の話は

 

来る潮帰る波
神楽の母が死んだことを、その兄が(神楽の父となった人)回顧するお話です。

 

 

実になる花~追伸
瑠璃の母、女優の実花と、瑠璃の父、ミュージシャン椎也の話。

 

 

今回から、ゆったり書いていこうと思ったのに、

深夜に目覚め、いきなり脳内でエロトークが始まる!

いやあ、心臓があんなにバクバク言うのは初めてでした。
何なの、あんたら。
ホント面白い奴ら。

 

そんなので、勢い良く書きました。

エロトーク出てきますので
卑猥な表現が苦手な方は
読まないで下さいね。

 

 

トーチカ~瑠璃シーン②最終章
そのふたりは、果たしてどのようになったのか。

 

裏と表。
表は裏。
裏は表

 

トーチカ~神楽シーン③で描かれた
瑠璃側に起こった事件は、
神楽側では簡単に流されてますが、
実際はどのような出来事だったのか。

その騒動を次回では記します。

 

そう。
アップできる文章量の問題から、
今回も瑠璃シーン③は前中後編としてます。

誰かさんの妄想話が膨らんだのも原因。

丁寧に大切な流れを書きます。

 

では、お読みくださいませ。

 

 

 

トーチカ~瑠璃シーン③前編

 

撮影の休憩中にショップを見させてくれた。
本来定休日のアウトレットパークでの、クリスマスシーズン広告用のスチール撮影日。
撮影用に数店舗、営業日様に開けてあるのだ。

 

クリスマスというイメージのデザインで、瑠璃は背中に天使の白い羽根を背負い、

ロマンティック且つ女性的なラインが美しく映える白のマーメイドドレスを身に着けている。

これは実際に身に着けると、瑠璃のイメージぴったりで、関係者から拍手喝采であった。

 

今の瑠璃のイメージだと前髪が無い方がいいというチカの意見で前髪を伸ばし中の今は、
そのように真ん中分けでセットして、黒く長い髪は大きく巻いてある。

背中の羽根は付け外しが可能なので、休憩中は外していた。

ジュエリーショップで、瑠璃は嬉しそうにウィンドーショッピングをしている。

 

「かわいー。」

 

シンプルだけど存在感あるピンクゴールドメッキのネックレス。

 

「吉田!吉田さん!ちょっと来てよー。」

 

店の入り口から外を眺めていたチカは振り返り、一瞬、面倒臭そうな眼をしてから、微笑
む。

 

「ハイハイ。」

 

「これ!可愛くない?」

 

店員に出して貰ったネックレスを実際に手に持ち、瑠璃はチカに笑いかける。

 

「ハイハイ、そうですね。」

 

「可愛いでしょ?」

 

「可愛いかどうかは……。」

 

「可愛いったら、可愛いの!」

 

「ハイハイ、可愛いですね。」

 

どうでも良さそうに流して返事をするチカを、瑠璃はジッと見上げる。

 

「何ー?」

 

「いいなーコレ!そんなに高くないし。何とかなるんじゃないかなあ。」

 

「高くないしって。何とかなるんじゃないかなあって。もしかして、僕に買えって事ですか?」

 

「えーまさかっ。」

 

にこやかに笑いつつも、瑠璃の眼の奥に不遜な煌めきがあるのを、チカは見つけていた。
怪しまれないように少し屈み、瑠璃の耳元に小声で囁く。

 

「瑠璃さん。その内クリスマスもあるし、誕生日もあるし、僕は薄給なんですが。」

 

その言葉を無視して、瑠璃はニコーっと笑っている。

 

「スイマセン。それ、プレゼントで包んでください。」

 

負けたチカは照れを隠しつつ、店員に、そうお願いをする。
包装して貰っている間、並んで指環を見だすと、チカは何気に瑠璃の腰を抱いてきた。
いやらしい手つきではなく、それが極自然だという風に。
自分でそれにふっと気づき、さっと何事も無かったように手を降ろした。

チカのこういう日本人ぽくない、何気なく女性を守るような仕種、時折ある。

 

ショーケースの中を見ているチカを、瑠璃はチラッと見上げる。
瑠璃だから、ではなく、程々仲の良い女性になら、きっとこうして何気に腰を抱くのだろう。日常的に。
エレベーターやドアの出入りを、いつも自然に女性へ先を譲っている。
チカはきっと、そういう文化で育った人だ。
でも、普通に日本人顔だし。
平均顔だし。

自分の心の中の声に、ショップを出て、瑠璃は、ぷっと笑った。

 

「何ですか?」

 

周りから人が離れているのを確認して、チカは瑠璃を微かに睨んだ。

 

「何でもない!」

 

そして、嬉しそうにニコッと笑う。

 

「チカに買って貰っちゃった!」

 

「買わされたんですけどっ!」

 

それでも、チカは何処か嬉しそうに怒っていた。

 

「お前なあ、俺はお前の収入と比べ物にならないくらい低い給料なの!

 これから、いろいろ金がかかるのに、なあっ。」

 

何故、金がかかるのかは口にしなかったが、ネックレスの入った可愛いブランド袋をチカは振った。

 

「イイコにしてないと、これは渡さないからな。」

 

「瑠璃、こんなにイイコじゃない。何言ってんの?」

 

チロリとチカに流し眼を送る。
チカは、ふいっと眼線を逸らした。

 

「欲しかったの、新しいネックレス。……捨てちゃったから。」

 

俯いて、低く寂しそうな声を出した瑠璃の頭を、チカは軽く撫でた。

 

「俺が買ったのが欲しかったんだろ?なら、良かったな。ご褒美貰えて……安物だけど。」

 

「金額なんて、いいの。瑠璃が欲しい物を、チカに買って欲しかったの。ありがとう。」

 

二花が十二歳の誕生日プレゼントでくれたプラチナのネックレスを、海に投げ捨てた。
ひとりで海に来るのは怖かったから、送ってもらった時に、チカについてきてもらった。

 

あの夏の出来事から、二ヶ月弱。
今はようやく普通に接せられるが、あの事件から一ヶ月は、チカとまともに会話も出来なかった。
業務連絡だけで済まし、迂闊に口を開けば、互いに激しい罵り合いになった。
心がズタズタになった。

 

それでも撮影の時は、瑠璃はチカを想いながら撮られた。
それをずっと、撮影中見つめていたチカは、撮影の後の帰り道、

有料道路を降り、人影のない川沿いに車を止めては後部座席に移ってきて、瑠璃を強く抱きしめた。
そんなしあわせな気持ちのまま翌日を迎えれば、また、ふとした事で罵倒になる。

 

あたしたち、何してるんだろう?
空しくて静かに泣いていると、チカは怒鳴ってから車を止めて、また抱きしめてくる。

 

地獄は続いている。
生きている事が地獄だった。
チカの言葉も自分の行動も、もう、信じられない。
でも、何でか、こんなにこの人が愛おしい。
だから、生きてこれた。

 

今はようやく、ふっと軽くなってきたと感じられる。
まだ悪夢は見るけれど。
チカの笑顔が見られるから、まだ大丈夫。

 

撮影が再開され、クリスマス仕様の飾りつけをされたアウトレットパークのあらゆる場所で、

大人の女性の様相の十三歳の天使が微笑む。
これがクリスマスシーズンのポスターや広告媒体、Web上での宣伝となる。
また翌週、ムービーで撮って、それがTVやWeb上でのCMとなる予定だ。

その撮影を、関係者のいちばん後ろから、チカは熱い視線で眺めていた。

 

……………………………………………………………………………

 

 

 

「チカの部屋に行きたい。」

 

チカにネックレスを着けて貰った瑠璃は、むくれている。
アウトレットパークは関東だけれど、都心から少し離れた場所にあるので、撮影帰りも少し遅くなる。

 

「お嬢を、あんな歓楽街に連れてけません。」

 

チカは溜め息をついた。

 

「いーじゃん。変装する。」

 

「一階と二階が風俗のビルの五階だけど?平気?」

 

瑠璃は想像して、少し赤面する。

 

「随分、ステキなトコに住んでるね。」

 

「だろ?ムラムラしたら、すぐに行けるからな。」

 

ぷいっと瑠璃は窓の方を向いた。

 

「行くんだ。」

 

「今は行かないよ。行く必要もない。お前の顔を想い出せば、すぐ出せるし。」

 

嫌悪感を露わにしている瑠璃をバックミラーで確認して、チカは少し苛ついた。

 

「行った事、あるんだ。」

 

「あるよ。」

 

思わず煙草を咥えていた。
火は点けないけれど。

 

「一概に身体を売って金を稼ぐって言っても、彼女たちは様々な理由があって、

 そういう仕事をしている。そんな世間話も面白いもんだ。

 話をしながらでも、世話してくれるからな、こっちはラクなもんだよ。」

 

瑠璃は無言で、泣きそうな顔を窓ガラスに向けている。

 

「あ"?俺に綺麗な過去を求めんなよ。」

 

バックミラー越しで睨んだ。

 

「お前だって、綺麗なもんじゃねえよな?やられて、よがるだけの女じゃねえか。

もっともっと、てな。 それしか能のない女じゃねえか。」

 

眉根を顰めて、瑠璃は頭を抱えて耳を塞いだ。

 

「あ"ーっ!ちきしょうっ!」

 

苦しそうな瑠璃の姿を確認して、チカはバーンとハンドルを叩いた。

 

「ごめんーごめん。ごめん……ごめんなさい……ごめん。ごめん、お嬢。ごめんなさい。」

 

そして、小声で自分を汚い言葉で罵った。

込み入った海岸線に車を止めて、チカは外に出る。
少し離れた処で煙草の火を点けて、ふかしていた。

瑠璃は、そっと近づく。

 

「……寄らないでね。匂いがつくから。」

 

涙を零していた。
それを見た瑠璃は思わず、チカに抱きつく。

 

「バカ。匂いがつくって。」

 

煙草の火を携帯灰皿に揉み消し、チカは震えている瑠璃を抱きしめた。

 

「ごめん、瑠璃ちゃん。」

 

最近、ふたりでいる時、チカは瑠璃ちゃんと呼ぶようになった。
それも何だか、ちょっと気持ち悪くて、ちょっと気持ち良い。
瑠璃の頭を、ぎゅうっと自分の首に押さえつける。

 

「俺、何でこんなんなんだろうな?すぐにお前を傷つける、泣かせる、苦しませる。そんな事、したくないのに。」

 

言いながら、もっと苦しくなったようだ。
瑠璃の頬と唇と首に、冷たい物が流れてきた。

 

「俺、苦しい。俺は、最低の男だよ。二花にも相当酷いことした。鬼畜だよ。俺は最低だ。」

 

「……どんな事したの?」

 

チカの首に頬を擦り寄せる。

 

「お前に言えるか、そんな酷い事。」

 

「言おうとしたよ?酷い事の一から十まで話してやろうかって、前に。」

 

「バカっ!あれはお前の反応を試すための……何で、そんな事覚えてんの?」

 

お陰で泣き止んだようだ。
愛おしそうに、ネックレスを着けた瑠璃のうなじを見つめている。

 

「だって、登規さん。あの後、すごい身震いする事言ったよ?だから。」

 

その呼びように、チカは照れて、ふふふと笑う。

 

「二花のいちばん大事にしている女を、俺の言いなりにさせてやるって。

めちゃくちゃ感じちゃった!瑠璃、もうすっかり登規さんの言いなりだし!」

 

「俺が言いなり、ですけどっ!」

 

押しつけられた大きな胸の感触に、チカは思わず抱きしめていた手を離した。

 

「えーっ!もう、よくない?もう、我慢しなくても。」

 

瑠璃が大きく叫んだ。

 

「ダメだよ、まだ抜けてない。夢でうなされて夜中に起きる。

 二花に酷い事をしてる自分の悪人面が恐ろしくて、叫んで眼が醒める。」

 

額の汗を拭って、チカは瑠璃と眼を合わせないようにしている。

 

「なら、瑠璃も。二花くんとしてるトコ、チカが見てるの気づいて、

 気が狂いそうになって叫ぶの。何回もこれを繰り返し夢で見て、苦しいよ。」

 

「そんなんホントに見たら、俺が気が狂うな。」

 

チカはチッと舌打ちした。

 

「登規さん、あたしたち、多分、狂ってたね、あのままだったら。」

 

「そうだね。」

 

「二花くんのお陰だ。」

 

「そうだね。」

 

あの夜、深夜遅くに帰宅した。
泣き腫らしたふたりの顔を見て、出迎えた実花は無言で瑠璃を抱きしめた。

 

冷静になって考えれば、二花が狂ったら、心が繋がっているママだって狂うと思う。
あの後はそれに対して疑う事も、というより、それ処ではなかった。
そして実際に、ママは笑わなくなった。
まだ今も、微笑みにぎこちなさがある。

 

何て、辛い事だろう。

それを見ているパパも、とても苦しそうだ。
そして我が家はいつも、ママの笑顔にどれだけ救われていたかを知ったのだ。

なのに、パパもママも二花の事には触れない。
だから、きっと。

 

二花に以前、狂った世界の話を聞いた事がある。
それは実際にあった事で、二花はそれを受け入れねばならなかった。
だから、きっと。
狂う事の怖さを、誰よりも知っているのだ。

 

「登規さんー」

 

「何?それ?そうやって呼ぶ事にしたの?」

 

チカは照れながら、喜んでいる。

 

「あたし、よく考えたら、チカって呼ばれの、すごくイヤだったんじゃないかと気づいたの。

 二花くんが呼んでる呼び方っていうのは。」

 

「今更?今更かよ。」

 

チカは楽しそうに声を揚げて笑った。

 

「二花が呼ぶチカね。あれは、スパニッシュやアメリカンが、"可愛い女の子"って意味で呼ぶ"Chicca"とか。

 ロシアンが、子どもの名前の下にチカってつけると、"可愛い子"っていう愛称になるとか。

 そういうの含めて、二花の呼ぶチカは、“可愛いヤツ”って意味合いもあったと思うけど。」

 

あたし、何も考えずに勢いでつい呼んじゃったけど。
何か、好きなの、チカって響きが。

チカはあたしの顔を見て、微笑んだ。

 

「My mum calld me "chicca". She was difficult to pronounce "Touchika".」

 

チカは前髪を掻き上げる。
少し涼しくなった潮の匂いのする夜風に、心地好い冬の懐かしさを感じる。

 

「彼女が“登規”って呼ぶと、どうしても、“トーチカ”になるんだ。

 俺の父親は母親に、違う!“トーチカ”じゃない、“トウチカ”だ!って怒ってたみたいで、

 腹が立った母は、俺をチカって呼ぶようにしたそうだよ。バカバカしい話。」

 

クスクス笑いながら、でも、とても愛おしそうに、その想い出を語る。

 

「だから、チカって呼ばれるのは慣れてる。むしろ、嬉しい……お前にそう呼ばれて、嬉しい。

 いきなり、瑠璃ちゃんがチカって呼び出して、俺はすっげえ嬉しかったの。」

 

凄く照れている。
でも、本当に嬉しそうな笑顔、弾んだ声。

 

「良かった!じゃあ、チカって安心して呼ぶ。」

 

「登規さん、もね。お願い。萌える、それ。」

 

「うふっ。登規さん。チカ、愛してるわ。」

 

「……Maybe then, reincarnation? ……」

 

「えっ?」

 

小声の早口の喋りが、瑠璃には聴き取れなかった。

今の瑠璃に判るのは、チカは母語が英語で、母親は亡くなっていて、そしてチカはマザコンだという事。

謎の人……でも、これからゆっくり、あなたという人が判ればいい。

 

「こっちに座って。」

 

後部座席の助手席側にと指図された瑠璃は、不思議そうにして、そこに座る。
そしてチカは、横の運転席側に座ってくる。
瑠璃にぴたりと寄る。

左肩を抱き、瑠璃の左側の長い髪を右指でうなじから掻き上げ、瑠璃の後頭部をチカの右胸に乗せる。
ふーっと、瑠璃の左首と耳元に息を吹きかける。

 

「あっーあーっ。」

 

瑠璃の小刻みな動きに、チカは更に熱い息を掛けた。

 

「あっ………。」

 

瑠璃の、はあはあという息遣いと、びくんびくんとした身体の動きに、チカの息遣いも荒くなる。
チカの鼓動が、どんどん早くなる。

 

「これだけでイケちゃうのか。便利な身体だな。」

 

震えが落ち着いてきてから、瑠璃は指でチカの顎を押さえ、自分の顔に向かせる。

 

「女が子宮で物を考えるというのが、よおく判る。」

 

瑠璃の潤んだ流し眼、そそる吐息、艷やかな唇。

 

「どうして?」

 

チカの熱い視線。熱い息遣い、熱い指先。

 

「トウチカ!あなたの遺伝子が欲しくて溜まらない!」

 

その瑠璃の言葉に、チカは震える。

 

「注ぎ込んでやるよ、たっぷり、お前の中に、そのうち。」

 

そのチカの言葉に、瑠璃は身体の奥から震える。

 

「早くっ!」

 

「焦るな。」

 

「早く欲しいっ。」

 

涙を流して、チカの首にしがみつく。

 

「お前はもう、俺無しでは生きていけないな?」

 

チカの低い声。

 

「ええ。チカ無しでは、生きていけない!だからっ!」

 

気持ちよく、あなたに狂う。

 

「じゃあ、俺の子どもを産め。」

 

「ええっ!チカの子どもが欲しい!早くっ!」

 

とても欲しい。

あなたの子どもを産みたい。

 

「その前に、たっぷり、愛させろよ?お前を感じたい。

 お前の中で、お前を感じたい。お前の中でイカせたい。」

 

耳元での熱い囁き。
あたし、溶けてしまう。

 

「早く……感じたい、チカを。あたしの中で。」

 

「待ってろ。」

 

あたしは、あなたの言いなり。
心地好い、言いなり。
だから、待つわ。
あなたがあたしの中に入るのを。
あなたのタイミングで、して。

 

もう、どちらの震えか判らない。
呼吸も乱れ捲り、動悸が激しい。
身体中が熱い。

 

「I love you.…… I love you.…… I love you.… myone.

 You make me so hot! I met you, I fell for you, now I love you, and I can’t stop!」

 

チカの囁きに、考える事が何も出来なくなって、すっかり身体をチカに預けた。
こんなに言いなりにさせられて、あたしはしあわせ、だから。

 

帰り道、ずっと瑠璃は熱い吐息だった。
それを聴きながら、チカも肩が上下するくらい呼吸が荒くなりながら、運転をしていた。
チカのそのキツい眼が時折映るバックミラーを確認しながら、瑠璃は更に息を激しくしていった。

 

 

……………………………………………………………………………

 

 

 

彼女を初めて見たのは、その娘が小学五年生の時だった。
両親のどちらにも似ているその美少女は、神が設けた神秘だった。

 

椎也の遺伝子サイコー!
南藤実花の遺伝子サイコー!

 

実花さんを家に送っていき、その娘が現れ微笑んで会釈してくれると、天にも昇る気分だった。

ある時から、彼女は俺に微笑まなくなった。
代わりに、とてつもなく鋭い睨みをくれるよ
うになった。


何て眼をしているんだろう。
こんな眼が出せるこの娘を、ここで平凡に終わらせたくない。
その想いが強まっていく。

 

いつだったか実花さんは、瑠璃が二花を好きだったのと話してくれた。
それでか。
合点がいった。
二花が愛した俺を、彼女は許さないのか。

 

なら、彼女を無茶苦茶にしてやろうと思ったんだ。
彼女が二花を想うなら、俺は実花さんの娘である彼女を、思う存分、滅茶苦茶にしてやろうと思った。
想像の中で、だけど。

 

彼女は成長期で、どんどん身長も伸び、胸も飛び出てきた。
そして、愛らしい彼女は二花の女になった。
新しい玩具を手に入れた二花は、彼女に夢中だった。

だから、余計に、この憎たらしい娘を無茶苦茶にしてやりたくなった。

 

この娘の眼に震えながら、これを世間に見せまくりたいと、願った。
ティーンズ雑誌のモデルで終わるだなんて、勿体無いと思った。
この娘を放っておけない、とも思った。
俺が何とかしなくては、と神に祈るような気分になった。

 

苛立ちの中、俺を睨みつけて、平手打ちをしてくる彼女を見据えた。
その手首を掴んだその時に、奇妙な感覚が生まれた。

 

「それが恋の始まり、だったんだろうな。きっと。」

 

ふぅっと、チカは熱い息を吐いた。

 

「気持ち良く語ってるから、止めたら悪いと思って止めなかったけど。

 最初の段階で、えっ?とツッコミたかった。そこまで遡るとは思わなかったよ。」

 

後部座席の瑠璃は、苦笑していた。

 

「どうせお前は、俺との出逢いを憶えてないだろうけどー。」

 

バックミラーに映ったチカは、せせら笑った眼をしていた。

 

「何となく……かな。」

 

「平凡な顔の俺に特徴は無いからな。」

 

でも、笑った顔が可愛いの。
そして、色気が凄いの。
瑠璃は勝手に赤くなっていた。

 

「でもね。二花くんがそんなに夢中になる男って、

 どんな男なんだろうって興味津々だったんだな、きっと。今にして思えばね。」

 

だから、よく見ていたのだと思う。
イヤだと思いながら、憎みながら、チカを見てしまっていた。

 

ファッション雑誌の春モードの撮影をしてきた十二月の頭。
通り過ぎる街中は青い光のクリスマスイルミネーションが煌めいていた。

前にネックレスを買ってくれる時に、クリスマスと誕生日があるって、チカは言った。
きっと、しっかりイベント毎のプレゼントを考えてくれているんだな、と考えると胸とお腹が熱くなる。

 

「俺の母親は、十二歳で俺を産んだんだ。」

 

窓の外の冬模様を眺めていたら、とんでもない発言を急に耳にしてしまった。

 

「えっ?じゅうにーっ!えっ?」

 

思わず、運転席の座席にしがみつく。

 

「だから、ロリコンは遺伝なんだ、なんて単純な話じゃないからなあ。よく続きを聞いとけよ。」

 

「何かもう、衝撃的過ぎて何も言えないけど。」

 

それだけでもう、お腹いっぱいな感じ。
車はそのまま有料道路に入っていった。

 

「彼女は、この男の子どもが欲しいと思ったから、父を押し倒した、と言ってたよ。

 十一の少女がだぜ?そんだけ自由奔放で破天荒な人だった、という情報。」

 

くらくらしてきた。
ああ、でも、その衝動は、よく判る。
判るけれど、瑠璃はそこまでは出来ない。

 

「父は家庭が既にある人だったし。でも、彼女は全く意に介さなかった。

 恋に落ちるって、年齢も国籍も倫理も文化も環境も全て越えてしまうものなんだって、

 幼い俺はそれを聞いて恐ろしくなったよ。」

 

いちばん憎い筈のチカに恋にした。
進んでいく気持ちを止められようが無かった。
許されない恋だとしても。
この男に触れられたいと切に願った。
美しいものであり、恐ろしいものでもある、恋。

 

「まさか、男に恋するとは思わないし。

 そいつの女を、ましてやマネージメントしてるJCに入れ上げるとは想像も出来ないし。

 恋は恐ろしいもんだよ……でも、俺の人生、最高だな。

 ドラマチックに楽しく生きられるよ。後悔は、ちっともしない。

 俺はようやく、母の言った事が理解出来た。

 My life, it was fun best!

 彼女はそう言って、死んだよ。ホント、自由な人だった。 」

 

「チカ、ホントしてない?後悔。」

 

女子中学生と、しかもマネージメントしてる娘と恋をしてるという、危うい縁にいること。

 

「ぜーんぜん。お前を離したら後悔するけど。」

 

「うん……。」

 

自信満々なチカの答えに、瑠璃は涙ぐんで頷いた。

 

「でな、」

 

「何処までヒートアップするの?チカの生い立ち話は。」

 

「黙って聞けーっ。続きはまた、で、今日は終わらせねえから。」

 

出来れば、続きはまた、にして欲しい。

 

「彼女は二十一で死んだから、俺には母という人は、少女、という面影しかない。

 姉弟みたいだったな、俺たちの見た目は。いろんなトコ、行ったよ、ふたりで。」

 

嬉しそうに語る。
どうして、今日は今まで躊躇してた話を、どんどんするのだろう。

 

「ロンドンと香港とを行ったり来たりしつ、世界を廻った。学校なんて行かなくていい、

 というのが彼女の主張だった。ロンドンでは家庭教師がいたけど。

 人種差別が当たり前の国で、黒髪で東欧系の顔立ちの彼女は、そんな大人を傅かせていた。」

 

もう話のスケールについてけない。
要するに、お坊っちゃん育ちなんだ。
上流階級出身なんだ。

 

「返還前の香港はもっと雑多としていて、彼女はそれを好んだ。

 アレが人間の本来の姿だ、と笑っていた。

 だから、俺は雑多な場所が好きだ。

 でも、ロンドンの整った街並みも美しくて、俺は大好きだ。」

 

「それで、どうして、チカは日本に?」

 

瑠璃の問いに、チカは優しく微笑んだ。

 

「 She went to heaven when I was 9.

 So, I came to Japan is a country of my dad at that time. 」

 

だから余計に、マザコンなんだと思う。

 

「全然判んないと思うだろうけど、俺、半分、日本人じゃないよ。」

 

「話の流れからすると、そうだろうけどね。」

 

「そんな日本人顔なのにって思ったろ?」

 

「思ってません。」

 

でも、クスクス笑ってしまう。

 

「もーいいよ。それで苦労したけど。」

 

チカは後ろから差し出してきた瑠璃の右手を取り、左手で握る。
そして、指を絡める。

 

「その半分もイングリッシュとスパニッシュとだけど。

 祖母も自由過ぎて、スパニッシュと一晩の恋に落ちたって、母を産んだんだよね。

 祖母以外に誰も見た事もないそのスパニッシュは多分、

 東欧か中央アジアか東洋かの血が入ってんだろうって予想出来る。母の顔からすると。」

 

「何なの?チカの母方の血筋は。」

 

呆れて言い放つ。

 

「うん。だから、お前から女の子生まれたら大変だよ?

 どんだけ強調された情熱系になるか。」

 

想像して顔が赤らむ。

 

「でさ。父には家庭があったからさ。

 父の姉夫婦が長い事子どもを授からなくて、そんで俺はその養子になったワケ。」

 

強い強い指の力。

 

「日本に来た時、俺は日本語を片言しか話せなくて、でもこの外見だから苦労したよ。」

 

「よくまあ、そんなに達者に話せるようになったねえ。」

 

「アニメは凄いぞ。日本のアニメ、サイコー!俺はアニメと漫画で日本語を取得した!」

 

勝ち誇ったような顔で、バックミラー越しに瑠璃を見やる。

 

「だから、“お嬢”なんて、フツーじゃない、漫画チックな呼び方を思いつくのか。」

 

「Of course! 」

 

何で、こっちが照れるのか。

 

「言葉も通じない、文化も違うトコに来て、大変だったけど、楽しかったよ、それからの人生も。

 初めて通った学校も楽しかったし、義理の両親も本当の子どもとして育ててくれたし。また、いつか逢ってくれよ。」

 

可愛い笑顔。

 

「うん。紹介してね。……ホントのダットにもね。」

 

「いや。アイツにはお前を逢わさない。」

 

きっぱり、言い張った。

 

「仲悪いの?ダットと。」

 

「そーでもないよ。」

 

なら、何よ。

 

「その前に、お前のパパとママに、ちゃんと挨拶しないとなあ。」

 

両肩を上げる。

 

「どう説明したらいいか、悩んでるの?」

 

「それだよ。交際の報告するのは嫌じゃないけど。さて、何処から話す?

 きちんと初めから説明する?ふたりして二花を裏切った処から?」

 

裏切った。
その言葉が重く伸し掛かる。
瑠璃の歪んだ顔を見て、チカは息を強く吐いた。

 

「また、な。この話は。で、長々と生い立ちを改めて瑠璃ちゃんに話したのは、

 お前から金髪碧眼の子どもが産まれても、びっくりしないでねっと伝えたくて。

 祖母は金髪碧眼だからさ。そんな子が産まれても、俺はお前が浮気したんじゃないって知ってるから。」

 

「あっ……そう。」

 

とても具体的で赤くなる。
チカはとても現実的に、あたしたちの子どもの事を語る。
すごく現実的に、結婚を考えてる。
涙が出そう。
この男が、大好き!

 

「子どもと言えば、そうそう。俺、年明けに引っ越しするんだ。」

 

「そうなの?」

 

どうして引っ越しが子どもからの連想なのかは判らないけど。

 

「ずっと探してたんだよ。セキュリティがしっかりしてるトコが、まず第一条件で。

 でも、間取りは俺の給料から払ってける許容内で。

 そしたら都心は難しくて。いや待て、実家に近い方が安心じゃね?って考えて。」

 

「実家?チカの?」

 

何だか訳の判らない連想ゲームを聞いてるみたい。

 

「お前のだよ。何かと実家に近い方が安心でしょ?」

 

「えっ……?」

 

それって。
もしかして。

 

「あ、あたしと暮らす為の部屋を、探してたの?」

 

「そうだよ。」

 

当たり前じゃん。
何言ってるの?
というような顔をされた。

 

「えっ?結婚出来るまで、まだ二年あるのに?」

 

でも、すごく嬉しい。
顔がどんどん赤くなっていく。

 

「お前は甘い!何かと金がかかるんだよー結婚は。

 ちょこちょこ用意してかないとムリなの、俺の給料じゃあ。

 まずは住環境を整える。……二部屋しかなくて、ごめんだけど。」

 

チカもつられて赤くなっていく。

 

「お前が気軽に遊びに来れるようなトコに越したくて。そしたら、結婚して住む場所でいいじゃんって、気づいて。」

 

「なら、瑠璃に言ってくれたら良かったのにーっ。瑠璃の意見も聞かないで、決めちゃったの?」

 

新婚生活に適した場所じゃないと……なんて。

 

「きっと、お前も気にいるし。」

 

恥ずかしそうに笑っているチカ。

 

「俺もまとまった休みが年末年始だけだし。ホントは年末が良かったんだけどなー年末はムリって。

 で、年明け二日に。でもさー、森下家は年明けはいつも、実花さんの実家に行くんだよなー。

 手伝って欲しかったのになー。あーあ。」

 

それって。

 

「でも、売れっ子モデルに手伝ってなんて、アレかなあ?」

 

嫌味。

 

「あー来年はちょっと、遅れてこうかなあ、あたしだけ。おじいちゃんち。」

 

惚けて言う。

 

「マジで?どうやって行くの?」

 

ニヤニヤしてる。

 

「新幹線と電車でえ?しかない。」

 

「人が集まるよ。森下瑠璃だって。そのおっぱいと身長じゃあ、変装しても、すぐバレちゃうしな。

 どうやって、ひとりで対処するの?外国人に変装しないと、ムリだよ、お前。」

 

「何とか善処します。」

 

「ふーん。」

 

その嘲笑。
ああ、もうっ。

 

「瑠璃が手伝うから、登規さん、送ってって、ください。」

 

「いいよ。」

 

勝利のポーズ。
何で、あたしがお願いしてんの?

 

「たのしみだねーっ。」

 

満面の笑み。
仕方無い。
こんなドSなチカが好きだから。

 

「じゃあ、親に何て説明するの?」

 

「友だちと遊びたい、とかかなあ。」

 

「ちゃんと言える?で、どうして俺に送って貰う事になるの?」

 

うっ。

 

「やっぱりさ、嘘はいけないよね。話そうか、ちゃんと。で、許可貰おうよ、きちんと。」

 

真面目な、真っ直ぐな視線。

 

「どうやって、話すの?」

 

「作戦考えます。なるべく早くね。」

 

「はい……。」

 

安心して返事をする。

 

「瑠璃ちゃん、勝ち気なのに、こういう時、やけに素直になるよね。」

 

すぐに、ニヤニヤ顔になる。

 

「あたしは、だって。」

 

「俺の言いなり?」

 

「はい……。」

 

絡んだ指の力が強まる。
こういう、遣り取りが嬉しいの。

 

「確認だよ?まだ、プロポーズじゃないよ?俺と結婚したい?」

 

意地悪。

 

「瑠璃は結婚したいの、登規さんと。」

 

「よし、イイコだ。」

 

有料道路を降りる。
その時に手を離した。

 

「俺もなあ、家事全部してやるって言いたいとこだけど、一緒に動いてるとなあ。

 全部はムリなんだよな。そこら辺、どうするか悩んでんだよ。」

 

深刻な顔をしている。

 

「チカ、何かと妄想が勝手にどんどん進むよね。」

 

「だって、大切な事だろ?大恋愛で結婚して、実際に生活したら、やっぱりダメでしたーってパターンは嫌だからな。」

 

それは勿論だけど。
チカみたいに、先を考え過ぎてたら疲れちゃう。

 

「ねえ、チカ。」

 

「ん?」

 

外は冬の景色。
チカとこうして過ごし出して、季節が随分変わった。
苦しい事を越えて、あたしたち、しあわせでいいんだよね?

 

「キス、して。」

 

チカの肩が動く。
後ろから見てたって、ちゃんと判る。

 

「ダーメ。」

 

「キスくらい、いいじゃない。」

 

「くらい、じゃないよ。それをしたら、始まっちゃうんだよ。何より大事なものだよ。」

 

「あたしは、いいのに。始まって。」

 

「……。」

 

そこで、無言?

車が家の前に着く。
あとどれくらい、あたしたち我慢したら、一緒の家に帰れるのかな?

 

「キスしてくんなきゃ、降りない。」

 

「またまた、駄々っ子が始まった。」

 

笑ってるけど、本当は笑ってない。

 

「しょーがないなあ。」

 

車を降りて、後部座席に廻る。
コンコンと後部座席の運転席側の窓を叩いてきたチカは、眼を閉じて、ウィンドウに唇をつける。
瑠璃はそれを見て、その唇が当たっている場所に、そっと唇を重ねる。
ウィンドウ越しに。

 

唇が離れて、チカはニヤニヤしていた。
チカは後部座席のドアを開ける。

 

「全然、気持ち良くないんですけどっ。」

 

唇を手の甲で押さえて、瑠璃は怒って出てくる。

 

「だろーっ?コレはドラマで観ればロマンチックだけど、

 実際にやる方は、なーんも感じないんだよっ。ざんねーんっ!hahaha!」

 

「もーっ!チカぁっ!」

 

チカの手を掴んで、チカの胸元を叩く。
そして、そっとチカの肩に額を乗せる。
あっ。

 

瞬間で、そのまま硬直した瑠璃を不思議に思い、チカは瑠璃の眼線の方向を軽く振り返った。

 

「あっ。」

 

家屋の角に、知愛を抱いて立ち尽くしている
椎也と実花の姿がそこにあった。

 

やってしまった……。
チカはその格好のまま、苦笑するしかなかった。

 

 

 

トーチカ~瑠璃シーン③後編に続く

……………………………………………………………………………

 

 

 

 

あー。
ドキドキした。
わたしがどれだけ、驚いたか。
あのシーン、判りますか?
あれはあの人たちのプレイです。
実際に子どもが産めるかどうかの話ではないので。

 

それでも、それなりに楽しい場面をようやく書けて、よかった。

果たして、このままラブラブなまま、二年後を迎えるのか?

 

チカの生い立ちも
もーお腹いっぱいです。

ハロルド山田のように
(ハロルド山田が判る人はマニアック。)
胡散臭い真実を知ると、
人はそれと今までを夢のように思います。

 

寝てないのに、あれを書いたあとは、一寝入りして、

夢を見たような気持ちになりました。
あれ、夢だったよねって、なかったことにするの。

 

その胡散臭い現実から、過去を振り返ると、
チカは実花を小バカにして、ひとり楽しんでたと。
ドS加減が、そこも見えてくるのですよ。

 

この回から、ゆっくりペースで書くつもりが、例のおかげで早送りに。

まあ、火星双子座の、時期だから。

 

チカは自分でちゃんと台詞を決めるので、

I love you.以外の

愛の囁きを言わそうと思っても、

どうしても、オーソドックスなI love you.が好きです。

 

my sweet も my one も,いきなり言い出しました。

だから、あとから調べたのー。

実際に、こう呼びかけるのか。

オーソドックスではないけど、パートナーにこの呼びかけもあるようです。

 

照れますよね、こんな事、実際に言われたら。

どう、呼ばれたいですか?

 

神楽シーン③の裏側

こちらではどんな騒動になったのか

これを、次回お送りします。

 

お読みくださり、真にありがとうございます。

 

実になる花~追伸④。

アメブロで消されてしまったお話の掲載です。

ここまで来てくださり、真にありがとうございます。





今日もお話です。 続きものです。 実になる花~追伸①からどうぞ。 性描写がありますので、苦手な方、嫌悪感の ある方は決して読まないでくださいね。 人は罪を作りたがります。 そして、自分で罰しています。 罰する事で 同じところから抜け出せなくなる。 はたまた、身体もそうですが、 歪みがある と治そうとしますね。 果たして、治さないといけないものですか? 治そうとすることは それが悪いものだという意識があるからで す。 わかりやすく言えば 歪み自体が悪いのではなく 悪いと思うことが悪い、ですね。 本来は、良いも悪いない。 それが自分だと真から認めることで 何かが始まります。 自分というものも幻想ですが ……。
起承転結の結です。 とりあえずの結、です。


実になる花~追伸② 実になる花~追伸③





実になる花~追伸④

四、藤



連絡が来ない相手に連絡を入れる時に、どの
ような挨拶から始めればいいのか、とても悩
む。

拝啓、春暖の候、貴社益々ご発展の事と、お
慶び申し上げます。では、形式張って嫌味だ
し。
ご主人さま、息子の誕生日が近づいて参りま
したが、いかがお考えでしょうか。では、嫌
味が効いてないし。
元気いっぱいアンパンマン!では、抜け過ぎ
だし。

実花は、スマートフォンの画面を見つめ続け
てて三十分、また、何も出来なかった。
珈琲を淹れようか、オレンジジュースにしよ
うか選択しないままキッチンに入ろうと立ち
上がった処で、インターフォンが鳴った。
来客映像を見やって、眼が飛び出そうになっ
た。慌てて、玄関に向かう。

「何で?」

ドアを開けて、その顔を真っ直ぐ見つめた。

「お前、冒頭の挨拶が、まず違うだろ?」

「いやいやいや、来てるの言ってくれとれば
迎えに行ったのに。」

「寄り道しながらフラフラだから、いーんだ
よ。俺が四年間暮らしてた地だぞ。」

ほら、と、二花は土産の紙袋を渡した。

「わーい。ありがとう。実花の好きな竹
輪!」

「竹輪歓迎じゃなくて、俺はどうなの?」

実花はとびっきりに笑いながら、二花を招き
入れた。

「主人不在の時に男の人入れたら問題だけ
ど、まあ、どうぞ。」

「問題にするかしないかは、どうでもいいけ
どな。」

二花が、この家で好きな場所はサンルーム
だ。
今の季節は日中とても暑くなっているので、
風を通してある。

「ちょうど珈琲淹れようかと思っとったの。
待っとって。」

「元気そうで。」

去り行く処を、二花は何気に声を掛ける。

「うん。元気よ。夫は帰ってきませんけど。
」

さわやかな笑みを残して、実花はキッチンに
向かって行った。
二花は椅子に深く腰掛け、フーッと息を上に
吹いた。

珈琲を持って帰ってきた実花は、皿に竹輪を
載せてきた。

「珈琲のお供にどうぞ。」

「合うかどうかは判らないけどな。」

二花は普通に呟いた。

「いきなり来ても、実花、居ない可能性の方
が大きいじゃん。どうしたの?」

「大丈夫。実花のスケジュールは網羅して
る。」

二花は珈琲カップの取っ手を掴んで口に運ん
だ。

「えっ?」

知らんぷりして、二花は珈琲を飲んでいた。

「そんな、まさか。」

とぼけている二花を凝視した。

「あなたって人は。」

おかしいと思った。
必要も無いのに、マネージャーの吉田から、
今何処に居ますか?と一時間前に電話があっ
た。

「あれ ……一ヶ月前だよな。あの時は確実に
吉田くんとあなたは赤の他人で。しかも、あ
の子ノンケだったよ。」

「世の中って狭いね。」

実花はテーブルに突っ伏した。

「何がしたいの?どうしたいの?二花くん。
」

「だから、本当に偶然だって。」

「偶然で出逢うかやー?ということは、だっ
て、何回も東京に来てたんでしょ?」

「まあね。」

「何で、実花に黙っとるかやあ。」

もしかしたら。
二花は実花に黙って椎也と逢っている。
何をしに、何の話をしに、なんだろう。
ゾクッとした。

「最近は仕事どうだ?」

二花のしらっとした様子に、実花はイガイガ
する感じを全面に出した。

「あなたの知っている通り、コマーシャル二
本、新規契約と相成りました。夫は帰ってき
ませんけど。」

椎也の隠し子報道での実花の誠実な態度が、
逆に実花の好印象となった。
玩具メーカーの柔らかい印象のCM一本。
新進気鋭の国内ファッションブランドのイ
メージキャラクター、大人カッコイイCM一
本。
特に国内ブランドの渋いイメージが、実花の
今までとは異なる一面を出せて、新しいビ
ジョンに心躍らせている。

「2クール医療ドラマのゲスト出演が決まり
ました。夫は帰ってきませんけど。」

「好調だね。」

他にもオファーはあったが、断った。内容は
嫌いでもないけれど、ピンとこなかった作品
だ。

「このまま夫が帰ってこない可能性が高かっ
たので、早朝から深夜の長時間撮影にはしな
いように配慮して貰いました。」

「そんな仕事あったら、いつも通り、俺に
頼ってもいいよね。」

「そうですね!」

声を荒げてから、実花はサンルームの外の景
色を見上げた。少し眩しくて、眼を細める。
手入れがし易い樹々を多く植えて、外に出な
くても、いつでも気持ちが落ち着けるように
した。

「でもねえ。今のペースは、すごくいい。朝
起きてご飯作って、子どもたち送り出して。
お掃除して、翠ちゃんと遊んで、録画観た
り、本読んだり、散歩行ったり。そんで、子
どもたち帰ってきて、おやつ食べながら学校
の話聞いて。ご飯作って。なーんか、ゆった
り出来るのか忙しいのか判んないけど、い
い。夫は帰ってきませんけど。」

「うん、判る、ソレ。」

「二花くんも主婦業するもんね。でさあ、子
どもたちを家で迎えるって、気持ちが落ち着
くね。穏やかだね。なあんで、瑠璃が低学年
の頃に、それしてあげんかったかなあ。損し
たわ。」

「それはそれで、得るものがいっぱいあった
ろ?」

二花の、この万人受けする優しい目つきが好
きだ。

「このまま、かなあ。」

実花は両腕を伸ばして、欠伸をした。
有り難い事に仕事は卒なく入るが、未だに自
分が今後どうしたいのか、どういう仕事をし
ていきたいのか、確たるビジョンが浮かばな
い。
浮かばないから、椎也に連絡できない。

「実花、お前の出てるバラエティとか観てる
と、たまに方言抜けるな。今もだけど。で、
喋ってて自分で途中で気づいて、徐々に入れ
てくんだよな、方言。」

「そんな事、ないら。」

「そんな事、あるよ。」

二花は冷めてきた珈琲を含んだ。

「そういう計算高いとこ、俺は好きだよ。」

「計算しとらんわ。」

実花は鼻息を荒くして、二花の脚を蹴った。

「二花くん程、方言使わん東三河人もおらん
ね。」

「俺は使わないよ。」

珈琲を飲み干し、二花は立ち上がった。

「波乗ってこよっかな。」

二花のサーフィン道具が、何故かこの家に置
いてある。
この家に居る時に、近い海に、いつでも行け
るように。

「竹輪、食べとらんよ。」

実花も立ち上がり、竹輪の載った皿を二花に
押しやる。

「俺は珈琲と一緒に竹輪は食べんよ。」

実花が、ん?と顔を二花に向けると、二花は
実花の肩を軽く押した。
実花がサンルームの窓に、カタンと寄り掛
かった。

「壁どーん。」

二花は窓に手をやり、窓際の実花に、にじり
寄る。

「二花くん ……。」

そう身長差が無いので、近い処で真っ直ぐ視
線が合った。

「煙草臭い。」

「そうか?」

「また吸い始めたの?」

「まあね。」

「やめといた方がいいのに。」

「ここでは吸わないよ。」

「当たり前だよ。」

「吸ってくる。」

しばらく見つめ合い、二花は腕を戻した。

「椎也なら、家中にカメラ隠してあるかと
思ったんだ。」

「それは実花も考えてた!家中、いろんな処
で手を振ったりしとる。」

「同じ事考えてたな。」

実花の頭をポンポンと叩いた。

「すごい前に、二花くんのお母さん、死ぬ時
に『ごめんね。』て言ったって言ったね。」

脈絡も無く聞いてみた。

「そうだね。父親に迫られる俺に嫉妬して、
散々、俺を殺そうとしといて、死ぬ時にそれ
は無いよなあ。」

「知っとる?」

歩み出した二花の背中に、問いかけてみた。

「知ってるよ。」

二花は立ち止まり、首を実花に曲げた。

「俺のお前だろ。お前の俺か?ま、どっちで
もいいや。」

「そんなあなたが、吉田くんと関係持つのは
怖いです。」

「他意は無いよ。ほんと、偶然。」

「あっ。」

今まで気づかなかった盲点。

「今頃、気づいたのか?」

「えっ?えっ?えっ?」

「そうだよー。」

二花は戯けて、去って行った。


……………………………………………………………………………

「可愛いなぁ、こいつっ!」 二花は翠を抱いて、楽しそうに戯れていた。 「二花くん、猫の扱いが上手いのねえ!」 瑠璃が賞賛の声を挙げた。 「俺は全ての動物の気持ちが判るんだよ。」 抱き上げた翠を自分の顔に近づけて、ニャー とはしゃぐ。 「えっ?すごーい!」 二花の隣りに座り、瑠璃は手を叩いた。 「二花くんは、時々、真面目な顔して嘘言う よ。」 「嘘なの?」 実花の言葉に、瑠璃は二花の顔を覗いた。 「君のママは大人になって、心が濁ってし まったんだね。」 「ええ、ドロドロ!」 実花は眼を釣り上げて、台拭きをポンとカウ ンターに置いた。 「ねえ。」 カーペットに座りハンディゲームをしていた 幹也が振り向いた。 「ん?」 「二花くんが、うちのパパになるの?」 とんでもない発言に、二花はプッと笑い出し た。 「ダメよ、そんなの!」 「やだやあ、それは。」 瑠璃と実花の発言が被った。 「ダメかあ?俺、瑠璃のおむつ替えてたんだ けどなあ。」 二花は笑いながら、横の瑠璃に向いた。 実花の発言は無視したようだ。 「あっ、ほら。うちのパパはパパだけだも ん。」 瑠璃は頬を赤らめて下を向いた。 「そう、パパに言いなよ。」 二花は自分のスマートフォンを取り出し、瑠 璃に渡そうとした。 「お風呂行ってくる!」 瑠璃は駆け出して行ってしまった。 「この作戦、練ればいけそうじゃない?」 二花は実花を見やった。 「なら、いいけどねー。」 実花は二花を見ないで、二花から翠を取り上 げた。 「でも、その線いいと思うよ、俺も。パパ、 女には臆病だよね。ママと姉ちゃんの機嫌、 いつも気にしてるもん。」 ゲームをしながら視線を動かさず、幹也は 放った。 「男目線だねえ。」 二花は幹也の隣りに移動した。 「そう?機嫌伺ってる風には感じたことない けど。」 「男は気にするんだよ。椎也は特に臆病だ ね。基本的に今でも実花の一ファンの心持ち だし。憧れなんだよ、特別なんだよ、 実花は。」 「それは……今でも一緒にいるのが夢みたいだ とかは言ってるけど。」 「その真意、判ってないよ、実花は。」 幹也のゲームを見ながら、二花は続けた。 「だから、大きく見せたいんだって。憧れの 人に相応しい自分を演じたいんだ。椎也がデ ビューして格好つけてるの見て、俺は少し、 型だけ立派で中身はしょぼいお菓子のように 感じたんだけど。」 「よく、言ってることが判らんけど。」 実花は、唇を尖らせた。 「要は、しょぼい自分を恥じて、挽回するの に解決策が見つからなくて、どうしよ?どう しよ?って思考がエンドレスしてるって事。 ねっ。」 言葉の最後に、二花は幹也の背中を軽く叩い た。 「アイドルのママがすごい素敵だったての は、よくパパ話してるよー。初めてママと会 話した時、オーラが凄くて、可愛すぎてオド オドしちゃったって。」 幹也の言葉に、実花は当時を思い返した。 大型新人と謳われている椎也のイメージはキ ザっぽい印象だったが、初めて眼の前で歌っ ている姿を見て、実花は一目惚れした。 挨拶も、「どうも。南藤さんのファンです。 ご指導よろしくお願いします。」という、妬 ましいくらい淡々と落ち着いた雰囲気だっ た。 「オドオドの欠片もないよ。新人らしからぬ 迫力で堂々としてたよ。」 実花側の記憶。椎也側の記憶。 この食い違い。 「男は好きな女の前で格好つけるもんだよ、 ずっと。」 二花の言葉をぼんやり聞いていた。

……………………………………………………………………………

満点の星空とは言えないが、明かりの程よく 消えた街並みに、星は多く輝き瞬く。 夜にこうしてサンルームで夜空を見上げるの が好きだった。 家の中から物音がして、見えない姿を確認し たが、大人の足音と認識できた。 「眠れない?」 暗闇の中、現れた二花は、湯気の出てるマグ カップを両手に持っていた。 「実花がいるの気づいとった?」 「キッチンの照明がひとつ点いてたからね。 」 マグカップを受け取る。アルコールの香りが して、ブランデーのお湯割りだと知った。 「夜は冷えるぞ。」 「うん、ありがと。」 一口啜り、また空を見上げた。 「おじいちゃん家の星空には叶わない。」 「山は明りが少ないからなあ。ここでも海に 行くと凄いもんだよ。」 「海に行ってくるかぁ。」 「今は危ないから、やめなさい。」 「二花くんとでも?」 「何が出てくるか判らないぞ、夜の海は。俺 でも守りきれない海神が来るかもしれない。 」 ああ、そうか。実花は二花の苦い記憶に頷い た。 「よく一緒に山に入ってくれたねー二花く ん。」 「懐かしいなあ。」 二花は並んで座り、夜空のその先を見つめ た。 静かだ。 住宅はポツポツ建っているとはいえ、月の無 い真夜中の外は、闇が包み込む静寂だ。 「実花は何をしなくても、そこにいる男を惑 わすんだけど。お前の責任とかじゃなくて、 それが真実な。その、惑わすピークが判るよ うになった。」 声のトーンを抑えて、小さく語り出す。 「実花の匂いがあるんだよ。ああ、臭いとか じゃなく匂うとかじゃなく。野生の感でオス が判る、メスの匂い、みたいなの。聞こえる 人だけ感じる、超音波みたいなな。」 何の話をし出しているか、判らなかった。 「男とやってる時は、それが少し抑えられ る。余韻みたいな別の色気は出てるけどな。 」 「もしかして、その匂い嗅いでた?」 昼間の脈絡のない壁ドンは、その所為だった のか。 実花は二花の見上げている顔を、ぼんやり眺 めた。 「男気が少し離れると、やばいな。混じり気 のない、純粋な実花の香りになる。お前が襲 われそうになるのは、それだよ。」 「 ……防ぐには、やり続けるしかない?」 「そうだね。」 「じゃあ、今、凄く危険?」 「うん。」 「だから、防いだの?」 「言っとくけど、お前の犠牲になってる訳 じゃないからな、俺は。ちょうど、そうなっ てしまう。それだけ。」 二花の手に触れた。 「二花くんは、それでしあわせなの?」 「しあわせ、だろ。」 顔を下ろし、実花を見つめ、その指を握っ た。 「お前は、俺が実花を判るほど、俺が判らな いかもしれない。」 実花は指を握り返す。 「俺は誰よりも実花が判る。」 そのつないだ指を、二花は実花の頬に当て た。 「俺は実花の事が誰よりも理解できる。俺は お前。お前は俺。」 「うん。」 「そんなの恋愛ではないよな。互いに判らな いから、判ろうとするのが恋愛だから。」 「うん………。」 実花は握った手を、二花の頬に当てた。 「だったら、教えて。」 涙が零れ落ちてくる。 「この先を教えて!」 手を解き、二花は実花の頭を自分の肩に置い た。 「二花くんが大学で椎也に出逢って、週刊誌 ネタがあって、実花と逢わなくなって、で も。」 腕で実花の頭を抱きしめる。 「放っておいても、いつか、実花と椎也が出 逢うって確証があったから、二花くんは実花 から離れたんでしょう?」 全部、二花の筋書きだった。 実花が椎也に一目惚れしたのは、本当に、実 花の感情なの? 実花には、もう判らない。 「椎也が、南藤実花ってアイドルが凄すぎ るって騒ぎ出して、俺は、へえって相槌打っ てた。知り合いだとは言わなかった。椎也は いつか、実花を追うって感じたんだ。何も無 い処から這い上がって、手に入れてみろって 願ってた。」 あなたはあたし。あたしはあなたなの。 「そんな完璧なシナリオ作れるんなら、この 先がどうなるか、教えて!」 このままの生活が続いて、あれだけ執着して いたけれど、別に平気だな、と椎也が気づい て、そのまま帰らなくなる。 そんなのだったら、どうしよう。 実花は震えていた。 「この先は判らないよ。でも、判ることはひ とつ。」 愛おしい、愛おしい、愛おしい。 この感情を、どう説明したらいいのか、知ら ない。 二花は実花を抱きとめた。 「恋愛相手の事は判らない。判らないから、 理解しようとする。永遠に。」 呪文みたい。 実花は何だか笑えてきた。 「だから、信じるしかないんだよ。裏切られ ても、それでも離したくない気持ちがあるな ら、自分のその気持ち、信じるしか、ないん だよ。」 「ややこしいね。」 「何回もそれで泣くけどな。でも、誰よりも 自分が想う事、信じてやるしかない。」 「でも、椎也が戻ってこんかったら、実花、 危なくない?野生の香りで狙われやすいんで しょう?」 「まあね。」 二花は実花の眼を見据えた。 「そうだったら、俺が抱いてやる。」 何もこたえられなかった。いいとも、いやと も言えない。イヤでは無いからだ。 「じゃあ、明日が終わるまでに椎也が帰って こなかったら、覚悟しとけよ。」 「ここに来て、それ?その展開?」 「別の男でもいいぞ。存分に味わって来い よ。」 「そぉ、それは、さあ。」 最初から全てが二花の冗談だと思いたいの か、二花に委ねてしまう道もあると思いたい のか、よく判らなくなった。 他の男なんて、真っ平だ。 「それか。」 二花は実花の背中を軽く叩いた。 「椎也のとこ行って、跨がってこい。」 「えっ。」 「椎也を追い掛け回してた時を忘れたのか あ?あの根性は、どうした?」 振られても振られても、諦めず欲しがった。 隙を狙いまくっていた。 あの時の気持ち。 何にしろ、ゾクゾクしてきていた。


二花の大学時代の知り合いの知り合いとい う、地方劇団の芝居を観に来ていた。 二花に誘われ、子どもたちも連れて4人で観 ていた。 臨場感ある演技、客の反応で出てくるアドリ ブ。 実花は喰いつくように観続けた。 終演後、劇団長に、感動した旨の挨拶をした ら、驚いていたが喜んでくれていた。 「あー、いいねえ、舞台は。これから、お芝 居、いっぱい観よっと。」 茶髪のウェーブウイッグの毛を揺らしなが ら、身体が揺れながら歩く実花に、子どもた ちは微笑んでいた。 母の元気が出る事は、子どもたちにも嬉しい 事なのだ。 「おばあちゃんに、何買ってこうかあ?」 「シューマイ!」 「小籠包!」 「ママは豚まんがいいやあ。」 「それ、お前らが食べたいもんだろ?」 二花は笑いながら、親子の後ろを歩いてい た。 この後、椎也の母に子どもたちを預ける事に なっている。 二花の真意が読めず、実花は内心ドギマギし ていた。 実花を椎也の元に送り出そうとしているの か、それとも。 港からの風は、また外海とは異なる潮のきつ い香りがする。 港に近い人通りの少ない道を歩きながら、実 花はリズムを踏んだ。 どのみち、今夜、どうにかなるのだ。 その時、向こうを走ってくる人影に気づい た。 街灯に照らされ、その見覚えある姿に、実花 を手に持っていたバッグを落とした。 「パ ……パパ?」 一同の眼の前に、息をハァハァ切らして、膝 に手をついて、下半分を髭だらけにした顔を 上げる。 「 ……騙したな。」 息が上手く出来ず、椎也は咳をして、二花を 睨んだ。 「いや、俺はいつでも本気だよ。」 二花はニヤニヤして、瑠璃と幹也の背中を押 した。 ふたりは見合い、躊躇していたが、瑠璃が息 を呑んだ。 「パパ、あたしたちの事、嫌いになった?」 椎也は咳をしながら、首を大きく横に振っ た。 「帰ってきてよ!パパの家に。」 瑠璃の叫びに、椎也は子どもたちに近づい た。 ハァハァ言いながら、手を拡げて、ふたりを 抱きしめた。 「パパ、帰ってくるよね?」 幹也の言葉に、椎也は大きく頷く。 「帰るから ……。ごめんな、心配掛けて。」 子どもたちを強く抱きしめ、流れてくる涙を 拭えず、椎也は顔を上げてから、また、力を 込めた。 「瑠璃が酷い事言ったから、パパ、帰ってこ なくなったかと思ってたの!」 泣きじゃくる瑠璃に、椎也は頬を寄せる。 「そんな事ないよ。瑠璃は当たり前の事言っ たよ。帰ってこれなくなったのは、パパが臆 病なだけだよ。」 「ほら、言った通りでしょ?」 幹也は後ろで泣いて顔を押さえている母を見 やった。 椎也は顔を上げ、涙眼で実花を見つめた。 鼻水出てるよ、椎也。 浮かんだその言葉は発せられなかった。 「ほらっ。」 父の手を引いて、幹也は椎也を実花に向かせ た。 「ママ泣いてたんだからねっ!すごくすっご く泣いてたんだからっ!」 瑠璃が泣きながら叫んだ。 「あたしたちにごめんねって。ママ、悪くな いのにぃ。」 更に泣きじゃくった瑠璃を再度抱きしめ、背 中を擦ったあと、椎也は実花に向き直った。 泣きながら無言で見つめあったあと、椎也は 再度咳をして、額の汗を拭った。 「あのっ。」 口籠り、顔を赤らめ、眼を擦ったりして。見 守る誰もが苛ついてきた処で、椎也は頭を下 げた。 「南藤実花さん、あなただけを一生愛しま す。俺と、もう一度つきあってください。」 実花はその言葉に、声を出さずに笑い出し た。 「俺と、もう一回、結婚してください。」 実花は両手を拡げて、椎也に抱きついた。 「はい!」 笑顔で返事をして、椎也の頬を両手で挟み、 見上げる。 「照れてるのは、再プロポーズで?それと も、使い慣れない、俺?」 実花の腰を抱いて、椎也は顔を更に赤らめ た。 「どっちもだし、いろんな事が。」 笑いながら泣き出した実花は、椎也の胸に顔 を埋める。 「しーやの匂い、久しぶり。」 「実花の ……凄いな。」 「何が?」 「いやいやいや。」 軽くくちづけて、実花のウィッグの前髪を指 で直す。 「髭がチクチクする。」 「ごめんな。」 「髭が?」 「実花に愛想つかされてたらどうしようっ て、連絡もできなくなる臆病な男だけど。結 局、家族をこんなに泣かせちゃうけど。」 「帰ってくるなら、そんな事、もう許さんけ ど?裏切ったら去勢だけど?」 椎也は、ふっと笑った。 「いいよ。」 褐色の瞳が実花を捉える。 「実花に捧げる、僕の全部。」 「怖いよ、それ。」 でも、知っている。 その闇、受け取れるのはあたしだけ。 椎也に身体を開ける女は数多くいても、闇ま で身体ごと受け入れて、解放できるのは、あ たしだけだ。 そう確信した時に、グゥンと実花の心に、何 かが光った。 「怖い?」 実花の唇に軽くつけて、椎也は問う。 「怖いけど、実花は怖くない。」 「愛してるよ。」 赦しを与える。 実花の脳内に、そんな言葉が浮かんだ。 許してねって母たちの謝罪も全て、受け入れ る。 自分の血も、この男の血も、本当は受け継い ではいけないのではないか。 神に赦しを乞うように悩んだ時もあるけれ ど。 それでも、生きていく命の強さと美しさは、 懺悔など叶わない。 舌が絡む長いキスに、二花は瑠璃と幹也の肩 を叩いた。 「あれ、延々続くなるからな。お前たちには 悪いけど、おばあちゃんちに行ってもらう わ。」 「うん、仕方ない。」 幹也は普通に言いやった。 「何買うんだっけか?シューマイ?小籠包? 豚まん?」 「二花くんは何がいい?」 瑠璃は二花の腕を掴んだ。 「俺はサンマーメン。」 「お持ち帰りできなーい!」 笑いながら三人で歩いて行った。

……………………………………………………………………………

ベッドで抱き合ったまま、何度もキスをす る。 「チクチク慣れんやあ。」 「口と顎だけ残して剃るよ。」 「髭も剃る余裕無かった?」 「今回は唸ったなあ。詞も全然まとまらなく て。どうせだから、やんちゃ坊主キャラを押 そうと思ったら、余計か。」 「寂しくなかった?」 実花の言葉に、椎也は実花の首に唇を当て て、声を出さずに返事をした。 「実花はぁ、大変だったよ。」 「二花の甘言につられて、股を開きかけ て?」 「お前、殺ス。」 椎也の乳首に軽く噛みついた。 「まあ ……。二花が最初、何言い出したか判 らなかったけど、思い返したら、そうだった よ。実花が僕に言い寄ってきた時の
、メスの
強い匂いって言うのか。オスがメスに求愛す
る基準って子孫繁栄の本能だし。その子孫を
残す生殖力の高さの証が匂いなんだろうな。
」

「つまり、実花は生殖力の高い女だと。」

椎也の脇の辺りをチラチラ舐める。

「男狂わせは確かだよ。だからストーカーも
出てくるし。それ判ってたら、あの時、求め
てくる実花に、さっさとぶち込めば良かっ
た。」

実花の眼は、とろんと潤んできた。

「欲しかったよお、ほんと。」

「欲しそうに見てたもんな。上目遣いで。想
像だけでイキそうになってる女に、よく我慢
できたもんだよ、我ながら。」

椎也の上に乗っている実花の乳房を揉み、腰
を浮かせて実花に促した。
沈んでいった実花は、自分の指を銜え、声を
揚げながら、背中を反らせた。

「その場で押し倒して脚を開かすか、トイレ
連れてって後ろから入れるか、いつも妄想と
の戦いが酷くって、疲れたよ。」

「それなのに三年も待たせて ……。」

喘ぎながら、実花は椎也を見やった。その溶
けるような上からの眼差しが、椎也を更に興
奮させた。
腰を掴んで、下から突き上げた。
実花の声が部屋に響いた。

「今日の実花の匂いも濃くて、帰るまで我慢
できないかと焦った。入れた瞬間に果てるな
んて、初めてだ。」

家に着いて、玄関ですぐ、椎也は実花を求め
た。
すぐに、椎也は子どものように、ごめんと
謝った。

「他の男が狂わないようにじゃなく、僕だけ
が一生、美味しい実花を食べ続ける。」

気持ちが一生だなんて、誰も約束できない。
椎也の気持ちが萎えて、実花を取り残すしか
もしれないのに。
椎也は最初から結婚しようと言ってきたが、
実花は椎也の気持ちを信じられなかった。結
婚するつもりも、子どもを儲けるつもりも無
かった。
一生と言ったのに、飽きて捨てられて、絶望
するなら、期待しない。
愛してくれる今に賭けるしかない。

それから交際が長くなっていくと、誤解して
いたと気づいた。
つきあうまでの期間も、椎也なりに実花を
守ってくれていたのだから。
必死に守ろうとしているのだから。

実花は今、その一生に賭けてみようとしてい
る。

……………………………………………………………………………

「実花ちゃん、三人目、作らない?」 椎也は、気怠そうにしている実花の背中か ら、にこやかに話しかけた。 「妊娠して産むのが椎也なら、どうぞ。実花 にはムリ。」 「出来るもんなら、とっくに何人も産んでる ぞ。」 二人目も椎也の希望だった。 実花は、それよりも仕事に力を入れたかった が、妊娠してみると、思いの外、愛おしく なった。 「ムリムリ。」 最初から、椎也が避妊せずに挿入してしまう 事が多々あり、実花はピルを飲んでいた。 一人目の時は計画的にスケジュールを組み、 この時に妊娠出産を、としたら、すぐに妊娠 した。 二人目も椎也にしつこく言われて、スケ ジュールを緩くしてもらい、妊娠したら考え ようという気持ちでいたら、すぐに妊娠し た。 恐ろしいので、産後落ち着いてから、子宮内 に避妊具を装着してきた。 「考えといて。」 耳元で囁かれる。 実花の仕事の邪魔をしないと言ったばかりな のに、また勝手な事を言い出した。 どうしてか、椎也は子どもを多く欲しがる。 あの隠し子の時は、相手の女性に大丈夫だか らと言われ、訝しがる点もあったが、魔女の ような魅力に抗えず、避妊しなかった。 どの女にも避妊しない訳でなく、そこら辺は とても慎重だったが、実花には箍が外れた。 これも所謂「生殖力の高いメス」だからなの か。 オスの本能を掻き立てるのか。 実花は、自分を笑った。 野生では、生殖力の高いメスは、生殖力のよ り高いオスを選ぶからだ。 「それから。最初から疑ってることが、ひと つあって。」 「なんでしょうか?」 眠いので義務的に返事をする。 「実花の初めては、二花なんじゃないかっ て、僕はずっと疑ってる。」 一気に眠気が醒めるような問いだった。 「実花の初めては、実の父親だけど?」 「そうじゃなくて!」 椎也は実花の肩を掴み、顔を正面から見つめ た。 「そんな事、言わなくていいから。」 泣きそうな顔をしている。そんな椎也が可愛 くて、抱きしめた。 「ないない。危うかったのは確かだけど。ほ ら実花、あれ以来、凄く男欲しくなっとって さ。二花くんに懇願したのは確か。」 多感な時に、ふたりは出逢った。 抑えられない衝動に、実花は、何もかも理解 してくれる二花に頼んだ。 「俺のようになるな。銜えても銜えても、満 足する事はないんだからな。実花の本当の初 めては、大切に扱ってくれる、好きになった 男にしてもらえ。」 性虐待を受けた子どもはその後、性に狂う事 が間々ある。 虐待を受けた恐怖の記憶から、身体を守る為 に受け入れる事を、自分の欲求に変換する。 不特定多数を受け入れる事で自己の価値観を フォローする。 二花と本当に何も無かった訳ではない。微々 たる事。 二花が教えてくれた遣り方で、実花は欲求を 処理できたのだ。 でも、椎也には言わない。 誰にも言わない。一生。 「実花の初めては、同級生の子だよ。」 それでもきっと、椎也は何かを燻っている。 だから、死んでも、言わない。 「椎也は今日、何で全力疾走してきたの?」 「んんんー。」 照れて、枕に顔を埋めた。 「二花から実花のメスの匂いの事聞いて、マ ネージャーの事聞いて。それで二花が、今か らホテルに行って実花を抱くからって言いや がって。慌ててスタジオから駆け出して。」 「友人の嫁と情事だっていうのに、明確な場 所まで、ちゃんと伝えてきたんだね。」 舞台の終演後、二花は椎也に電話したのだろ う。 実花は微笑んだ。 結局、あなたがあたしを抱くというのは、有 り得ない嘘なのだ。 「頭に血が昇ってたから、疑わなかったんだ よ。」 「俺、は?」 身体中、赤くして、実花に舌を絡ませた。 「そう、俺はな。」 ヨシヨシと椎也の頭を撫でながら、椎也の激 しいくちづけを受ける。 「二花くんの、お陰ね。」 「そうだな ……。」 眠るつもりだったのに、また反応している。 あたしは、どれだけ、椎也を欲しがるのだろ う。 どこまで、椎也を欲しがるのだろう。 最後までこうして、抱き合っていたい。 シャワーのあと、キッチンで水を飲み干し、 翠の眼が開いているのを見つけた。 そのまま翠は動かないが、ずっと、緑色の瞳 は実花を捉えている。 嫉妬。 それは有るもの。 有りながらも、超える愛が芽生える。 赦しを受け入れる。 それが頭ではなく、身体でジワジワ歓びとな り、光の泡のように天へ旅立っていくイメー ジに包まれた。 「あたしは、もう、怖くないわ。」 緑色の瞳を見据え、言い据える。 全てを受け入れる。 その悦びに恍惚となっていた。 続く …………………………………………………………………………
実になる花~追伸の本編はここでおしまいです。 次の回はエピローグ。 溢れ笑い話集。 エロシーンはありません。 あの平成のバカップルも、 最初と最後で相も変わらず バカップル度にイラッとする感じですが、 (わたしはバカップル好きですけど。) ふたりの心持ちは随分変わったと、わたしは 感じております。 それは決意、とも言えるものかも。 共依存が悪い、 と杓子定規的に、わたしには思いません。 そこに身体の機能を損ねるような(虐待)表現 がある場合は、間を保つ緩衝材は必要ですが。


↑ここまでしか、保存した文章が残ってませんでした。

多分…



正そうとすると
明確な判断が出来ないまま
個々の意義での正義感で価値観を植えつけられ
それまた歪んでしまうのです。


ということを、書きました。


人間、失敗を重ねて閃いていき
植えつけられた価値観を脱いで
ラクに生きられるようになるのかも
しれませんね。

失敗せず、一発でラクになっていいけれど。


わたしは、この子たちが何十年もかかりながら
ラクになっていく様を描きたかったのかもしれません。
そこに歪みがあって上等!


この変則的なカタチでの表現、

そこまでお読みくださり
真にありがとうございます。


 

 

トーチカ〜瑠璃シーン⑥中編16

アメブロで消されてしまうので、こちらにアップします。

同等レベルが消されないで、この話だけ消されるという。
(狙われてる?いやあん。)



小説です。 

たったひとりの人に伝えたくて始めた、この綴り。
人に言えない嗜好や秘密、官能
人間はそれをどう思うか
自分でどう対処していくのか。

瑠璃シーン⑥のキャッチコピーは、
俺とお前の攻防戦。
じわじわ迫りくるサスペンス劇場。

トーチカ~瑠璃シーン⑥の中編、
神楽シーン⑥中編1からの流れの瑠璃側の視点です。
事件多発事件的で、ごった煮のように大勢の人が出てきます。

瑠璃シーン⑥中編は、
不貞、不倫、禁忌の闇を傍観する旅。

神楽シーン⑥よりも実は闇を見る!
けれど、笑いと呆れが混在としている脱力系。

男の嫉妬、男のトラウマの癒やしも、神楽シーン瑠璃シーンともに⑥のテーマですね。

瑠璃シーン側では、何が起こっていたのか?
真実は、こんなだったという意外性満載の答え合わせ。
二花くんの動向も楽しみです。
神楽には見せない面が、どう出てくるのか?


トーチカ〜瑠璃シーン⑥中編15
チカと二花のごっこ遊びも垣間見れて楽しかったが、他の男の匂いを瑠璃から嗅ぎ取っていた二花から信じられない仕打ちを受ける。
それも結局、二花の男としての自信との葛藤であった。


深く相手を愛しているからこそ、自信の持てない自分を認めたくなく、逃げたくなる男。
この夜の出来事が二花の転機のひとつ、だったかもしれません。



トップモデルとなった瑠璃の真骨頂とも言える、瑠璃シーン⑥。
瑠璃の魅力、瑠璃チカの結婚式、そして妊娠までを書きます。


神楽シーン⑥が男眼線のエロならば、
瑠璃シーン⑥は女眼線のエロとなるでしょう。

わたしが書く小説というのは映像で見えてくるのを文章化しているのですが、この文章で女性の(もちろん男性もね)オ ーガズムのお手伝いにもなればいいな、とも思っています。

トーチカ神楽シーン①
東三河に住む、未来を知っている少女
神楽の眼線
神楽シーン⑥で、東三河から神奈川に嫁入りしました。

トーチカ~瑠璃シーン①
神奈川に住む、ティーンズモデルの美少女
だった瑠璃の眼線
今は世界に立つスーパーモデル

神楽シーン瑠璃シーンの同時期を交互に書いていきます。
どちらにも童顔、永遠の少年の二花(つぐはる)が絡んできます。


トーチカのこれまでの話のリンクはこちらから
トーチカ以前のお話もこちら↑

BGM
"カルメン組曲"。

つるの剛士"You're the only shinin' star"。 

華原朋美"I'm proud"

TM network "ELECTRIC PROPHET -電気じかけの予言者" 

篠原涼子
"恋しさと せつなさと 心強さと"

渡辺美里
"10years"
十年前、十年後。
神楽と瑠璃の十年の物語。
まだ、これから先のほうが長いの。



トーチカ〜瑠璃シーン⑥中編16






家に着くとすぐ、チカは裸になり、瑠璃を脱がした。
バスルームに連れて行かれ、シャワーを掛けられる。

「汗かいたから、くさかった?」

「俺はお前の汗の匂い、大好きだよ。」

そう言いながら、後ろから瑠璃の耳元を舐 めている。
きっと、笠田が触れたから、笠田の匂いを洗い流してしまいたかったのだろう。

「どうされたか、最初から俺に教えろよ。」

その低い声に、身体はすぐに反応する。

「あっ、んっ、すぐにキスされて……」

「その、教えてもらった舌の動き、さっきみたいにしろよ。」

チカに命令されたなら、すぐに実行出来る。

「ああ……いい、淫ら……」

瑠璃の舌の動きに、チカは合わせる。

「いいよ、瑠璃。その舌の動きで、舐られてえ。」

「舐めるわ。」

瑠璃は、しゃがもうとする。
それをチカの腕で制止された。

「まだ、だよ。瑠璃、教えなさい。何をされた?」

そこで乳首を摘 まれたと告げる。
だが、チカは瑠璃の乳首を中差し指と親指で摑みながら、乳 房自体を揉 んでくる。

そう、これなの。
これが、いいの。
チカの、この愛撫がいいの。

「瑠璃、そんな風に涎を垂 らしながら、悦んだのか?」

「違っ……チカだから、いいの。笠田さんは、女に慣れてないから―あたしの胸を、愛してくれなくて。」

「歯痒かったんだな?」

「そう―なの。」

こうやってチカに戻れて、チカに愛されると涙が出てくる。
よかった、チカに受け入れられて。
他の男に愛 撫されたあたしを、許してくれて。

下もチカの指で愛されるのが、号泣するくらい嬉しかった。

チカがいい。
チカがいい。
チカがいい。

この身体は吹き出すように叫んでいる。

チカの長い舌が嬉しい。
いつも当たり前に差し入れてくれるそれは、なんと悦ばしい行為だったのか。

「我慢出来ない……瑠璃。」 

瑠璃の脚を抱え、チカはすぐに入ってきた。

「あ、ああ……んっ、」

チカがいい。
チカがいい。
チカがいい。

この先、どんなに巧い男に 挿入されても、自信がある。

チカが、いい。

愛し愛されている、この男との、この愛の行為が、世の中でいちばん好きだ。
モデルとして活躍出来なくなったとしても、これだけは無くしたくない。

この人と、こうして一生を過ごすの。

「あ あ あ あ あ あーっ!」

チカは雄叫びを上げた。
それが瑠璃の幸福だった。

「瑠璃。」

汗を流し続けているチカは、愛おしく瑠璃にくちづけをする。

「愛してる、瑠璃。」 

「愛……して、るっ、チカっ!」

この悦びは、あなたにだけ贈るのだ。

「ごめん、早すぎて。」

「いいのよ、フルコースでしょ?これは前菜?アミューズ?」

瑠璃の返しに、チカは笑っていた。

「こうなってみると、むしろ笠田さんに悪い氣もしてきたな。」 

チカは瑠璃の頭を撫でながら、その谷間に顔を埋めている。

「笠田さんは、恋人が多いから大丈夫よ。」

瑠璃が心底手に入らなくても、次の恋人に出逢った瞬間に、その彼に夢中になる。
それが笠田の礼儀だからだ。

「チカ、あなたはあたしのいちばんなの。判るでしょ?」

「ああ。強がりじゃなく、瑠璃を制御出来るのは俺だけって自負出来るよ。」 

そう、あなたに自信を与えてあげる。
その約束を叶えられた。

「そうよ、チカだけよ。」

濡 れた髪を耳に挟み、瑠璃は身体を起こす。

女は身体を愛撫されれば、好きな相手じゃなくても受け入れる事が出来る。
それが身を守る為の手段だし、本能だ。

過去の男は、身体が憶えている。
いちばん感じた瞬間を。
今日の二花も、そういう事だ。
記憶があるからこそ、可能だったのだ。
実際に今、二花としても身体は氣持ちはいいが、チカとする以上の幸福感はないだろう。

「あ、笠田さんにした事、まだあるんだけど。」

瑠璃は艶やかに笑む。

「全て再現しなきゃ、意味無いよ。」

何の意味かは判らぬが、瑠璃はそんなチカの脚の間に脚を挟む。

「ごめんね。このままじゃ、痛いかも。」

太腿で、そこを擦って刺激した。

「あっ、」

チカは仰け反る。

「ううっ、こんないい事したのか……瑠璃。」

「最初は、なんでこうするのか、自分でも判らなかったんだけど。」

瑠璃は浴槽の縁に座り、チカのそこを直に左足で押さえた。

「うっ!」

「痛いと思うのよ。そのままだし。」 

指と指のつけ根で、ぎゅうぎゅう押さえていく。

「い……んだけど、」

「チカには、痛いと思うのよ。」

チカは笠田よりもマゾ氣が少ないのだ。
悦びを与えてあげると恥ずかしがって受け入れるが、痛い事は好きではない。

「女王さま、もっとしてくださいって、懇願出来る?」

チカはそれを口にした瑠璃を、ただ見上げていた。

「じょーおーたま、もっと、してください。」

棒読みだった。
なので瑠璃は、ぐーっと足裏で押さえた。 チカは途端に足裏から逃れようとする。

「痛えよっ!使い物にならなくするつもりか?」

「痛いのね。」

逃れようとするのを押さえ、両足裏で挟んでから足の指を遣い、刺激した。

「いや……確かに眺めはいいし、氣持ちはいいんだけど。なんだかなあ。」

「もっとしてくださいって、懇願されたのよ。」

「あの人、あれで意外に……」

困惑した顔をしている。

「これで出してくれたのよ。」

「ごめん、瑠璃。俺はムリだ。」

チカはその瑠璃の右足を摑む。
舌を遣い、舐 め上げてきた。

「あ……出して拭いた後で、笠田さんも、舐めたわ。」

「俺は舐めるのは好きだよ、瑠璃の足。でも、踏みつけられて興奮して出すくらいには、ちょっと、なれねえ。むしろ反対だよ、俺は。」

「それぞれ、なのよ。人の性嗜好って。」

あの時の笠田はとても、可愛かった。
もっと、いじめてあげたくなったのだ。

指の股を 舐められて、瑠璃は仰け反る。

「あれ?瑠璃。笠田さんに舐められても、そんなになったの?」

「ちが、」

息が荒くなる。

「同じ事されても笠田さんには女王さまで攻めて、俺には、そんなドMになるの?」

「そっ……」

チカの舌遣いが堪らないのだ。
敏感な指の合間をちろちろ 舐 められたら、それだけで達する。

「瑠璃は俺の可愛い奴隷ちゃんだもんなあ。」

やけに嬉しそうなチカの声だ。

「そ……です。登規さん、奴隷な瑠璃を、好きにして、くださいっ。」

この人にいじめられたい、永遠に。

「うん、好きにする。」

チカは着けてすぐに、瑠璃にあてがった。

「ふぅんっ!」

「俺のが入るって判ると、瑠璃、上も下も溢 すもんなあ。」

「は、早く……い れて。」

焦らして嬉しそうなチカに、瑠璃は震えてねだった。

「何を?何処に?」

もう、そこにあてがっているのに、チカはそうやっていじめるのだ。

「お願い、します、瑠璃のいやらしいここ、―に、登規さんの太い―を、い れてくださいぃ、」

その懇願は恥ずかしいが、口にしたいのだ。
チカに命令されて懇願すると、自分の欲求が満たされて嬉しい。

ドSに支配されたい、のだから。

「あ あ あ あ あ あ―!」

瑠璃のその願いを聞いて、もう我慢出来ずにチカが入ってくるのが、嬉しい。
何回でも欲しい。
瑠璃が 感じている 音が響いている。

「瑠璃……」

「登規さぁん!」

あなたを中で感じられるのが、何より嬉しい。
あたしはあなたの為に、他の男に  股を 開くの。
あなたが永遠に欲しいから、もっと感度を良くするの。

そのままバスルームで寝落ちしたが、寝かされていたソファで起きたらすぐに、フルコースだろ?と急かされた。
細く赤い紐を見せてくる。

「これ―」

「そう、買ってきたんだよ、瑠璃のお仕置きの為にわざわざ。」

チカがそれを伸ばしているのを見ているだけで、もう溢 れてくる。

「あ……お仕事してたって言ったのに。」

「これを用意したくて、急いで仕上げたんだよ。跡が残りづらいっていうのを選んできたからね。」

舌なめずりしているチカを見て、瑠璃は小刻みに震える。

「嬉しいんだな、瑠璃は。本格的に縛られるって思うと、もう堪らないんだな。」

瑠璃は既に後ろ手にして、それを待っている。

「そんなに垂らしてくるぐらい、期待してるんだな。」

瑠璃の手を摑み、紐を巻いていく。

「あっ……あ んっ、」

「もう、そんなに感じちゃってるの?最後まで縛れるかな?」

「縛って……ください、瑠璃が気を失っても、お願いします。」

ならば、眼が醒めた時に、もっと興奮するから。

「そうだな。瑠璃は本当にいやらしい娘だね。」

「ああっ、」

縛りながら、首筋を舐めている。

「こんな事が悦びだなんて、淫乱なんだね。」

「は……い、」

乳首をガ リッと噛まれた。

「ああっ!」

「痛くされるのが嬉しいんだもんな、瑠璃は。」

「そ……です。痛くして、ください。」

スルスルと簡単に編み上げている。
この記憶力にも感心する。

「さっき、二花にいれられて擦られて、イ ッたんだな?」

押し殺した声が響く。

「そ……です。イキ、ました。」

「俺の前で 犯 されたんだな?」

「そ、です。登規さんの前で……」

「良かったのか?」

ギュッと喰い入る紐の感覚が、とてつもなく快感だ。
身体全体があそこになって、とろけていくようだ。

「あ、んっ、よかった……久し振りで、よかったの。」

「好きなんだな?二花のモノが。」

「好き―です。アレ、大好きなの。」

以前は時に痛かった引っかかる感覚が、とてつもなく快感だった。
実際の身体ではないから、かもしれない。

「瑠璃は俺以外のモンでも、満足するんだな?」

「あ……ダメ、です。登規さんの、いちばん大好きっ!」

最後にはコレが味わえるから、素直に他の男のモノで感じるのだ。

瑠璃は既に猛々しいそれに触れようとしたが、指先が動くだけだった。

「二花が欲しいんだろ?挿れて欲しいんだろ?実際にやら れたいんだろ?」

これは嫉妬だと判る。
眼が吊り上がって微かに震えている。

「ええ、欲しいの……欲しい。」

それは本音だから。
嘘をつかない。

だけど、判って。
あんな風に見せつけで抱かれたくはない。
前のように愛されている実感を伴って、二花が欲しい。

だからそれは、もう永遠に叶わない欲求なのだ。
二花だとて甘えで瑠璃を欲しがるが、それはもう、以前のような愛ではないのだから。

「俺も―二花に今日、欲情した。」

チカは懺悔かのように、告白し始めた。

「そうね、抱きつかれたし、あんなに甘えられたし。」

二花と後藤のやり取りを見て、嫉妬したのだ。
それは俺の男だ、触るなと。
だから、あんなに硬くなった。

「相変わらず、可愛すぎるし。つい、腰を摑んで ぶち 込みたくなる。しゃ ぶり たくなる。……俺たち、いつまで二花に欲情するんだろうな。」

それはチカの弱音という本音だ。

「あんなに、だらしがない男なのに。」

愚痴をこぼしながらも、せっせと作業を続けている。

「永遠に、かもしれないわね。」

チカが顔を近づけてくるので、瑠璃はキスをする。

「それか、二花くんが変わった時、あたしたちの何かが変わるかもね。」

「あの寂しがり屋が、ひとりでも平氣でいられるようになったら、かもな。」

神楽に逢えない時は寂しいから、失敗した女は除外して、後藤にしがみつくのだ。

「チカ、男の人の舐 めたいんでしょ?」

「ああ、でろん でろん に舐 めたいね。」

「したら、いいのに。」

「そう簡単に出来ないよ。わざわざ病氣持ちかどうかを調べてからじゃないと出来ないから。逢ってすぐに、なんてムリだ。」

「じゃあ、やっぱりリックじゃないの。」

「瑠璃……」

「愛せないけど、身体は欲しいってリックに言えばいいのよ。」

胸をしっかりと挟んで編み上げられ、ぎゅっと引かれた。

「あ、あ、んっ、」

「それもリックに対して失礼だろ?」

「あ……リックはもう、嬉しいのよ、チカがしてくれたら。愛がなくても、いいの。判るわ。」

チカに愛されたいのだ、身体を。
そして、リックもチカを咥 えたいのだ。

股の方 に紐を廻しながら、チカは乳 首を噛 んでくる。

「あつっ!」

「ごめん、痛かったな。」

チカは慌てて、その乳 首を優しく吸った。

「ちぎられるかと……思った。」

瑠璃は、はあはあと息を漏 らした。

「ごめん。」

動揺した分、チカの頭の汗が、わっと湧き出している。

「いいの、最高よ。ちぎっていいわ。」

「この超ドM。」

チカは乳 首を吸っていた。

「美味しい、瑠璃のおっぱいは美味しい。ここから 白いのが 出てくるようになるんだな……。」

「登規さんの赤ちゃん、産んだら、ね。」

チカは最後に紐を階段の手摺に括りつけた。

「ほら、瑠璃、嬉しいだろ?吊るしてあげたよ。」

「う、れしい……」

鏡で、その様子を見せられる。
自分の舌が飛び出ているのが、それで判った。
もう、太腿には大量に滴 りたっていっている。
股に 紐が喰い込む感覚が、とてつもなく氣持ちいい。
時が増す毎に、余計にそれが強くなる。
そんな、全身で震えている瑠璃の尻を、ぱちんと 叩かれた。

「あ、あ あ んっ!」

「こんなにいや らしい娘を、いじめてあげるよ、存分に。」

「い、いじめてください、いやらしい瑠璃を。」

「ほら、舐めろ。」

階段のステップに移動し、チカは瑠璃の頭を押さえ込む。

「んっ、」

「あ……いい、いい、その舌遣い。」

瑠璃の後頭部を押さえ、チカは震えている。

「ん ふっ、」

口の中で、さらに大きくなった。
瑠璃はむせそうになる。
こんなに、大きい。
瑠璃は息を整えると、愛おしく、それに口づけをする。

大好き、コレが。

何人の女の中で、大きくなったの?
これまでの女たちが、チカをこんなに巧みにさせたのだ。
瑠璃は、歴代のチカの女も、愛おしくなった。
あなたたちが、今のチカを作ったのだから。
感謝しか、ないのだ。

その舌の動きをチカは堪能して、口から離す。
尻を叩かれ、胸を存分に揉 まれ、乳首を摘 まれ、ディープキスをして、身体中を撫でられ舐 められる。
そんな、焦らされ方をする。

紐で擦られたあと、ようやく指で触れられると、瑠璃は悲鳴を上げた。
それで失神しそうだった。

「身体中が、こんなに敏感になってるもんな。」

しかし指は辺りをなぞるだけだ。

「も……と、ちかさん、指、い れて、くださいいっ!」

「まだだよ、」

優しい指先で焦らされる。
おかしくなりそうだ。

「ああ、そうだね。」

チカはローションを持ってきた。

「あうっ、」

「ほら、指、挿れてあげたよ。」

「そ……ちじゃない、そっちも、いいけど、」

「いいんだろ?ここで。間違ってないんだろ?締めてきてるよ。」

「いい っ!あ、だけど!そこ、いいけど!でもっ!ああ ーん っ!欲しいの っ!」

もう、おかしくなる。
氣が狂いそうになる。

我慢出来ずに、瑠璃はその艷やかな口で、はっきりとねだった。
頭がおかしくなりそうだ。
チカは瑠璃の 尻を 叩いた。
刺激で、ぴくっと瑠璃の身体が動く。

「あ……」

「ダメだよ、瑠璃。意識をしっかり持ってて。ほら、今から瑠璃のお好みを挿れてあげるからね。」

「はぅ……」

氣が遠くなりそうな中、乳首を強く摘 まれ、眼が醒めた。
立っている瑠璃の右脚を上げて、チカは前から 挿れてくる。

「はあ あ あ あ あーっ!」

「嬉しいねえ、瑠璃。ようやく入ったねえ。」

後ろも指を動かされている。

「ちゃんと立ってないと、怪我をするよ。ホントに吊るされちゃうよ。」

「や……」

脚が震えて立っていられない。

「も、ムリ、です!登規さぁん、勘弁してくださぁいっ、」

「どうされたいの?瑠璃は。」

「う、後ろから、お願いしますっ!瑠璃の腰摑んで、後ろから 突 いてっ!突 いてっ!後ろからぁ!」

この時チカは、とても嬉しそうに笑っていた。

「うん、そうだね。それを聞きたかったんだよ。」

チカ自身がそうするならば簡単にしてしまえる事だが、瑠璃に懇願させたかったのだ。
瑠璃はそう氣づくと同時に安堵した。
この人に任せておけば、大丈夫なのだ。

「すご、い、いいっ!いい っ!いい っ!あ、んっ、もっと お ぉ っ!」

チカに後ろからそうされて、瑠璃は階段のステップに手を置いて、脚が震えていた。
もうダメだ、という直前にチカに支えられていた。
そのまま氣を失う。

眼が醒めたら、紐を全て解かされ、床で寝ていた。
チカに後ろから愛しく抱きしめられていた。

「僕の瑠璃……なんて綺麗なんだろう。解いた紐の上の瑠璃は、僕の網に捕らわれた蝶のようだよ。」

喩えば、好きすぎて涙が出てしまう。
そんな感覚だ。
チカの涙が瑠璃の首筋に流れていく。

「ねえ、チカ、」

瑠璃は後ろを振り返りつつ、チカの黒いうねった髪を撫でた。

「二花くんは、あたしたちにとって、手から溢 れていった宝石なのよね。」

「―Perhaps. 」

汗を掻いて湿りきったその頭が愛おしい。
その身体からの匂いが堪らなく好きだ。

「今、手の内にないから、欲しくなるのね。」

「Yes, my one. 」

「あたしがチカにこんなに愛されながらも他の男を求めてしまうのは二花くんが発端だし、チカがあたしを他の男に抱かせようとするのも二花くんとの三人の関係の名残なのよね。」

「I don't think it's so and I think it's so.」

確かに、そうとも言えるし、そうでないとも言える。

「二花くんは、寂しくても、ひとりでいられるようになるといいわね。」

「Sure, certainly. 」

「チカ、眠いのね。」

「Yes, indeed. 」

今にも眠りにつきそうだ。
安心した顔をしている。

「二階に行くわよ、今、自分で動かないと、ここに放置するわよ。」

チカの腕を引っ張る。

「Yes, my soul. 」

チカは渋々起き上がって、瑠璃に引っ張られ階段を上がる。
楽しんだ紐も放置したまま、シャワーも浴び直さず、髪も乾かさず、何もしないで眠るのだ。
ふたりでマットに転がる。
抱き合いながら、すぐに眠りに落ちた。
その、くっついている肌の熱さが、なんとも心地好かった。  

チカ、あたしはもう、あなたから離れないからね。


トーチカ〜瑠璃シーン⑥中編17に続く
……………………………………………………………………


今回は短いですが、これから3話分の話の流れの都合により、です。

このふたりは、これが大好きね。
それも最初からそうなのではなく、ふたりのそれぞれの趣味を告げて受け入れて、譲歩しつつ作り上げたふたりの快楽の遊び。

この時はこうでも、この先は変わるかもしれない。
それもまた、ふたりの流れ。

ふたりで作っていく。


お手数ですが、アメブロに戻って

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お読み下さり、真にありがとうございます!

トーチカ〜瑠璃シーン⑥中編2

小説です。

人に言えない嗜好や秘密、官能
人間はそれをどう思うか
自分でどう対処していくのか。

瑠璃シーン⑥のキャッチコピーは、
俺とお前の攻防戦。

トーチカ〜瑠璃シーン⑥も中編に入りました。
神楽シーン⑥中編1からの流れの瑠璃側です。
事件事件多発的で、ごった煮のように大勢の人が出てきます。
これまで噂でしかなかった人たちも登場。

瑠璃シーン⑥中編は、
不貞、不倫、禁忌の闇を傍観する旅。

神楽シーン⑥よりも実は闇を見る!
笑いと呆れが混在としている脱力系。

トップモデルとなった瑠璃の真骨頂とも言える、瑠璃シーン⑥。
瑠璃の魅力、瑠璃チカの結婚式、そして妊娠までを書きます。

トーチカのこれまでの話のリンク


トーチカ~瑠璃シーン⑥中編2


「瑠璃、いい、いい!もっと、腰廻せ!」

瑠璃の揺れる 乳 房を摑み、揉 んでいる。

「あっ、あっ、氣持ち……いいっ!氣持ちいいっ!」

声を出すなと言ったが、そのチカの方が喘 いでいる。

「瑠璃……スゴっ。俺、ヘンになる。」

チカは恍惚の表情を見せた。

「なん……What? これ、何?」

チカの口端から涎が垂 れていく。
口の間にタオルがしっかり挟まって喋れない、苦痛にも似た瑠璃の快感の表情を見ていると、余計に興奮した。
瑠璃の中は、あちこちから吸いついてくる。
瑠璃が回転させているから、吸いつきが離れても、他の場所でくっついてくる。

俺は、この女を支配している。
この美女は、俺の言いなりだ。
俺の言う事なら、なんでも聞く。

その達成感がチカの身体、脳、全てを駆け巡る。

身体を起こし、一回抜いてから、瑠璃を後ろ向きにさせた。
腰を摑み、すぐさま突 いていく。

氣持ちいい。
この女も、最高に善 がっている。
うーうー唸って鳴いている。
泣き声が聞けたら、良かったのに。 

尻を つき出して、もっと激しくして、とねだっている。
だから、奥まで、ズン ズン と突 いてやる。
ああ……いつもより尚、氣持ちいい。

その滑らかな柔らかい尻の形と、ぎゅっとくびれたウエスト、綺麗に窪んだ脊柱の照っている背中、乱れている長い黒髪、そして揺れまくっている豊満な 乳を後ろから見ているだけで、きっと達せられる。

そして突 きやすい。
今日は、とても突 きやすい。
奥にぴったりと 当たる。
深くまでヒク ヒクとした彼女を感じられる。
彼女も、とてつもなく善 がっている。
狂ったように頭を振って、唸っている。
中が うねりまくっている。

出る時になって、気づいた。

「あ……ごめん!あっ、あっ、あーっ!」

どおりで、とてつもなく氣持ち良かった筈だ。

「ごめん、瑠璃、ごめんっ!」

すぐに瑠璃の腰を下ろさせた。
無我夢中になっていて、瑠璃を膝立ちさせていたのだ。
口の、すっかり濡 れたタオルを外す。
瑠璃は、はーはーと息を荒くして、放心していた。

「ごめん!瑠璃。」

その膝を手で擦る。
瑠璃は眼を見開き、放心したままだった。
瑠璃が 尻を つき出した 膝立ちの バックは、立ってよりも、とても当たり処が良かった。
角度がぴったりとくる。
瑠璃も、相当良かったのだろう。
元から瑠璃は、この体 位でしたがっていたのだ。

どうしよう、癖になる。
今までで最高に興奮した。
チカはぶるっと震えてから瑠璃から離れ、瑠璃を仰向けにした。
そして、優しくキスをする。

唇、頬、顎、額。
彼女の何処もかしこも、愛おしい。

「俺、訳判んなくなっちまった。ごめんね。」

ビジネスバッグから、いつも持ち歩いているボディクリームを取り出す。
少し赤くなっている膝を、念入りにクリームで撫でていく。

「いい……いい、スゴく、よかった。」

瑠璃はハーハーと息が荒いままで、ようやく言葉を発した。

「おかしくなりそうだった。あのまま、壊されたかった。」

「壊しはしないケドね。」

チカは瑠璃の汗ばんだ頭を愛おしく撫でまくり、抱きしめる。

「俺もスゲえ良くて、激しくなっちまった。ごめんな。」

「いいの……野獣なチカが好き。あの激しさ、堪らないの。」

うっとりとしている瑠璃だ。
病みつきになったのだろう。

本能に任せて、より獣へ。
頭が指令するよりも先に身体が動く。
その、氣持ちよさ、快感。

チカは瑠璃の顔中に唇を這 わしながら、それでいいのだとも感じていた。
ビジネスに頭脳戦は何より必要だが、男と女の関係は何もかも忘れて、こんな獣になった方が開放感が強い。

ただ、何もかも理性を放棄すると、瑠璃に避 妊無しで 挿 入してしまう。
それはまだ、してはいけない。
そして、瑠璃は世界に立つモデルだ。
瑠璃がどれだけ望もうと、見える身体の部分を傷つけてはいけない。

その垣根が有ろうと無かろうと、チカには到底、瑠璃をベルトで打ち据える、なんて事は出来ないと氣づいている。
そして瑠璃は妊娠と出産をしたら、そのマゾヒズムも少し変わるかもしれないと考えている。

「瑠璃たん。」

「ん?」

瑠璃もチカの頭を抱え、キスを返してくる。

「ほんと、極たまーに、さ。撮影前はダメだよ。こうして後ろからして、いい?」

陥落した、この快楽に。
絶対に禁止をしていた、この体 位の氣持ち良さに負けた。

「いいに決まってるじゃないの!してっ!」

瑠璃は嬉しそうにチカの首に抱きつく。

「うん。スゲかったもんな。瑠璃のあんな乱れ具合。堪らねえ。」

「だって、いちばん犯 された感じがするの。」

「俺も征服感が、めちゃ くちゃ強い。やっぱりマウンティングだけあるよ。」

ふたり抱きしめあい、余韻を味わっていた。
ドSとドMの要望が、ぴったりと合う体 位なのだ。

「したい……チカ、もっと、したい、後ろから。もっと、頂戴。」

瑠璃は恍惚とした表情で、チカにキスをしてくる。

「今日はダメだ、流石に。」

「明日は?」

「瑠璃たん。日本にいると取材が多いんだよ。明日も午後から情報番組のV撮りなんだからね。」

チカは言い聞かせるように、瑠璃の頭を撫でる。

「これからもっと、脚のケアが必要ね。」

しかし、瑠璃はスルーする。
きっと最中にドM 懇願をされたら、チカは焦らしながらも、瑠璃のおねだりを叶えてしまうと知っているのだ。

今まで、どれ程、瑠璃に懐柔させられたか。
チカは、ふっと笑う。

瑠璃に舌を絡めキスをして、ボディクリームを手のひらで温めてから、脚のマッサージをしていく。

「美しい脚だ。」

その左脚を持ち上げ、足の甲にくちづけをする。
そのまま、ふくらはぎに唇を移していく。

「この美しく長い脚に、俺は蹴られてるって思われてんだろうな、世界の男に。」

「いやだわ。」

そんな風に、瑠璃が女王さまと思い込まれている。
瑠璃には、そこが難点だった。
どうせ実はドMだなんて、接近して触れた男は氣づくだろうが。

「そこが瑠璃の魅力だよ。もし、瑠璃がしたいなら、俺を蹴ればいい。だけど、力を込めてはやめなさい。この柔肌が赤くなる。」

「ふ……うんっ、」

その唇の動きにゾクゾクとする。
太腿の内側にまで行き、膝の裏側に戻っていく。

「あ……やっ、舐 めて、ここ。」

瑠璃は自分の指で両側に拡げた。

「瑠璃、俺は脚のケアをしてるんだよ。」

焦らして、また足の指を舌でチラチラと 舐 め上げ、口に入れて 吸った。

「あうんっ!」

「美味しい。瑠璃は何処も美味しい。身体中が性 感帯なんだよね。」

びくびくと震えている瑠璃を、チカはよく観察している。

「触ってないのに、ほら、もうこんなにしてるね。」

瑠璃が指で 拡げている そこから、じわっと溢 れ出てくるのを、足の指を順番に吸いながら見ている。
そして足の裏をちらーっと舌で 舐 め降ろした。

「ああっ!」

「そんな声、出すな。」

出すなと言われても、出てしまう。
チカは苦しくない程度に、口にタオルを詰めてきた。
これも、ゾクゾクとする。
瑠璃はそれだけで、ぶ しゅっと液体を散らして達した。

「あーあ。瑠璃、汚しちゃったよ、布団。スゴいね、こんなに吹くんだ。実家なのに。」

明日は早朝に起きて、汚したタオルとシーツを洗わねばと、瑠璃は小刻みに震えながらも現実的に頭の中で模索していた。
客用の布団を使ったから干すのは当然だし、何も不思議はないだろう。

「このドMには、相当、お仕置きが必要だな。」

「ううっ!」

お仕置き、してください。
焦らしてもいいから、いっぱいお仕置きしてください。

喋れないから、そう頭の中で懇願をした。

「こっちの穴も、ヒク ヒクしてる。欲しいんだろ?瑠璃、ここに欲しいんだろ?今日は、ここはダメだよ。ああ、でも本当は、今すぐぶち 込みてえ。ズブ ズブ 挿 れてえ。」

その言い方も、瑠璃には刺激的だ。
さらに潤 っていくのが判る。
チカは今度は右脚を上げてマッサージしながら、舐 めていく。
焦らされながらも、幹也にダメだと禁止されたsexを、この夜は結局二回もしてしまった。

チカ曰く、これはsexじゃない、make loveだ、と切り返されたが。


…………………………………………………………………………


頭にストールを被り、大きなサングラスをして日除け対策をした瑠璃は、車の中で昨夜の禁じられた遊びを脳内で反芻して、うっとりとしていた。

「また、うるうるしてるんでしょ?」

横でサングラスを掛けたチカは運転しながら、冷静にそんな瑠璃を観察している。

「ま、いいね、そのうるうる具合。瑠璃がより美しく見える。それ以上はエロすぎだから、ダメだけどな。」

「あたし、おかしいのかしら?」

いつも潤っているような氣がする。
最近は乾いている時がないくらい、中が湿っている。

「感じてないのに開脚すると、すぐに、く ちゃって、音が密かに聞こえるの。」

朝や日常のストレッチで脚を拡げると、溢 れてきそうで怖いのだ。

「いいね、その湿り具合は。女には大事な事だよ。」

「そうかしら?」 

「元来、女はそんなものなんだよ。自浄作用だし、でないと病原菌を入れてしまう。それに、」

チカはニヤッと笑んだ。

「その方が瑠璃は、より美しく艷やかだ。撒き散らしたフェロモンに男は惹きつけられる。」

「男の人にモテるのはいいんだけど、でも、」

チヤホヤされるのは嬉しい。
しかし、アプローチをかわすのが厄介だ。

日本に帰ってきて、取材を受けていると、前よりも男の眼線が自分に集中してくるのが判る。
チカも傍らにいるし、海外の男ほどあからさまに積極的に攻めてはこないが、それでもチカがクライアント側と話している時など、警備が手薄になると瑠璃に近寄り話しかけてくる。
そこを女王さま的にあしらうのだ。

「惹きつけた男の中で、誰とやりたい?」

チカの直接的な質問に、瑠璃はドキッとする。
身体が震えた。

「瑠璃たん、これは妄想の話だ。現実的に捉えなくていい。今の時点で、誰となら、やりたい?」

妄想。

「なら、俺の妄想を話す。」

チカは右手で運転しながら左手を瑠璃に差し出す。
瑠璃は当たり前のように飴玉の包装を裂いて、チカの口の中に放り込んだ。
それが当たり前の疎通になっている。

「ロンドンの近所のchocolate shopの兄ちゃん、アランを抱き寄せて、驚いている口をいきなり唇で覆いたい。」

「うん、ちゃんと三次元の男にも眼をつけてるじゃないの。」

瑠璃は、にっこりと微笑む。
アランはプラチナブロンドの二十代後半に見える、背の低めな、顔の綺麗な好青年だ。

「だから、あのお店に通ってたのね。」

「いや、美味いし。まあ、眼の保養になるケド。」

チカは伸びた前髪を左手で弄 っていた。

「最初は抵抗しても、すぐに舌を絡 めて、もっととキスをせがんでくる。俺は男の愛し方を耳元で囁いてやるんだ。どうだ?穴、俺に差し出せるかって意地悪に聞いてやる。恥ずかしがっている下半身を 剥 いて、口で 襲 ってやるんだ。もう、ギチギチなそこを、デロンデロンに舐 めてやる。アランは可愛い顔を火照らせ、喘 いでくる。挿 れてくださいって、懇願してくるまで出してもずっと、舐 め続けるんだ。」

「チカ、大好きよね、そういう妄想。」

実際には、チカは自らスキャンダルになる事はしない。
今や瑠璃の恋人として、認知されているのだから。

「妄想の中でも、調 教は俺のライフワークだ。」

チカは自信満々に宣言した。

「そんな妄想、瑠璃も好きだろ?話せよ。」

そうやって命令されると、子宮がぎゅんっと鳴るのだ。
最初から命令してきたらすぐに話すが、焦らすからこそ、なのだ。

「あ……たしは、男装のリックに組み伏せられたい。あたしがダメって言っても、こんなになってるのに?って、構わず愛 撫してくるの。」

「うん。女装には靡かないんだね。」

どうせ、裸になれば、それも関係ない。
巧いキスでも我慢は出来た。
ただ、押し倒されたら女装の時でも、もうそのまま許すだろう。

「他は?」

チカは飴玉をガリガリと奥歯で噛んでいる。
あの歯で咀嚼されたら、瑠璃もチカの中で粉々になる。
そんな想像をしていた。
あなたに、食べられたい。
もし、この身体が死んだら配偶者が食してもよいと、法律が出来れば良いのに。

「笠田さんね。笠田さんなら、ただ、焦らされて焦らされて、ようやくって流れがいいわ。」

「焦らすか一氣喰いか、どっちかだろうな、笠田さんは。」

チカはまた左手を出して、飴を要求した。
また、違う味の飴を口に入れてあげる。

「あの人も、かなりドSだと思うよ。」

「あたし、ドSにしか興味ないわ。」

意地悪をされながら、sexをしたいのだから。
だけど、チカに出すようには全てのマゾヒズムを出さない。
程よい痛みは、チカが与えてくれるから、いい。
他の男に望むのは言葉攻めと、焦らしと、野獣度が高ければいいのだ。

「こんなドM、相当嬉しいと思うよ、ドSにはね。震えながら、溢 れさせながら、恥ずかしい言葉を口にしてくれるから。支配欲、堪んねえくらいに満たしてくれる。」

「満たされてる?」

「もう、ビン ビンに。だけど、もっと支配したくなるからな。あーくっそっ、元氣な若い俺が憎い。」

そこはもう膨らんでいたのだ。

「瑠璃、今、しゃ ぶれ。」

チカのその命令に、じゅ んっと濡 れてくる。

「明るいのに?見られるのに?運転してるのに?」

上からとか、横からとか、通り過ぎる車に目撃されてしまうだろう。
第一、危ない。

しかし、瑠璃はチカのベルトに手を伸ばした。

「ちょい待てっ!幾らなんでも、冗談判れよ!」

チカは、その手を優しく払った。

「だって、命令したのに。」

瑠璃は残念そうに口周りを舌で舐 めた。

「こんなん見られたら、それこそ追放だぞ?瑠璃、いい加減、判れよ!」

「判らないわ。冗談と本氣の境なんて。チカに命令されたら、瑠璃はそうするしかないの。」

瑠璃はチカの肩に手を置き、運転してる横顔のチカを覗いている。

「くっそっ!この天然っ!」

チカは、小声の英語で呟き出した。
どうやらマザーグースを唄っているらしい。

「ちと悲しい唄で、萎らせた。」

「うん。聞いてるだけで悲しい。」

メロディはさわやかな分、歌詞の物悲しさが際立つ。

All the birds of the air 
Fell to sighing and sobbing 
When they heard the bell toll
For poor Cock Robin. 

「駒鳥とミソサザイは番いなんだけどね。まあ、その余話も悲しくなるな。殺鳥は不倫のもつれか?」

チカは眼端に涙を溜めて、前を見たまま運転していた。
本当に、この曲を悲痛に感じるのだな、と判る。

「とゆーくらい、悲しくさせないと萎 えないんだ。いいか、瑠璃。簡単に俺を勃 てさせるな。」

「妄想話をしろって言ったのは、チカなのに。」

相変わらずの傍若無人振りだ。
そこが好きなのだが。

「帰ったら、しゃ ぶらせるからな。イヤだと言っても、突 っ込むからな。」

「そんなの……。」

わざとなその言い方が、瑠璃を欲情させ、モゾっと動かせる。

「そうしよう。ムリに突 っ込むから、瑠璃、抵抗しろよ。」

またシナリオが出来たらしい。
チカ専用のAVを作ったらいいのに、と瑠璃は考える。
監督と男優兼で、女優は瑠璃だ。

なんにしろ、そうやって煽りたかったのだ。
テレビ番組の収録だから、余計に瑠璃の動きのある艷やかさが必要なのだ。

情報番組の一コーナーで、瑠璃はロンドンでの生活やモデルの仕事をインタビューされる。
こういう繰り返しが、来年には特集番組が組まれるかもしれないというチカの企みを誘う。
チカが敢えて、そう口にするなら、きっとそうなるのだろう。

丈の短い緑のドレスを身にまとった瑠璃は、華のように微笑みながらインタビューを受けて、楽しそうに答える。

極普通に生活して調理をするし、和食も作る事を話す。
少食なので特に食事制限をしないが、炭水化物よりもたんぱく質を摂るように心掛けさせられると、チカの存在を軽く匂わす。

チカの撮った、ロンドンでの生活の写真も、風景と瑠璃の何枚かが映像に映されている。
パリに行った時の写真も紹介された。

チカのファッション雑誌での連載も、瑠璃の私生活が垣間見れて、且つチカが瑠璃をとても愛していると文章から滲み出ているとのだと、好評な事をナレーションで後から入れるそうだ。

とても幸福で楽しい、そしてモデルとして刺激的な一面も見せる。

「結婚に向けて、心境の変化はありますか?」

そう問われ、瑠璃は益々にっこりとする。

「そうですね。前よりもさらに実感が湧いてきて、ドキドキとしています。今は楽しみしかありません。」

それが本音なのだ。
結婚に対する怖さや抵抗感はない。

「結婚したら、芸名も苗字を変えられるのですよね?」

「ええ、そうです。そうすると、また感じも変わりますね。苗字を呼ばれて、自分だと氣づくかしら?」

うふふ、と笑む。
まだ、吉田の名前は出せない。
吉田瑠璃になるの、とは世間には言えない。
業界では、既に認知されていても。

指に着けているエンゲージドリングもアップで撮られる。
この時、チカはとても恥ずかしかったという。
芸能人の婚約指環の高額さと比べられたら、とても顔を出して生きていけないと嘆いていた。

チカは一般人だから、誰も芸能人と比較しないわよ、と慰めておいた。
実はそう一般人ではないが、今はサラリーマンチカなのだから。

結婚指環に関しても、結婚情報誌の結婚指環制作の連載の話を振られた。

「ええ、とても楽しいですね。結婚指環が出来ていく過程って。デザインなどは殆ど、お任せしていますけれど、彼に。」

その瑠璃の嬉しそうな顔が可愛いとアナウンサーに囃された。

「あの。あたし、生活の殆どは、彼に任せています。どうも、かなり抜けているみたいです、あたし。」

その、しっかりとした性格に見える外見と反比例したような天然さは、瑠璃と実際につきあわないと判らないだろう。
だから、友人は瑠璃を心得ているのだ。

コイツは、傍にいて何かと世話してやらないと。
そう思われているのだ。

収録が終わり着替えてから、瑠璃はデスクに赴き、関係者に挨拶をした。
忙しそうだが、誰しもが美女の訪問に喜んでくれた。

ふと。
離れた場所から視線を感じた。
遠目で密かに確認すると、ひとりの男が瑠璃を観察していた。
四十代後半から五十代頭くらいの年代だろう。
身長は瑠璃と同じくらいか、少し低めか。
程よい筋肉質だと見て取れた。
頭には処々、白い物がある。

いや らしく絡 みつく程ではないが、じいっと観察されていると判る。


ソイツは、氣をつけろ。

頭に、そう響いてきた。
チカがそんな警告をするくらいだ。
警戒アンテナを立てておかないと。

歩みながらも、その男に距離が近づく。

「吉田くん、久し振りだね。」

男はチカに声を掛けてきた。

「ご無沙汰をしております。後藤さんは、お元氣でお過ごしですか?」

チカは会釈して、そう返した。
顔を上げた眼は笑っていないが、声音は営業用だ。

瑠璃もチカも、舐 め廻すように見られている、と判る。
蛇みたい。
蛇は美しいが、比喩するならば、蛇のようなしつこさと粘着さを感じる。

「ドラマに入るから、余り元氣ではないかもね。まあ、それなりに楽しく生きてるよ。」

彼はそう言いながらも、口に煙草を挟んだ。
その銘柄に、瑠璃はドキッとする。

この人だ。
判った。
この人だ、間違いなく。
チカのこの、毛羽立ったような空氣感からも読める。

「お初にお眼にかかります、森下さん。後藤です。あなたのお母さんとは、何回かお仕事をご一緒させて頂きました。」

後藤は右手を差し出す。
瑠璃は、にっこりと微笑みながら、その手を握らなかった。
それは、ムリ、だと、全身の鳥肌が告げていた。

「初めまして、森下瑠璃です。その節は母が大変お世話になりました。後藤さん、ドラマのプロデューサーさんでいらっしゃる?あの後藤さんでしょうか?」

瑠璃は艶やかな笑顔で、そう質問をする。

「ええ、そうです。」

母とも、そんな接点があった。
瑠璃はゾクッと背中に冷たいものを感じていた。

ただ、しかし、悪い人ではない筈、なのだ。
でなければ。

「その片割れとは長いつきあいでしてね。今でも、いい飲み友です。」

二花はまだ、この人と飲んでいるのだ。
そう話していたではないか、チカの誕生日に。

だから、決して悪人ではない。
ただ、悪趣味、なのだ。

「彼は酔うと、とても親父臭くなる。ツマミにイカのゲソが大好きなんだよ。可愛い顔をしてゲソを囓りながら、同じ話を繰り返す、説教をしてくる。説教されるのは、自分も同じなのにね。」

別に瑠璃もチカも攻撃したいのではない。
ただ、悪趣味だから、瑠璃とチカをからかいたいのだ。
かつての二花の恋人を。
それ以来、遊びを断った二花の、その直前の恋人ふたりを。

「そして、抱きついてくるんだ。可愛いよ、とても。だが、彼はとても匂いに敏感だ。拭ってもね。記憶を失っても痕跡を残すから、いたずら出来ないのは残念だがね。」

酔っ払わないでよ、二花くん。
瑠璃は神楽に、心底同情をした。
決して男遊びをしないでも、酔っては、この男に密かに抱きついたりをしているのだ。
そして、泥酔した時にいたずらをされた事もある、という事だ。

「吉田くん、忙しいのに彼のマネージャーもしてるなんて、大変だね。」 

後藤は嬉しそうにチカを眺めていた。

「いえ。僕は彼をヨーロッパで売りたかったので本望です。」

チカは顔は営業スマイルだが、眼が怖かった。
褐色がかった深い緑を見せている。

「まあ、そうだろうね。判るよ。どんな苦労をしても、彼はそれだけの価値がある。ヨーロッパだね。確かにヨーロッパだ。クラシックから入ったジャズ好きに、ハマるね。」

確かに、マネージメント側としては、魅力的な一品だ。
音楽の専門的な話は判らないが。

「森下さん。私は是非、あなたの特集を組みたいですね。ご結婚後になるかと思いますが、森下さんの特集番組を作らせて貰えませんか?」

この男が。
二花の、かつてのセ フレが。
しかし、絶対的に腕は立つ。
それは本能で判る。

「そういう話は、マネージャーに任せてあります。」

瑠璃は、再度にっこりと笑む。

「吉田が判断します。あたしにとって、是か否か、吉田に全て任せてあります。お仕事のお話は、吉田にお願いします。」

「成る程。流石、世界の舞台に立てる人だな。」

後藤は嬉しそうに頷いていた。

「では、吉田くん。どう、判断します?瑠璃さんに密着させて頂きたい。結婚後のロンドンコレクション前からは如何がでしょうか?」

後藤の頭の中では、既に絵コンテが出来上がっていた訳だ。

「金額によりますね。コレクション前なんて、とても繊細な時だ。密着だなんて、森下の負担が大きい。それを上廻っての大きい金額ならば、森下の今後のアプローチになります。」

そして、チカもそこには私情を挟まない。
この後藤が特集を組むならば、さらに瑠璃を日本人の判官贔屓に引き込ませられると知っている。

結婚後のロンドンコレクションのその頃には、瑠璃は妊娠をしている筈だ。
その、かなり繊細な時期にカメラが密着する。
後日のネタばらしになるし、それは一見、日本人の好きな、逆境に立ち向かう姿にもなる。

「承知しました。これは局に掛け合います。」

「是非。楽しみにしております。」

チカは後藤と握手をして、その場から離れた。
テレビ局の地下駐車場に向かう。

「後藤さんは、俺の大学の学部の先輩に当たる。」

チカは運転席に座り、今まで話さなかった具体的な話をし出した。

「二花くんを紹介してくれた人でしょ?」

瑠璃は飴玉をチカの口に入れた。

「ああ。俺も実花さんのマネージャーをして、初めて局で、後藤さんと出逢ったけどな。その、一回の、挨拶だけだった、面識は。名刺を渡したから。」

チカはすぐに運転を始めた。

「俺に是非紹介したい奴がいると連絡がきて、面倒くさかったが、これもつきあいだと思い、そのバーに行ったんだ。」

「そこで運命的な出逢いを果たすのね。」

バーで二花を見た時に、チカは胸が激しく躍動したろう。

「それに、後藤さんは二花と身体の関係がある、と、すぐに判ったからな。危険信号は鳴っていた。でも、それ以上に二花は可愛かった。」

チカは赤面している。
二花との初めての出逢いの時を思い返しているのだろう。

「後藤さんは、二花の好みの男を探しては、二花に紹介してたんだよ。二花がその男に抱かれてる処を想像するのが、大興奮するんだとよ。」

「悪趣味ね。」

おそらく、二花が二十代の頃からの関係だ、後藤とは。
ただの身体の関係。
したい時にする、セ フレ。
それは後藤が、実花の知り合いが所以だ。
元々は、実花の飲み友だちだったのだろう。

だから、決して悪人ではない。
ただの、悪趣味なオジサンだ。

「どうであろうと、チカは嫌いなのね、後藤さんが。」

「そりゃあ、そうだろ。自分の恋人のセ フレを許可出来るか?俺とつきあいつつも、アイツに抱かれるって許せるか?俺は、ムリだった。」

「そうよね。」

「だから、二花に選択を迫った。俺とつきあいたかったら、あの男を切れって。ま、切ってないんだけどね、結局。それでも二花は、俺とつきあってる間は、ちゃんと約束を守ってたよ。」

「あたしは、二花くんとつきあい出したその頃には、すぐに裏切られてたけどね。」

二花は瑠璃に手を出すのを我慢する為に、後藤と他の女と、三人で遊んでいたのだ。
ならば、その女とも、近いうちに顔を合わせるのだ、きっと。
後藤と、こうして、今になって顔を合わせたのだから。

「二花の氣持ちも少しは判らんでもないけどな。パパとの約束とあるし、瑠璃に手を出しちゃいけないのに、瑠璃はどんどん色氣が出てきて迫ってくる、と。その誘惑から少しでも眼を逸らす為に、強い快楽を選んだんだろうな。」

男二人、女一人の三人で。
しかも、二花と後藤はバイセクシャルだ。
三人でどう絡 み合っても、三人とも快感なのだ。

「だけど、俺は奨励しないよ。世間的に許されないとしても、まだ、瑠璃ひとりに向き合った方が誠実だった。だから、二花は不義理だ。」

その強い快楽ですら、二花には我慢が効かなかった。
そして、どうしてもチカを忘れられずに、チカの身体を求めに行った。

「後藤さんは?」 

「ん?」

チカはすぐに飴を囓り、お替わりを要求してきた。
また違う味を、チカの口に放り込む。

「後藤さんも、二花くんを愛してるんでしょ?」

「ま。でも、ある意味、家族みたいなもんだって、二花は言ってたよ。腐れ縁だって。互いに、恋愛感情は今更無いけど、連絡がしばらく無いと、今何してんだろうな、死んでないかなって氣になるんだって。このまま、お互い結婚しなきゃ、将来、介護の世話やなんかしてくんだろうなって。」

「切実ね。」

独り身の四十男らしい現実的な話だ。

「だから二花は、後藤さんの老後の心配も頭にはあると思うよ。神楽と結婚してもさ。」

「神楽ちゃん、大変ね。」

夫の以前のセ フレの面倒も、将来的にみなくてはいけなくなるかもしれないのだ。

「後藤さんもモテるから、大丈夫だろうけどね。」

「判る氣はするわ。」 

彼はきっと、世話焼きだ。
酒が入るとだらしない二花の世話も、喜んでする。
それは、他の男にも女にも、一緒だろう。

「きっと後藤さん、上手なのね。」

「冗談でもやめろよ、瑠璃。」

愛した二花のセ フレだ。
その事実だけでも、チカは後藤の存在を許せないのだろう。
男の嫉妬は、怖い。
瑠璃は、それを思い知った。

「二花は後藤さんに、瑠璃の名前は一回も出してないって言ってた。だけど、二花より背が高くて、ティーンズ誌の読者モデルとは伝えてたから、バレバレだよねって。」

「しかも、ママの知り合いだしね。」

すぐに判るだろう。
二花の若い恋人の正体は。
かつて瑠璃が二花とつきあっていた事、しかも今の瑠璃の恋人のチカはまた、二花の男だった事を知っている存在が、そこにふたりはいる訳だ。
後藤と、そしてもうひとりの女だ。

万が一、それを揺さぶられたら、堂々と世間に公表しようと瑠璃は考えたし、そんな思案はすっかりチカの頭の中に構築されているだろう。

薄暗くなった頃、海に着いた。
ここは、二花のよく入るポイントのひとつ。
シーズンの海は、サーファーも多い。
しかし、もう薄暗いから、人氣は逆にカップルが多いだろう。
それでもここは、なかなか地元民しか訪れにくい、入り組んだ場所だ。
車は離れた処に、他に一台があるのみだ。

「しゃ ぶれ。」

チカはベルトを外し下着を降ろし、瑠璃の頭を押さえつけた。

「いや……ダメ、こんな処で。こんな、大きいの、ムリよ。」

こんな場所で、車の中で。
とてつもない興奮が押し寄せる。
本当はすぐに、猛々しい ソレを 口で頂きたいのだが、抵抗して、チカのシナリオに添った。

「うるせえ。」

ぐっと押さえて、口につけさせる。
瑠璃はようやく、ソレを口に入れた。

「つっ……美味いか?」

瑠璃は悦んで口で愛している。

「ほひしい……れふ。」

「いや らしい女だな。こんな場所で咥 えて悦んでやがる。お前は、見られるかもしれないと思うと、嬉しいんだよな。」

それは、間違いない。
聞かれるかも、見られるかも、という状況には、余計に燃える。
リックに、チカから攻められているのを見られて、とてつもない快楽だったのだ。

「ひゃ……ろうひよ。」

どっと溢 れてきた。

「なんだ、これは?」  

チカはワンピースの裾から手を入れ、下着の横から指で触れてきた。

「瑠璃、こんな場所で、こんなに垂 らしたのか?変態 女。」

「ひょ、ひょめんなふぁいっ、」

覗かれるかもしれない。
瑠璃がこんなにドMだと、社会的にバレるかもしれない。
それが瑠璃の意識を混濁とさせる。

そうしたら、男どもは、こぞって瑠璃を押し倒してくるだろう。

「ふぁっ……」

その妄想は、瑠璃を、ただのメスにさせた。
誰でもいい、男なら、瑠璃を満足させて、イ かせて。
満たしてくれるなら、誰でもいい、のだから。

「益々盛 ってんな、瑠璃。」 

卵子は精 子を欲しがっている。
強い精 子を求めている。
この、盛 り。

今すぐ、頂戴。
種を くれる 男の子どもを身籠りたい、すぐに。

「口に放ってやるよ、瑠璃。これを膣 に変換しろよ。俺の精 子……たっぷり受け取れ。瑠璃の 種 つけは、俺だけだ!あ……あっ、あっ、あっ、」

チカの味、いちばん好き。
口内に発 射される。
それを、脳内変換される。

受け取る。
無数のチカの精 子を 膣 で受け取る。
ああ、孕 ませて。

「瑠璃、俺の精 子、嬉しいか?」

瑠璃の頭を、ぐっと押さえている。

「種、つけてやったぞ。嬉しいか?」

ああ、チカに体内を 犯 される。
チカの精 液を、体内に摂り入れたのだ。
身体の隅々まで、チカに侵略される。

「ふれ……ふれひい。」 

チカを吸いながら、腰をひくつかせていた。
指がぐっぐっぐっと、関節で曲げて 擦 ってきている。

「いいぞ、瑠璃。存分に垂 らせ。」

チカに許可されたから、身体を緩ませる。
じわじわじわと、生温かく、流れてくる。

「あとでシート、俺は舐 めるから。」

チカはそんなに瑠璃の体液が好きなのだ。
その溺愛もまた、瑠璃を緩ませる。

「こんなトコで、何回イ ッた?瑠璃。」

回数なんて判らない。
そんなものは、チカがカウントしていればいい。

「帰ったらすぐに、お仕置きだ。こんなにいや らしい女には、とびきりのお仕置きが必要だ。」

「あ……ああ。」

シートベルトを着けられ、瑠璃は震えている。
暗いし、ここからは車の往来も少ないので、もう顔を隠さない。

「舌出しちゃって。や らしい顔だな、瑠璃。」

運転しながら、チカは横眼で瑠璃を観察している。

「こんな顔、リックに見られたな。」

「あっ……んっ、」

想い出してしまう。
リックの真っ直ぐ見ている青い眼を。
口中が、リックのカタチを再現する。

「妄想してろ。リックがその顔を見て堪らなくなって、お前の身体に舌を 這 わすのを。」

「あっ、」

リックが瑠璃を押し倒してくる。
そのまま、深い快楽に身を任せる。
それを、チカに見られている。

「指でかき 混ぜられ、舐 められ、お前は善 がって泣き叫んでいる。俺が見てるからだ。俺の眼で犯 されながら、瑠璃はリックに、もっと もっとと、せがむ。」

「あふっ、あっ……」

チカの、その言葉の誘導だけで、こんなになる。

「いいね、瑠璃。お前は感度がいい。言葉だけでイ ケるんだから。」

チカに触って欲しくて、こんなに乱れる。
こんな風にいじめられるのが、堪らない。
瑠璃は自分の指で 弄 り始めた。

「あーあ。この変態 女、車の中で自 慰をするのか。」

チカのその意地悪な声に、瑠璃は震える。

「相当なお仕置きして欲しいんだな?」

「して…してください。こんなにいや らしい瑠璃に、お仕置きしてください。」

「そうだな。股 開いて 縛るか。そのまま放置で。」

「いや……ダメ、そんなの。早く、触って。」

「お仕置き、だろ?そうだな、後ろに 指 入れといてやるよ。それで、放置だ。」

「やっ……」

瑠璃はぶるぶる震えて、達した。

「ああ、そうだ。直腸検査をしよう。そして、膣 も内診する。妊娠しやすいかどうかを調べる。俺は医者だ。検査してやるんだよ。」

白衣を着用して、そしてきっと、これは太い注射が必要だと言い出すのだ。
ただ、どちらに注射となるかは、チカの氣分次第だ。

「調べて……ください、先生。」

「調べてあげますよ、中までしっかり診ますからね。」

チカは楽しそうに笑っていた。
まさか、器具まで揃えていたとは、この時点では瑠璃は知らなかった。
産婦人科での初めての内診に怖がらないようにだよ、とチカは言っていたが、殆どは趣味だろうと瑠璃は知っている。


…………………………………………………………………………


「お、おかしくない?」

「全然!」

胸の谷間をわざと強調させ、セクシーなキャミソールドレスを身に着けさせられた。
瑠璃のブランドではない、他のブランドの製品だ。
この日の為に、チカはわざわざ用意した。

「おかしいわよ、絶対に。金髪なんて。」

瑠璃は鏡で全身を見ながら困惑している。
チカは金髪のウイッグまで用意をしていた。

「日本人なのに。絶対におかしいわ。眼が、この色なのよ?金髪は、ないわ。」

「そんな事はナイ。瑠璃は金髪も似合う。うん、似合う。瑠璃るりは、流石だにゃー。」

チカは大絶賛をしているが、金髪ならばもっと眼の色を薄くしなければ違和感がある、と瑠璃は素直な感想だ。
特にアイメイクは濃くされ、普段の瑠璃よりも派手に見える。

「これで、外国人の振りをするの?」

「そうだよ。話しかけられたら、必ず英語だ。お前の名前はCathy!」

「チカ、キャシー好きよね?沖縄でも、キャシーって言ったわ。初恋の人?」

チカは瑠璃の金髪を撫で廻している。

「Cathyは、香港のホテルのベルガールだ。可愛い娘だった。」

「だった?」

チカはふっと笑って、唇にキスをする。

「あれから、二十年経ってんだぞ。きっと、美人のままだろうけどな。」

瑠璃は、成る程、と頷く。

「キャシーに逢いたいわね。」

「いや、俺はあの頃の想い出を大事にしたい。」

勝手な男の初恋の記憶だ。
口紅に塗られる。
これはアフタヌーンティーで出逢った日本人の彼女の勤めるショップで購入した。

「発色は凄くいいので人氣なんですが、落ちやすいんです。」

瑠璃の来店をとても喜んでくれた彼女が紅を塗ってくれて、そう説明してくれた。

「いや、瑠璃の唇がより艶っぽくて綺麗だ。」

チカはこの発色が氣にいったようだ。
そして、瑠璃の耳元に口を置く。

「このルージュなら、瑠璃が他の男とキスしたか、よく判るからね。」

そう、意地悪げにささやいた。
チカがリックの車に見惚れている時に、リックに密かにキスをされていたのを、チカは氣づいているのかもしれない。
瑠璃は赤くなった。

微妙な色違いを五本求め、そしてふと頭に過ぎった人物の為にプレゼントとして三本を包装してもらった。

今日もきっと、帰る時に紅が取れていたら、浮氣を疑われるのだろう。
瑠璃は鏡を見ながら、そっと唇の下に指で触れた。
ショールを羽織り、家を出る。

「うー。ドキドキする。」

チカと離れて、久しぶりに友だちと遊ぶのだ。
もし、男たちに絡 まれたら、どうしよう。
正体がバレて、囲まれたら、どうしよう。
そんな不安が増大する。

「ま、そんな事言ってても、瑠璃はその場に行ったらシャキッとするんだから。女王さま然としてれば、簡単に声は掛けられないさ。」

チカのその計画が、功を成せばいい。

「でも。」

「だから、麻里とスミに頼んだろ?お前の世話を。」

いつもなら片時も瑠璃を離さないのに、今日のチカは余裕綽々だ。

「今日の俺は心安らかに神に祈っている。どうか、この愛する女をお守りくださいと。神は言った、」

「神さまの声が聞こえるのね。」

いつもながらの、チカのビッグマウスだ。
大きなブラウンレンズサングラスの瑠璃はくすっと笑い、運転席のチカを見ている。

「そうだよ。神は言った。案ずる事はない。汝の不安を解き放て。時は来たり。」

タンクトップにハーフパンツのチカは、神妙な面持ちで語っている。

「何の時が来たのかしら?」

「判らない。しかし、神の御声だ。有り難く、そのままを受け取るよ。」

瑠璃は、くすくすと笑っている。

「ま。なんかあれば、蹴っちまえ、瑠璃。今日は許す。力一杯、蹴ろよ。」

「そうするわ。」

すっかりと緊張が緩んだ処で、麻里の家に着いた。

「いやーっ!何?浮くわ、浮く!あたしらが、浮く!全然合わなーい!」

瑠璃の艷やかな姿を見て、麻里とスミは驚いていた。

「留学生のCathyだ。同じ高校に通うお前たちが、Cathyが来たがっていた日本のオタク文化圏を案内する。その筋書きは、前も言ったろ?」

「言ったけどー!やり過ぎ!チカ、ウケるー!」

「JKにウケられて、俺も本望だよ。」

チカはしれっとして、麻里とスミを後部座席に案内した。

「えー。チカって、その格好だと普通の若者じゃん。前はネクタイだったし、大人って思ったけど。」

「俺もたまの一日休みには、リラックスしたいんだよ。」

チカのいつものシャツとノータックのパンツの腰廻りや尻が大好きだが、その、ラフな格好のチカも好きだ。
逞しい胸筋や上腕二頭筋や三頭筋が、タンクトップでは露わになる。
これが堪らない。

これまではシーズン通してスーツのチカだったが、日本に帰ってきてから、仕事の時もそう改まらないのからジャケットを羽織らず、普段は半袖シャツとネクタイになった。

スーツが戦闘服のチカだ。
どういう心境の変化?と瑠璃が問うたら、チカは笑って、ラクにいこうかと思って、と答えた。

チカの中で、きっと頑なだった緊張が解けたのだ。
リックのおかげで。

瑠璃は、尚更、チカの実の父親と逢う機会を増やそうと決意した。

「チカ、どうすんの?今日。」

「こっそり、後をつけてる。」

「やだあっ!ストーカー!」

それこそチカらしいと思ったのだが、瑠璃には。
気づかぬように、後ろをつけているから、心配は無いと言い切れるのだと。

「それか、ラーメン喰いまくるね。瑠璃となら、ラーメン屋に入れないし。」

「え?瑠璃、ラーメン好きなのに。じゃあ、これからはラーメン、食べましょうよ、一緒に。」

つきあい出して、一回もラーメンが食べたいとは言い出さなかったチカだ。

「瑠璃、お前は氣づいてるか知らないが、お前のラーメンを喰う姿は、きっと、とても人に見せられない。」

「何、それ?」

「あー、なんか判るかも。」

麻里とスミは、くすくす笑っていた。

「なんか、豪快だよね、瑠璃のラーメンの食べ方。」

「そうそう。ズルーって一氣にすする感じ!」

「そうかしら?」

麻里とスミならともかく、チカの前ではラーメンを一回も食べた事がないのに、どうしてその姿が判るのか。

「いいわ、別に豪快でも。チカ、今度、ラーメン食べに行きましょ。駅前のラーメン屋さん、そこそこ美味しいわよ。」

「そこだよ、そこ!あの店長が愛想ない店!瑠璃とよく食べに行ったじゃん!」

「うん、懐かしい。全然行ってないから、食べに行きたいもん。」

最初は、二花が幹也と共に連れて行ってくれたラーメン屋だ。
以来、二花はよく食べに連れて行った。
そんな風に、瑠璃が子どもの頃は何の不安もなく、二花とはよく店に入っていたのに、つきあい出した途端、バレてはいけないと何処にも店に入らなくなった。

あの店も普通なら女子同士で入るのはためらう愛想のなさだが、麻里とはよく食べに行ったのだ。

「地元民しか行かない場所だから、大丈夫よ。」

「なら、今度行ってみるか。」

チカは瑠璃がラーメンをすする処を想像したのか、くっくっくっと笑っていた。

「あれ、ねえチカ、千夏ちゃんはどうしたの?」

麻里の問いに、チカは前を向いて運転しながら、ギラッと睨む。

「あ、ごめん。」

麻里は慌てて口を押さえた。

「千夏?千夏って、加藤千夏?千夏がどうしたの?」

転校した先の中学の時の、親友だ。
その千夏の名を麻里が口にし、チカがそれを睨んだ。

なんだろ?
瑠璃は首を傾げた。

「あ、いやさー。千夏ちゃんのドラマ、あたし好きだから。サイン欲しいなーってチカに頼んだんだよね。」

麻里は、そう答えた。
怪しい。
サインくらいで、チカが睨むのか。

千夏は今、ドラマの撮影の佳境だ。
来月の半ばで終わると、連絡が来た。
瑠璃がまたロンドンに行く前に逢いたいな、とは千夏は言ったが、それでもスケジュールが合うかどうか判らないので、具体的な話はしていない。

ドラマも帰国してから、幹也に録画してもらったのをまとめて観た。
千夏、随分と大人っぽくなったな、とその演技に見惚れた。
キスシーンが艷やかだったのだ。

「サインなら、千夏に逢ったら貰っておくわ。」

「ホント?サンキュー!瑠璃。」

そこから、女子高生はテレビドラマの話題となった。
きゃぴきゃぴと感想を述べ合っている。
瑠璃は、その千夏のドラマ以外は知らないので、黙って聞いていた。

ティーンズ誌のモデルから引退して、チカに逢わなかったら、瑠璃もこうして今頃は、普通の女子高生として、きゃぴきゃぴとドラマの話をしていたのだろうか。

いや、有り得ない。
瑠璃はひとり、首を横に振った。

グラビアアイドルには、なっていたかもしれない。
人氣のグラビアアイドルになるのも、とても並大抵ではないが。
そして、男好きだと噂されていたかもしれない。
その結末は、AV出演だとか。

それはそれで経験だが、いや、そこに到るまで何処かできっと、孕 んでいたろう。

あのまま、ズルズルと二花とつきあって、寂しくてきっと、他の男と遊んだろう。

チカは、ぷっと笑い出した。
瑠璃の頭を読んだのか。


有り得ねー。
お前は、トップモデルだよ、瑠璃。
その人生しか、ない。


頭に響いてきた。

そうね、チカ。
この人生しか、ないわね。

瑠璃は、うふふと笑って、チカを見つめていた。

瑠璃シーン⑥中編3に続く
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